幕間:対テス・パドグリー 決着
「ぶぶ、部族長ハピ、す、ハピス・ろろ、ローフィス……? 知ってる、聞いたことある、いや、しし、知らない」
テスは猫背で大鎌を構えたまま、唐突に現れたハピスをぎょろりと睨む。
足下から顔にかけて舐めるような眼差しからは、実力を推し量ろうという意思も感じられる。
「……攻めてこぬか。どうやら言動と違って、ただの狂人というわけでもないらしい」
鼻を鳴らしたハピスは、剣を構えたまま自身の背後にいる二人をちらりと見やった。
「トルーバ、そこの娘がお前の守るべき者か」
「え、えぇ。仰るとおりです」
トルーバが頷くと、呆気に取られていたベルカランはハッとして会釈した。
「改めて、ベルカランです。助けていただきありがとうございます」
「気にするな。お前達に何かあれば、リッド・バルディアに申し訳が立たん。それよりも、奴との戦いで気付いたことを手短に教えろ」
「畏まりました」
ハピスの言葉にトルーバは頷き、テス・パドグリーの戦い方や癖を告げていく。
武器の大鎌から繰り出す変則的な攻撃は対処しづらい上、一見すると攻撃的に思えるが、実際のところは反撃主体の動きであること。
使用する魔法は今のところ樹属性のみ。
木々を操っての大規模攻撃、周囲を優位な環境に造り変える、木々による拘束、罠のように使ってくることもある。
ただし、今のところ大鎌の攻撃と同時に魔法の発動は見られない。
この点について、トルーバはリッドから魔法を学んでいる経験則上、テスの魔法は木々を操る性質上、近接攻撃と同時に発動できない可能性が高いと伝えた。
リッド曰く、激しい近接攻撃を繰り出しながらの高度な魔法。
特に樹や土などの物を操る魔法は、右を見ながら左を見る、に近い感覚になるため、余程の修練を積むか、簡略化を編み出さなければ無理だという。
簡略化の例としては、リッドが操る誘導魔弾の一種である『火槍弐式、火槍三式』などが挙げられる。
必要なイメージを簡略化するため、あえて魔法名を付けて剣術の型のようにしているのだ。
この点について、トルーバは『バルディア式魔法の重要な核の部分になる』と考えていたため、説明では上手に伏せた。
トルーバは続けて、テスの一人称が『僕』『私』『俺』と三種類あるが、最初に出てくる一人称で戦い方が大きく変わった点にも触れた。
一人称が『僕』の時は、大鎌と魔法をそれぞれ使ってくること。
一人称が『私』の時は、魔法中心であり木々を操った大規模魔法をも使ってくること。
一人称が『俺』の時は、近接中心であり変則的な動きに磨きがかかって大鎌で間合いを詰めて近接戦を仕掛けてくること。
「……ざっと以上でしょうか。付け加えるなら横耳の形からして牛人族の血筋かと。あと、テスは獣化をまだ一度もしていません」
「なるほど。よくわかった」
ハピスは相槌を打ち、外套【マント】を靡かせ一歩前に出た。
「テス・パドグリー、あまり時間がない。一撃で終わらせるぞ」
「い、いい、一撃。僕を、私を、俺ををを? やや、やれるものならやってみろ」
テスが猫背でにやりと口角を歪めたその時、ハピスが一瞬で間合いを詰めて剣で刺突を繰り出した。
「あ……?」
「反撃を得意とするなら、その隙を与えなければいいだけだ」
何が起きたか分からずにテスは首を捻った。
しかし、彼はすぐに体の違和感に気付き、目線を下げて目を見開いた。
ハピスの繰り出した剣の切っ先は、テスの胸に深く突き刺さり、背中へと貫通していたのだ。
「が、がぁあああああああ。いたいぃいいいい、いたい、いたいぃいいいいいいいい」
「相変わらず騒がしい奴だ。だが、これで終わりだ」
ハピスは止めを刺すべく、胸に刺した剣で切り上げようと力を込める。
だが、テスは吐血しながら大鎌を投げ捨て、ハピスの剣を素手で掴んだ。
「まだ、まだだ。僕が頑張れば、結果を出せば……ホルスト様が、キリカと、ガルシアを、皆を生き返らせてくれる。だ、だから、だだから、まま負け、負けられないんだぁアアア」
テスは怒号と共に獣化を発動する。
頭に片方が折れた二本の角が生え、全身は真っ黒な体毛に覆われ、みるみる体が巨大化し、背中の翼も比例するように大きくなっていく。
ハピスの剣もテスの体に飲み込まれてしまい、もはや致命傷ではなくなってしまった。
「こいつ、この期に及んで悪あがきを」
ハピスは舌打ちをして自身も獣化し、全身が銀毛に覆われ、体が巨大化していく。
「僕の前から消えろぉおおおおおお」
テスは巨体から左右の腕で拳を振り下ろすが、ハピスは「簡単にはやられん」とその両腕を咄嗟に掴む。
二人は間近で睨み合ったまま、互いに一歩も譲らずに力を解放する。
魔波が吹き荒れ、地響きが起き、ハピスとテスの足下に亀裂が走った。
「あぁああああああああああ」
「ぬぉおおおおおおおおおお」
だが、力比べが始まって間もなく、テスの額に翡翠晶が現れて、その体がさらに大きくなり始め、ハピスが徐々に押され始めた。
しかし、同時にテスの全身にひび割れたような傷が生じていく。
「トルーバ、テスのあの傷。あれは一体何でしょうか」
ベルカランが異様な光景を前に切り出すと、トルーバは「あれは……」と眉を顰めた。
「多分、翡翠晶の力でテスの体が限界を超えたんだ。あのままじゃ、魔力暴走を起こしてこの会場ごと吹き飛ぶぞ」
「そ、そんな。そんなこと起こり得るんですか」
「以前、リッド様が魔法の実験で失敗した時と同じだよ。体という器の中で逃げ場を失った魔力が圧縮され、最終的に大爆発を起こすんだ。リッド様は体の外に放出して何とかしていたけど、テスはそんなこと考えちゃいない」
トルーバはそう告げると、「ハピス様」と叫んだ。
「そのままだと、テスは魔力暴走で大爆発を起こします。この会場ごと吹き飛びますよ」
彼の声を聞き、ハピスはぎろりとテスを睨んだ。
「おい、聞いたか。このままではお前も死ぬぞ」
「あは、あはは。僕は死なない、死んでもホルスト様が生き返らせてくれる。あは、あっはっははは」
口元を歪ませてテスは笑うが、その声には狂気しかない。
「死んだ者が生き返ることなどない。テス・パドグリー、貴様はホルストに良いように使われているだけだ」
「違う、違う、違う。ほほ、ホルスト様は嘘つかない。信じれば救われる、だって神なんだ。神だから、神様だから。死んだ皆を生き返らせてくれるんだぁああああ」
「聞く耳を持たんか。ぬぅおおおおおお」
テスの全身の罅割れた傷はますます広がっていき、ハピスが力負けして押し込まれていく。
「トルーバ、このままじゃハピス様も、私達も、リッド様からの使命も果たせません。何か、何か手はありませんか」
「わかってる」
ベルカランの咄嗟の呼びかけに頷いたその時、トルーバの目に転がっている『ある物』が飛び込んでくる。
『あれを使えば、もしかしたらテスの翡翠晶を破壊できるかもしれない』
そう思ったトルーバはすぐにベルカランへ作戦を耳打ちした。
「……でも、それ、本当にいけるんですか」
「わからない。だけど、やるしかない」
「わかりました。トルーバを信じます」
「ありがとう、ベル」
「じゃあ、先に仕掛けます」
ベルカランは獣化を発動して駆け出した。
彼女は吹き荒れる魔波をものともせず走り、テスの懐に入って胸に突き刺さっていたハピスの剣を左手で抜き、跳躍する。
次いで自前の剣を右手に、ハピスの剣を左手に持ち、逆手に持ち替えて、テスの額に現れた翡翠晶に叩きつけるように突き立てた。
「目いっぱいの魔力付加を与えた剣と獣化の組み合わせです。壊れてください」
翡翠晶と二振りの剣が衝突し、空気が震えて雷鳴が轟き、魔波が吹き荒れる。
だが、テスの翡翠晶は壊れない。
「ばばば、馬鹿なやつ。その程度では、こわ、壊れない」
テスが勝ち誇ったようにしたり顔を浮かべたその時、「これならどうだ」と空からトルーバの声が響き渡った。
次の瞬間、再び空気が震えて雷鳴が轟く。
「ふた、二人揃ってばばば、馬鹿な奴。そんな攻撃では……」
「それはどうかな」
テスの言葉を遮るように、トルーバがにやりと笑う。
すると、パキッと硝子が罅割れるような音が鳴った。
テスが何事かと瞳をぎょろりと動かし、その目を大きく見開いた。
「それは僕の、僕の」
「そうだ。お前が使っていた大鎌だよ。案の定、良い武器だ。おかげで力の限り魔力付加をしても壊れない」
今度はトルーバが勝ち誇ったように告げた。
武具に魔力を宿し、攻撃力と防御力を飛躍的に高める魔力付加。
だが、膨大な魔力を武具に流せば、品質によっては壊れてしまう。
トルーバとベルカランが元々持っているバルディア産の剣の品質は高いが、それでもハピスの剣やテスの大鎌には劣る。
「こんな人に、私達は……」
「こんな奴に、僕達は……」
ベルカランとトルーバが「負けない」と同時に叫んだ次の瞬間、テスの額にある翡翠晶全体に亀裂が走り、砕け散った。
「あが……」
テスが声にならない声を漏らし、力が抜けた。
「今です、ハピス様」
「魔力がここまで暴走したらもう止める術はありません。終わらせてください」
「よくやった。さすがはリッド直属だ」
ベルカランとトルーバが跳躍して後退した瞬間、ハピスは拳をテスの腹部にめり込ませ、そのまま打ち上げた。
「お前が信じる神の下へ逝くが良い。テス・パドグリー」
「僕は、私は、俺はぁ……あは、あっはっははは、あっははっはははは。皆が、皆がいる、生き、生き返ったんだ。ほら、僕あれから、ひと、一人でこんなに頑張ったんだよ。皆がほめ――」
空へと舞い上がったテスはどこか安堵した表情で満足そうに笑いつつ、やがて全身の罅割れた傷から魔力が溢れ出し、まもなく大爆発を起こすのであった。




