第100話 胸に芽生える影 ― ロウの決意
記録庫を出た後、
ロザリンはしばらく言葉を失っていた。
廊下の空気が、
いつもより冷たく感じる。
(……誰かが……
私たちを見ていた気がする……)
ロザリンは振り返った。
だが、そこには誰もいない。
ただ、“視線の残り香”だけが
肌にまとわりつくように感じられた。
ロウが静かに近づき、
ロザリンの肩に手を置く。
「……姫様。
大丈夫ですか。」
ロザリンは小さく頷いたが、
その瞳は揺れていた。
「……ロウ。
私……怖いの。」
ロウはロザリンの手を取り、
そっと包み込んだ。
「……何が、怖いのですか。」
ロザリンは胸に手を当て、
震える声で言った。
「……お父様の記録が消されていたこと。
誰かが……“真実を隠そうとしている”こと。
そして……
私の動きが……
誰かに見られている気がするの。」
ロウの瞳がわずかに揺れた。
(……姫様……
あなたはもう、真実の入口に立っている……)
ロザリンは続けた。
「ロウ……私は……
あなたまで巻き込んでしまうのが……
一番怖い。」
ロウはその言葉に、
胸の奥が強く締めつけられた。
(……姫様……あなたはいつも……
自分より他人を心配する……)
ロウはロザリンの手を引き寄せ、
そっと抱きしめた。
「……姫様。
私は……巻き込まれているのではありません。
“あなたと共に歩く”と決めたのです。」
ロザリンの瞳が揺れる。
ロウは続けた。
「姫様が恐れを抱くなら……
その恐れごと、私が抱きしめます。
姫様が進むなら……
その道を、私が守ります。」
ロザリンの胸が熱くなる。
(……ロウ……
あなたは……どうしてこんなに……)
ロザリンはロウの胸に額を寄せて、
背中に手を回しながら、
静かに抱きしめ返した。
だが──
その胸の奥には、
別の痛みが静かに揺れていた。
(……姫様……
あなたが真実に近づくほど……
私の“過去”も……隠しきれなくなる……)
ロウはその思いを胸に押し込み、
ロザリンの髪にそっと触れた。
「……姫様。
私は……あなたを守るためなら……
どんな影にも立ち向かいます。」
ロザリンは目を閉じ、
その言葉を胸に刻んだ。
(……ロウ……
あなたの影にも……いつか触れたい……)
二人は静かに抱き合ったまま、
しばらく動かなかった。
その外では──
“影班”の視線が、確かに二人を見つめていた。




