第116話 王妃が残したもう一つの真実
部屋に戻ると、ロウは記録書をそっと開いた。
ロザリンはその横に座り、胸の奥のざわつきを押さえながらページを見つめた。
ロウが指を止めたのは──王妃の筆跡が途切れた、あの最後の頁の裏側だった。
「……ここ、紙が……二重になっています」
ロザリンは息を呑んだ。
ロウが慎重に紙をめくると、薄い紙の下から王妃の筆跡が現れた。
ロザリンは震える声で読んだ。
「『クイーンローズは……王家の“真の継承者”にだけ現れる。それは力ではなく……“記憶”を開く鍵』」
ロウは目を見開いた。
「記憶……?」
ロザリンは続けた。
「『クイーンローズが現れた時……あなたは“私の記憶”に触れるでしょう。花の力の本質は……母から娘へ受け継がれる“想い”』」
ロザリンの胸が熱くなる。
「……お母様の……記憶……」
ロウは静かに言った。
「姫様……あの紋、クイーンローズは……王妃様が姫様に残した“扉”なのです」
ロザリンは胸元を押さえた。
「……じゃあ……あの光は……お母様が……私を呼んでいた……?」
ロウは頷いた。
「はい。姫様が“覚悟”を持ったからこそ……紋が開いたのです」
ロザリンの目に涙が滲んだ。
ロウは記録書の続きに目を落とした。
「……姫様。ここに……もう一つ書かれています」
ロザリンは息を呑んだ。
ロウは静かに読み上げた。
「『クイーンローズが現れた時……王家の“花の系統”は完全に覚醒する。その瞬間……宰相は必ず動く』」
ロザリンの表情が固まった。
「……宰相が……?」
ロウは頷いた。
「王妃様は……宰相の野心を見抜いていたのです。紋が現れた瞬間、宰相は“姫様を手に入れようとする”と」
ロザリンは唇を噛んだ。
「……政略結婚……まだ……終わっていないのね……」
ロウはロザリンの手をそっと包んだ。
「姫様。宰相は……姫様が拒否したことを“なかったこと”にして再び動き出すはずです」
ロザリンは目を伏せた。
「……私が拒否したのに……まだ……諦めないのね……」
ロウは静かに言った。
「姫様の力が……“本物”だと確信したからです」
ロザリンの胸がきゅっと痛んだ。
ロザリンは胸元にそっと触れた。
そこに宿る“クイーンローズ”の余韻は、もう光っていないのに、まだ温度だけが指先に残っている。
ロウは声をかけようとしたが、ロザリンが先に小さく笑った。
「……ロウ……今日は、ここにいてくれる?」
ロウは静かに頷き、隣に腰を下ろした。
「もちろんです。姫様が望まれるなら……言葉はいりません、ただ隣に……」
ロザリンはロウの肩に、そっと頭を預けた。
「……クイーンローズのこと、全部はまだ分からないけど……あなたが隣にいると、怖くなくなるの……
不思議ね」
ロウの表情がやわらぎ、ロザリンの手を自分の指でそっと包んだ。
ロザリンは微笑んだ。
その笑みは、クイーンローズの光よりもずっと静かで、ずっとあたたかかった。
二人の間に流れる静けさは、中庭の花が揺れる音さえ聞こえそうなほど穏やかだった。
ロザリンは目を閉じたまま、胸元の奥で“クイーンローズ”がかすかに脈打つのを感じた。
ロウが隣にいる。それだけで十分だった。
窓の外で揺れる花が、まるで二人の呼吸に合わせるように、ゆっくりと揺れ続けていた。




