第117話 クイーンローズの囁き──最初の記憶の欠片
ロザリンはロウの肩に頭を預けたまま、ゆっくりと目を開けた。
夜の空気は静かで、中庭の花が風に揺れる音だけがかすかに耳に届く。
ロウはロザリンが動いたのに気づき、そっと視線を向けた。
「……姫様、お目覚めになられましたか?
……少し眠っておられました」
ロザリンは瞬きをして、自分がロウの肩に寄りかかっていたことに気づいた。
「ごめんなさい……重かったでしょう?」
ロウは優しく微笑んだ。
「姫様の重さなら、いくらでも……」
ロザリンの頬がほんのり赤くなる。
その瞬間──
胸元の奥で、クイーンローズが“ひとつ脈打った”。
ロザリンは小さく息を呑んだ。
「……今の……」
ロウがすぐに気づく。
「クイーンローズが?」
ロザリンは頷いた。
「ええ……さっきまで静かだったのに……まるで……何かを見せようとしているみたい」
ロウはロザリンの手を包みながら言った。
「無理に見ようとしなくていいのですよ。クイーンローズは……姫様が受け取れる時にだけ開くはずです」
ロザリンはその言葉に少し安心したように微笑んだ。
「……そうね。でも……今のは……“呼ばれた”感じがしたの」
ロウは静かに頷く。
「どんな感じでしたか?」
ロザリンは胸元に触れ、目を閉じて記憶を探る。
「……花の香り……それから……誰かの影……でも顔は見えなかった。ただ……とても懐かしい気配だったの」
ロウは息を呑んだ。
「王妃様の……?」
ロザリンは首を横に振った。
「違うの。お母様の気配とは……少し違う。もっと……柔らかくて……私を包むような……」
言葉を探すロザリンの横顔を、ロウは静かに見つめていた。
ロザリンは続けた。
「……まるで“誰かの想い”がクイーンローズの中に眠っているみたい」
ロウはその言葉に、胸の奥がざわりと揺れるのを感じた。
(……王妃様以外の“想い”……?クイーンローズには……まだ何かがあるのか)
ロザリンはそっとロウの手を握り返した。
「ロウ……明日、もう一度……クイーンローズに触れてみたい。今度は……逃げずに」
ロウは穏やかに頷いた。
「……姫様が望まれるなら……私はいつでも隣にいます」
ロザリンは微笑んだ。
その瞬間、胸元のクイーンローズがほんの一瞬だけ、淡く温度を返した。
光はない。音もない。
ただ、“記憶の扉が少しだけ動いた”。
そんな気配だけが残った。
ロザリンは胸に手を当て、小さく呟いた。
「……明日、教えてね。クイーンローズ……」
夜風がそっと通り抜け、中庭の花が静かに揺れた。




