第106話 団長の決断
ロウが去った執務室、団長は机に置いた密書を見つめたまま、動かない。
ロウの言葉が、胸の奥で静かに沈んでいく。
(……宰相が姫様を地下へ。
“病状の書類”を餌にして、か)
団長はゆっくりと立ち上がった。
窓の外には、
夕刻の光が石畳を薄く照らしている。
その光景は穏やかに見えるが、
団長には“薄い膜のような不穏”が見えていた。
(宰相を直接監視することはできん)
それは、騎士団長という立場にある者なら
誰よりも理解している事実だった。
宰相ヴァルガは王城No.2。
その動きを“監視”するという行為は、
ほぼ反逆に等しい。
影班を動かされれば、
団長とて無事では済まない。
(ならば──見るべきは“周囲”だ)
団長は執務室の扉を開けた。
足音が響くたび、王城の静けさが揺れる。
侍医室。
侍医は怯えて黙る──
それだけでは裏どりにならない。
団長が見るべきは “物理的な痕跡”。
団長は棚の診断記録を開いた。
ページの綴じ目に、
“一度破られ、貼り直された跡” があった。
紙の繊維が乱れ、糊の跡が薄く残っている。
さらに──
王の脈拍記録の筆跡が、途中から“宰相の筆跡”に変わっていた。
侍医は何も言わない。
だが、言葉より重い“事実”がそこにあった。
(……王の病状記録が、宰相の手で改ざんされている)
これは 宰相の悪事と直接つながる矛盾。
魔術師長の部屋。
魔術師長の部屋には、魔力測定器が三台並んでいた。
団長は一台の裏側に貼られた封緘を見た。
そこには──
“宰相ヴァルガの印章”が押されていた。
魔術師長は震えながら言う。
「そ、それは……宰相殿が……
“地下区画の術式は触れるな”と……」
団長は測定器の針を見る。
地下方向だけ、
針が振り切れている。
(……宰相が地下で術式を動かしている)
これは 宰相の魔術行使の痕跡。
地下区画・記録係。
団長は帳簿を開く
影班の署名──
団長が注目したのは “出入りの時間帯”。
影班の出入りが、“宰相が執務室にいない時間帯だけ” に集中していた。
さらに──
地下区画の鍵の管理記録に、
“宰相の印章”が押されていた。
記録係は震えながら言う。
「そ、その印章……
宰相殿が……“鍵は私が預かる”と……」
団長は静かに帳簿を閉じた。
(…宰相が地下区画を直接開けている)
これは 宰相の行動と直結する物理的矛盾。
侍医室の改ざん跡。
魔術師長の測定器の封緘。
影班の代筆署名。
三つとも、宰相が否定しても消せない“物理的矛盾”。
団長は歩きながら、
静かに息を吐いた。
(宰相は……地下で何かをしている。
そして姫様を巻き込むつもりだ)
ロウの言葉は、
もはや“予感”ではなく“裏どりされた事実”になった。
団長は執務室へ戻り、密書を三通並べた。
「……動くか」
静かな声が、王城の奥に沈んでいった。




