第104話 ヴァルガ宰相の狙い
影班の”あの報告”を地下室で聞いた翌日も、
王城の空気が落ち着かない感じがした。
何かが静かに動いている。
ロウはその“揺れ”を、肌で感じていた。
(……影班の動きが、またいつもと違う)
ロザリンの護衛を終え、 廊下を歩いていたロウは、角を曲がった先で影班の一人が素早く姿を消すのを見た。
(……宰相の執務室の方角)
胸の奥が、わずかにざわつく。
ロウは足を止めた。
ほんの一瞬だけ迷い、そのまま影班の後を追う。
足音を殺し、距離を取りながら、
影のように廊下を進む。
影班は、まるで“誰かに報告するように” 宰相ヴァルガの執務室へ向かっていた。
ロウは柱の陰に身を寄せ、息を潜める。
影班が扉を叩く音。
低い声で名乗る声。
そして── 扉が開く気配。
ロウは、静かに、ゆっくりと近づいた。
ロウは扉の隙間をほんの少し押し広げ、
中の声を聞いた。
影班の声がした。
「……政略結婚の件ですが……姫様は、
なおもご承諾を……」
宰相の低い声が、短く切り捨てる。
「……いい。もう時間の無駄だ」
ロウの胸が、わずかにざわつく。
ヴァルガ宰相の声が、低く響く。
「……政略結婚を拒んだ以上、ロザリン姫はもう“説得”では動かん」
宰相は淡々と言う。
「ロザリン姫に“国王の病状に関する内密の書類が見つかった”と伝えろ。
医務室にはない、極秘の記録だとな」
ロウの胸がざわつく。
宰相は続ける。
「……ロザリン姫は父親のこととなれば、
必ず来る。
地下の医療保管庫に案内すればいい。
そこから先は……術式の部屋へ誘導しろ」
影班が低く返す。
「……護衛のロウは……?」
「排除する必要はない。
”王の極秘情報ゆえ、護衛は立ち入り禁止”と言えばよい。 ロザリン姫は従う」
ロウの指先が震えた。
宰相の声は冷たく、揺らぎがない。
「花の力を奪えば、姫は逆らえない。実験は予定通り進める。準備を整えておけ」
ロウは扉から手を離した。
胸の奥で、熱いものが静かに燃え上がる。
(……姫様……)
その思いは、喉元までせり上がってくる衝動と一緒に、ロウの胸を強く締めつけた。
扉を蹴破って飛び込みたい。
宰相の襟首を掴んででも止めたい。
──だが。
ロウは歯を食いしばって、その衝動を押し込めた。
(……感情で動けば、姫様を危険に晒すだけだ)
胸のざわつきは消えない。
むしろ、熱はどんどん強くなる。
それでもロウは、深く、ゆっくりと息を吸った。
(……今のままでは、宰相の動きを止められない)
宰相は王城の権力者。
ロウは封印が揺らいだ危険人物扱い。
「姫が狙われている」と訴えても、
信じてもらえる保証はどこにもない。
だから──
(……証拠が必要だ)
ロウは静かに目を閉じた。
胸の奥の熱を、冷たい決意へと変えていく。
(姫様を守るために。
宰相の計画を暴くために。私は──動く)
ロウは扉から手を離し、音もなくその場を離れた。
その背中には、揺らぎのない静かな決意だけが宿っていた。




