第105話 騎士団長への報告
ロウは胸の奥のざわつきを押し沈めたまま、
騎士団長の執務室の扉を叩いた。
扉を叩くと、低い声が返る。
「入れ」
ロウは静かに扉を開け、膝をついた。
団長は書類から顔を上げ、
ロウの表情を一目見て、眉をひそめた。
「……どうした。
お前がそんな顔で来るのは、初めてだ」
ロウは深く息を吸い、
声を震わせないように言葉を選んだ。
「宰相が……姫様を地下へ連れて行こうとしています。
“国王陛下の病状の内密の書類が見つかった”と……そう伝えて誘導するつもりです」
団長は何も言わなかった。
ただ、ロウを見ていた。
沈黙が落ちる。
団長は机の上の羽根ペンを置いた。
その動きは静かだが、
空気がわずかに張り詰める。
「……証拠はあるのか?」
「……ありません。
ですが──宰相の声を、扉の隙間から聞きました」
団長は目を閉じた。
深く、静かに息を吐く。
「……ロウ。
お前が“聞いた”と言うなら、軽視はできん」
ロウの胸がわずかに揺れる。
「だが、宰相を直接問いただすことはできん。
政治の場で動けば、こちらが潰される」
ロウは黙って頷く。
団長は机の上の地図に視線を落とし、
王城の構造を頭の中で組み立てているようだった。
「……地下か」
低く呟く。
「医療保管庫……術式区画……影班の巡回……最近の配置変更……」
団長の指が机を静かに叩く。
その音が、妙に冷たく響いた。
そして──
団長は決断した。
「ロウ」
ロウは背筋を伸ばす。
「任務を正式にする。
今この瞬間から──
“ロザリン姫の最優先護衛”をお前に命じる」
ロウの胸が強く揺れた。
団長は続けた。
「姫様を守れるのは、お前しかいない」
ロウは深く頭を下げた。
「……感謝いたします」
団長はロウの肩に手を置いた。
「ロウ。
お前は姫様から一歩も離れるな。
宰相が動くなら──
必ず“お前がいない時”だ」
ロウの胸に、静かな熱が灯る。
「……承知しました」
団長は机に戻り、羽根ペンを取り、
侍医への密書を書き始めた。
その筆先は迷いがなく、
しかし音は驚くほど静かだった。
「侍医、魔術師長、地下区画の記録……裏は私が取る。
お前は姫様を守れ。
それが今の王城で、最も確実な道だ」
ロウは深く頭を下げ、執務室を後にした。
廊下に出た瞬間、胸の奥で揺れていた熱が、
ゆっくりと形を変えていく。
(……姫様を守る。
そのために──冷静でいなければ)
ロウは歩き出した。
その足取りは、迷いなく静かだった。
一方その頃、
団長の机の上には、侍医・魔術師長・地下区画の記録係へ向けた
三通の密書が並んでいた。
静かに、しかし確実に──
裏取りが動き始めていた。




