第118話 クイーンローズの記憶──
翌朝。ロザリンは胸元に手を当てたまま、しばらく目を閉じていた。
昨夜の“脈打つ気配”が、まだ指先に残っている。
ロウが静かに声をかけた。
「……姫様。ご気分は……いかがですか」
ロザリンはゆっくりと頷いた。
「ええ……大丈夫。ただ……胸の奥が、少しざわつくの」
ロウはロザリンの表情を見つめ、そっと距離を詰めた。
「……クイーンローズが、何かを?」
ロザリンは胸元に触れた。
「……呼ばれてる気がするの。昨日より……はっきりと」
ロウは息を呑んだ。
ロザリンは深く息を吸い、そっと目を閉じた。
その瞬間──胸元の奥で、クイーンローズが静かに脈打つ。
光はない。けれど、世界がふっと遠のく。
(……また……)
ロザリンの意識は、柔らかな花の香りに包まれた。
視界が白く揺れ、やがて──ひとりの少女の後ろ姿が現れた。
ロザリンは息を呑む。
(……誰……?お母様じゃない……もっと若い……)
少女は振り返らない。
ただ、風に揺れる髪だけがどこか懐かしい。
ロザリンが手を伸ばそうとした瞬間──
少女の肩越しに、王妃フローラの声が重なった。
『……ロザリン……これは“始まり”の記憶……』
ロザリンの胸が熱くなる。
『クイーンローズには……私だけでなく……“もうひとり”の想いが眠っている』
ロザリンは目を見開いた。
(もうひとり……?誰……?)
少女の輪郭が、花びらのように淡く揺れた。
その瞬間、ロザリンの意識は現実へ引き戻された。
「……っ!」
ロウが支える。
「姫様!」
ロザリンは胸元を押さえ、震える声で言った。
「ロウ……見えたの……知らない少女……でも……懐かしいの……どうして……?」
ロウはロザリンの手を包み、静かに言った。
「……姫様。クイーンローズは……まだ“全て”を見せていないのです」
ロザリンは小さく頷いた。
「クイーンローズには……お母様だけじゃなくて……“誰かの想い”が眠っているの。その人の記憶が……私を呼んでいる気がするの」
ロウの胸がざわりと揺れた。
(……姫様の力は……まだ、ほんの一部しか開いていない……その先に何があるのか……私には分からない)
けれどロウは、その不安を表に出さなかった。
ロザリンはロウを見つめ、小さく微笑んだ。
ロウは静かに答えた。
「姫様。どんな記憶が開いても……私は離れません。姫様が望む限り……ずっと隣に」
その瞬間──胸元のクイーンローズがふわりと温度を返した。
ロザリンは目を伏せ、そっとロウの手を握った。
胸の奥で、クイーンローズがもう一度だけ、かすかに脈打った。




