第114話 花の余波──静かに広がる兆し
記録書を閉じたあと、部屋の空気がわずかに揺れた。
ロザリンは胸元に手を当て、深く息を吸った。
「……少し、外の空気を吸いたいわ」
ロウはすぐに静かに頷いた。
「承知しました。姫様のお気持ちのままに」
二人は部屋を出て、王城の中庭へ向かった。
中庭に足を踏み入れた瞬間、ロザリンの周囲の空気がふわりと揺れた。
風が吹いたわけではない。けれど──
花の香りが、どこからともなく漂った。
ロザリンは立ち止まる。
「……今の……」
ロウも気づいていた。
「姫様の魔力が……外に漏れているようですね」
ロザリンは胸に手を当てた。
「……抑えているつもりなのに……勝手に……」
ロウは首を振る。
「いいえ。抑える必要はありません。王妃様の残滓に触れたことで……姫様の力が再び“目覚め始めた”だけです」
ロザリンは不安げに目を伏せた。
ロウはそっとロザリンの肩に手を置いた。
「姫様。その力は……誰かを傷つけるためのものではありません。王妃様がそう書き残していました」
ロザリンは小さく頷いた。
その頃、王城の別棟では──
侍女たちがざわめいていた。
「……見た?中庭の花が……急に咲き始めたのよ」
「季節外れなのに……どうして?」
「それだけじゃないわ。さっき、廊下のランプが一斉に揺れたの。まるで……魔力の風が通ったみたいに」
侍女たちは不安げに顔を見合わせた。
「……宰相様に報告した方が……」
「やめなさい。あの方に知らせたら……何をされるか分からないわ」
小さな声で、恐怖が混じる。
しかし──その噂はすでに宰相の耳に届いていた。
ヴァルガは書類を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。
「……花の気配、か」
薄く笑う。
「王妃の娘、ロザリン姫……ついに“動き始めた”ようだな」
その目は、冷たい光を宿していた。
中庭の花が、ロザリンの足元で静かに揺れた。
ロザリンはその光景を見つめ、ゆっくりと息を吸った。
「……ロウ。私……この力を恐れたくない」
ロウは横で静かに聞いていた。
ロザリンは続けた。
「お母様が守った力なら……私も、ちゃんと向き合いたい。逃げるんじゃなくて……知りたいの。この力が、何を求めているのか」
ロウはその言葉に、ほんのわずかに目を見開いた。
「……姫様。それは……覚悟の言葉ですね」
ロザリンは微笑んだ。
「ええ。でも……一人では無理。ロウ、あなたの力を貸して」
ロウは胸に手を当て、深く頭を下げた。
「喜んで。姫様が望むなら……私はどこへでもお供します」
ロザリンはその言葉に、静かに微笑んだ。
中庭の花が、ふわりと光を放った。
それはまるで──ロザリンの決意に応えるようだった。




