幕間:対レッドベア・パドグリー2
「気に入ったぞ、メルディ・バルディア。其方【そなた】の心意気に感じ入り、我一人の力でこの場の決着を付けてやろう」
レッドベアはぐるりと周囲を見渡し、鳥人族の戦士達を一瞥した。
「お前達は手を出すな。邪魔にしかならん」
「し、しかし……」
鳥人族の戦士達が困惑した表情を浮かべると「案ずるな」とレッドベアは白い歯を見せた。
「我は守護十翼の三翼レッドベアであるぞ。負けることなど万に一つもない」
彼は会場に響き渡る大声を発し、「さて……」とメルディ達に視線を戻した。
「貴殿達は好きに掛かってくるがよい。咎めはせんぞ」
「……レッドベア様、本当に戦うしかないのですか」
尋ねたのはキールだった。
「一度崇めた主に仕え、最期まで殉ずるのが武人……その心意気は立派だと思います。しかし、ホルスト・パドグリーに何故そこまで尽くすのですか」
「では、逆に尋ねよう。マグノリアの皇族に名を連ねるキール・マグノリア。貴殿は自らが不利な状況、逆境に置かれて命欲しさに裏切る者を信じるに値すると思うのか」
「そ、それは……」
「いつの世も裏切りは好まれ、裏切り者は信用に値せぬものよ」
キールが言い淀む中、レッドベアは強い眼差しで彼を射貫いた。
「甘言で裏切るほど我は落ちぶれてはおらん。それに我は無数の同志、同胞達の屍を踏み越えてここに立っているのだ。主への裏切りは、彼等の死を愚弄することになる。それだけは、それだけは断じてあってはならんのだ」
レッドベアの声が響き渡り、会場はしんと静寂に包まれる。
彼は脱ぎ捨てた兜を拾い上げ、ゆっくりと被った。
「キール・マグノリア、メルディ・バルディア、レイシス・レナルーテ。そして、縁あってこの場にいる子らよ、主に身命を賭すとは如何なることなのか。この戦いを刮目し、覚えておくがよい」
キール、メルディ、レイシス達をはじめ、偶然にも会場にいた子供達はぐっと口を結び、レッドベアを見据えた。
「敵ながら天晴れな武人だな」
「……えぇ、実に惜しい男だ」
エリアスの呟きにセクメトスが相槌を打ったその時、レッドベアの全身に雷のような魔力が迸った。
「さぁ、もはや言葉は不要。決着をつけようぞ」
レッドベアから生じた魔波が突風となって会場に吹き荒れる。
次いで、彼の巨躯がさらなる巨体へと膨れ上がっていく。
しかしその時、舞台上を凍てつく冷気が走ってレッドベアの足にまとわりつき、瞬く間にその巨体を凍らせてしまった。
「貴方みたいな人が一番厄介なのよねぇ。残念だけど、全力を発揮する前に倒させてもらうわ」
舞台袖で白い髪を靡かせ、獣化して銀毛に包まれたラファ・グランドークが冷気を纏って微笑んでいた。
彼女の言葉に応じるように、両手それぞれにククリ刀を持つピアニー、短剣を持ったローゼン、鞭を振るうリーリエが氷漬けとなったレッドベアへ迫っていく。
「……そうだ。戦いとはこういうものだ」
兜の奥でレッドベアの目から強い眼光が放たれた瞬間、彼の体を覆っていた氷が弾け飛び、衝撃波となってピアニー達に襲い掛かった。
「おのれ。しかし、この程度では止まりません」
「はは、やっと手応えがありそうな相手だよ」
「好きに掛かってこいと言ったんだから文句はないわよね」
ピアニー、ローゼン、リーリエは飛び交う氷片を躱し、衝撃波の中を突き進み、レッドベアの間近に迫ってそれぞれ鋭く、激しい一撃を繰り出した。
だが、彼等の一撃は全て『球体状に展開された魔障壁』に阻まれてしまい、衝突で甲高い音が会場に轟く。
「顔と図体に似合わず、小癪な真似をする」
「この魔障壁、見覚えがあるね」
「これ、リッド・バルディアの使い方と似ているわ」
三人が忌々しそうに告げる中、レッドベアは「はは、あっはは」と笑い始めた。
「同じ轍は踏まん。奴の魔障壁を些か参考にさせてもらったのだ」
レッドベアに三人が阻まれた様子を見て、ラファは舌打ちをした。
「各部族長、ブレイド・ベルの面々、動ける者は最大火力で攻撃しなさい。レッドベアが全力を出す前に倒さないと少々厄介なことになるわ」
彼女はそう叫ぶと自らも跳躍し、杖に氷を纏わせて先端を鋭い槍のようにしてレッドベアの魔障壁に上空から落下して突きつけると雷鳴が轟く。
その音で周囲の面々がハッとし、一気に駆け出した。
「ルーベンス、ここが正念場だ。我らも行くぞ、後れを取るな」
「はい、承知しました」
ダイナスは金砕棒を肩に担いで空高く跳躍し、ルーベンスは両手に持った剣を構えて一気に間合いを詰めていった。
「キール様、恐れながら私も行って参ります」
二人の背中を見送ったネルスがそう切り出すと、キールはこくりと頷いた。
「頼む。僕の分まで戦ってくれ」
「ありがとうございます。ティンク殿、恐れ入りますが皆様をお願いいたします」
「承知しました。お任せください」
キールとティンクの了承を得ると、ネルスは飄々とした表情から真顔となって身体強化を発動し、剣を片手にレッドベアへと向かっていく。
「クリス様、私も加勢してきます。この業物が役に立つと思いますので」
エマは手にしている斬竜半月刀の刃を見て、畏まった。
「えぇ、お願い。この戦いで地上の勝敗は決するはずよ。でも、必ず戻ってきて。エマは私の家族なんですから」
「勿体ないお言葉、感謝いたします。では、行って参ります」
クリスから許しを得たエマは獣化を発動し、みるみる全身が白い体毛に覆われていく。
そして、彼女は斬竜半月刀に魔力付加を施し、飛び跳ねるようにレッドベアへと向かっていった。
「……ティス殿、シトリー。そして、ティンク殿。私も部族長の役目を果たして参ります」
口火を切ったのはアモンだ。彼はすでに獣化を発動し、四尾の黒狐となって黒い体毛に覆われている。
「はい。必ず、必ず戻ってきてください」
「アモン兄様、ご武運を」
「アモン様、どうかご無事で」
アモンはにこりと微笑み、彼女達に背を向けた。すると、「あ、ちょっと待ってください」とティスが彼の側に寄り添い「えっと……」と頬を赤く染める。
「どうしたんだ、ティス殿」
アモンが首を傾げると、ティスは彼の耳元にすっと顔を寄せた。
「その、アモン様のお姿ですが、とても格好よくて、凜々しくて、とっても胸がどきどきしてます。私、惚れちゃったかもしれません」
「あ……う……」
頭に生えたアモンの耳がピンと立ち、四尾の毛がぶわっと膨れ上がった。
獣化して黒狐だというのに顔は明らかに火照っている。
だが、アモンはすぐにハッとして我に返り、咳払いをした。
「ありがとう、ティス殿……いや、ティス。その言葉だけで今の私は百人力だ」
「は、はい。頑張ってください」
「あぁ、もちろんだ」
アモンはこくりと頷き、凄まじい勢いでレッドベアに向かっていく。
その様子を見ていた狸人族部族長ギョウブは「熱々だねぇ」と肩を竦めてから、セクメトスとエリアスを見やった。
「大将のお二人は暫くここで静観していてくれ。いざという時に力を温存しておいてほしい」
「……わかった。頼むぞ、ギョウブ」
「セクメトス殿がそう言うのなら、私も貴殿の策に乗ろう」
「助かるぜ。じゃあ、俺も行ってくる」
獣化したギョウブが跳躍していなくなると、「父上」とレイシスが悔しそうに発した。
「私も、私も戦いに参加させてください」
「……ならん。今のお前ではかえって足手まといだ」
「そんな……」
エリアスに断られ、レイシスは下唇を噛んで俯いた。
彼の手は拳となって小さく震えている。
すると、エリアスは「歯がゆい気持ちはわかる」と、彼の頭にぽんと手を置いた。
「だが、だからこそ、この戦いを目に刻み込んでおくのだ。やや離れた場所にいる我らにしか見えぬこともあるはずだ」
「……はい、畏まりました」
レイシスはぐっと口を結び、顔を上げてレッドベアと激しい衝突を繰り広げる皆の戦いを見据えた。
舞台上ではハピス、トルーバ、ベルカラン、ラガード、ノワール、カムイ、カルア、ジャッカスも獣化してレッドベアへの強襲に加わっている。
しかし、大人数で波状攻撃を仕掛けても、レッドベアの魔障壁はびくともしない。
それどころかレッドベアは兜の奥で眼光を放ち、周囲を取り囲むアモン達をじろりと見やった。
「……残念だが時間切れだ。さぁ、見せてやろう。我の……主から与えられた真の力を」
レッドベアがそう告げた直後、彼を中心に衝撃が生じ、皆を吹き飛ばした。
次いで、魔波が吹き荒れてレッドベアはみるみる巨大化し、二〇メートルは超えようかという巨人となる。
彼は兜の奥から眼下にいるアモン達を見据えた。
「我はレッドベア・パドグリー、主に仇なす者を滅ぼす力なり。我は使徒、人にあらず。不敬不遜の輩よ、滅せよ」




