第111話 フローラ王妃の残滓
ロウが差し出した古い記録書。
表紙には、花の魔力が触れたとき特有の“淡い痕”が残っていた。
ロザリンは指先でそっと触れた。
その瞬間──
研究室のような部屋の映像が、ロザリンに流れ込んだ。
──不穏な部屋。
──石のような壁。
──棚に並ぶ薬瓶、金属。
淡い花の光が漂う。
ロザリンは息を呑む。
(……ここは……どこ……?
見たことのない……部屋……)
その中心に、淡い金の髪を揺らす女性が立っていた。
フローラ王妃。
ロザリンの胸が震える。
(……お母様……)
身体が揺らぐ。
ロウがすぐに抱きとめる。
ロウの腕が、ロザリンの身体をそっと支える。
「……あの男に……
触れさせては……いけない……」
王妃の声は、花の光に溶けるように淡い。
「……どうか……
この子の未来だけは……奪わせないで……」
ロザリンの指が震えた。
ロウはその震えを感じ取り、ロザリンの手を包み込んだ。
王妃は両手を前に差し出し、花の光をひとつに集めていく。
──ぎゅう、と光が収束する。
その光は、まるで“誰にも触れさせないように”
抱きしめるように閉じられた。
「……この力は……
あの子のために……残しておきたいの……」
ロザリンの呼吸が乱れた瞬間、
ロウは迷いなくロザリンを抱き寄せた。
「姫様。
……戻ってきてください。私はここにいます」
耳元で落ちるような低い声。
その温度が、ロザリンの心を繋ぎ止める。
「……ロザリン……
どうか……あなたが笑える未来を……」
花の光が、王妃の身体を包み込む。
──ぱらぱら、と花弁が散る。
光が消え、ロザリンは息を吸い込んだ。
「……っ……は……」
ロウはそのまま抱きしめた。
「姫様……大丈夫ですか……?
……よかった……」
ロザリンは震える声で言った。
「……見えたの……お母様が……
石のような壁……棚に薬瓶や金属……
……どこかの部屋で……
力を……封じていた……
でも……どこなのかは……分からない……」
ロウは静かに頷いた。
「姫様……
その部屋……宰相の研究室と一致します」
ロザリンは目を見開く。
「……あれが……宰相の……?」
ロザリンは震える声で言った。
「お母様が……あの場所で……」
ロウはロザリンの頬に触れ
「……王妃様の想いが、
姫様に届いたのでしょう……」
ロザリンは涙をこぼした。
「……お母様は……
私を守ろうとしていた……
最後まで……」
ロウはロザリンの背を、ゆっくりと撫でた。
その手つきは、慰めでも、義務でもない。
ただ──
“あなたが苦しむなら、支えたい”という
静かな愛情そのものだった。
「姫様……
泣かないで……僕がいます」
ロザリンはロウの胸元に額を預け、
小さく震えながら言った。
「……ロウ……
あなたが……そばにいてくれて……
本当に……よかった……」
ロウは静かに答えた。
「姫様をお守りすることが……
私の誇りです。……どんな時も」
二人の間に、花の光の余韻だけが
静かに漂っていた。




