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【WEB版】やり込んだ乙女ゲームの悪役モブですが、断罪は嫌なので真っ当に生きます【書籍&コミカライズ大好評発売中】  作者: MIZUNA
第十章

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幕間:対テス・パドグリー

獣王戦の会場、武舞台上は異様な光景が広がっていた。


一箇所では分厚い氷壁が唐突にそびえ立ち、一箇所では木々が勢いよく生い茂り、一箇所では背中に翼を持ち全身鎧を纏う巨大な戦士と、獣化で体を巨大化した熊人族の戦士が衝突している。


木々が勢いよく生い茂った箇所では、バルディア騎士団の制服に身を包み、獣化した牛人族の少年少女がそれぞれ剣を手に持ち、背中合わせとなって木々の中を激しく動き回る『何か』と睨み合っていた。


少年は、牛人族のトルーバ。


黒髪の頭に二つの角を持ち、長めの横耳、黒い瞳を持ち、黒い尻尾を生やしている。


少女は、牛人族のベルカラン。


赤毛の長髪に二つの角を持ち、長めの横耳、青い瞳を持ち、赤い尻尾を生やしている。


二人とも、リッド・バルディア直属ブレイド・ベル所属の騎士だ。


「ベル、そっちからくるぞ」


「わかりましたぁ」


トルーバの呼びかけに、ベルカランは細い目付きのままおっとりとした声で答えつつも、その目は鋭い視線で木々の中で蠢く相手を睨み付けていた。


葉が激しく揺れた瞬間、黒い影が木々の中から飛び出し、トルーバとベルカランへ蛇行しながら駆け寄ってくる。


「はは、ふふふ、あっっははは」


病的で狂気的な笑い声が響き、影が日の光で露わになった。


ひょろっとした長身で黒い隊服に身を纏い、無造作に伸ばした黒い長髪を揺らし、血色の悪い顔色、細く目尻が垂れた目付きに黒い瞳が浮かんでいる。


目の下の頬には左右ともに傷があり、その手には黒い大鎌が握られていた。


守護十翼テス・パドグリー、それが影の正体であり、トルーバとベルカランが対峙している相手である。


テスは異様に低い姿勢で大地を駆け抜け、ベルカランの間近に迫っていく。


彼女は剣で防御すべく身構えるが、テスは薄茶色の翼を唐突に広げて急停止し、跳躍してトルーバへと大鎌の鋭い切っ先を振り下ろした。


「よよ、よくも、僕を、私を、俺を、地上に落としてくれたな。ホルスト様におこ、怒られちゃうじゃないかぁああああ」


「それはすいませんね」


トルーバは持っていた剣で大鎌の一撃を防ぎ、そのまま力で撥ねのけた。


テスは宙をバク転するように後退し、少し離れた場所にしゃがみ込むように着地する。


その場でゆらりと立ち上がるテスだが、大鎌を持つ手は重みに任せるようにだらんと下げ、姿勢も猫背だ。


また、テスは常にぶつぶつと独り言を呟いており、殺気と薄気味悪さが相まって独特の圧を放っている。


トルーバはごくりと喉を鳴らし、剣を持つ手に力を入れて「ですが……」と切り出した。


「僕達だって貴方を止めなければ、リッド様に顔向けできないんですよ」


「そうですよぉ。それに私達が簡単に倒せるとは思わないでくださいねぇ。こう見えても、強いんですからぁ」


ベルカランが背中合わせのまま、首と目だけを動かしてテスを見やった。


だが、テスは彼女の声が届いているのかいないのか、風で揺れる柳のように体を左右に揺らしている。


テスは隙だらけのように見えるが、トルーバとベルカランは様子を窺うのみで動かない。


「……ベル。作戦はわかってるね」


トルーバが確認するように小声を発すると、ベルカランはこくりと小さく頷いた。


「はい、トルーバ。このまま防戦に徹して時間を稼いで援護を待つんですよね」


「あぁ、そうだ。残念だけど僕とベルじゃ『テス・パドグリー』はおそらく倒せない」


冷静に努めて、だが悔しそうにトルーバは告げた。


彼の脳裏に現状に至るまでの流れが思い起こされていく。


天昇龍の上層にて、リッド達の進行を妨げるべく出張ってきた守護十翼の一部。


トルーバとベルカランが仕えるリッドは彼等を倒すのではなく、吹き飛ばして戦闘を回避し、地上に落として追撃を仕掛ける策を実行する。


そして、トルーバとベルカランを始めとするブレイド・ベルの一部隊員達の活躍によって、その策は成功した。


だが、トルーバとベルカランにも誤算があった。


二人が追撃をする『テス・パドグリー』の実力が想像以上に高かったのだ。


空ではリッドの強烈な一撃からの追撃かつ不意を突けたことで、地上に落下させることができた。

 

しかし、正面でのぶつかり合いとなれば話は別である。


当初、トルーバには少なからず勝算があったのだ。


仕えるリッドと共に行った牢宮での高負荷修練にてトルーバとベルカランは強くなった。


『これだけの力があれば、早々負けることはない』と、トルーバは考えていたのだ。


だが、テスと正面切って衝突したことで、その考えは改められていた。


『自身が動きやすいよう舞台上に木々を生やし、まずは地理的優位を獲得。だらりと大鎌を下げて隙を晒し、こちらの攻撃を誘っている。でも、いざ攻めればすかさず変則的な動きや樹属性魔法で絡め取ろうとし、挙げ句に設置型の罠まで張ってくる。細身に見えても、とんでもない力を持っているから大鎌の一撃は一発で致命傷になりかねない……このテス・パドグリーという男、見た目や言動に反して戦いでは冷徹そのもの。反撃を得意とする、とんだ食わせ者だ』


トルーバがぐっと口の中で歯を食いしばっていると、ゆらゆら動くテスがぎょろりと瞳を動かし「そそ、そっちが来ないつもりなら……」と二人を見据えた。


「僕じゃなくて、私がいくわ」


テスの雰囲気がやや変わった瞬間、彼の足下から木々が生えて伸び、数多の蔓がトルーバとベルカランへ向かっていく。


「樹属性魔法で力押しか。ベル、こっちも魔法で対抗するぞ」


「わかりましたぁ」


二人は瞬時に魔力を練り上げ、同時に樹属性魔法を発動する。


「蔓操縄縛【ばんそうじょうばく】」


トルーバとベルカランが同時に発動した『蔓操縄縛』とは、彼等が仕えるリッド直伝の魔法だ。


周囲の草木を操って相手を絡め取って行動不能にするものだが、今は生み出された太い数多の蔓が、テスの操る数多の木々とぶつかり合い、絡み合っていく。


しかし、テスの操る木々に、トルーバとベルカランが押され始めた。


「頑張るんだ、ベル。ここが踏ん張りどころだ」


「わかっていますよぉ。私の底力を見せてあげます」


二人は互いに目配せし、決意した表情を浮かべて一気に魔力量を上げていった。


押し込まれていた状況が徐々に反転し、テス側に蔓が迫っていく。


「このまま押し込むぞ、ベル」


「はい、トルーバ」


二人が魔力比べで勝てると思ったその時、テスは怯えた表情を浮かべていた。


「わ、わわ、私では駄目、駄目だわ。ぼぼ、僕も駄目だ。じゃあ……」


テスの表情ががらりと変わり、目付きが鋭くなった。


「俺の、俺の出番だ」


次の瞬間、テスの魔法による抵抗が唐突になくなり、トルーバとベルカランが『蔓操縄縛』で生み出した数多の蔓が一気に押し返す。


急にどうしたんだと、トルーバが訝しんでテスの様子を窺うも、そこには誰もいない。


トルーバは驚愕して目を見開き、慌てて周囲を見渡し、テスの姿を見つけてぞっとした。


テスは魔法で生み出されて蠢く木々と蔓の上を駆け抜け、邪魔になる蔓と木々を切り払いながら迫ってきていたのだ。


『なんだ、あの動き。さっきとは全く違うじゃないか。まるで、近接特化だ。いま、あいつの接近を許しては駄目だ』


トルーバは脳裏でそう直感し、叫んだ。


「ベル、あいつを何とか捕まえるんだ。近づけちゃ駄目だ」


「はい、いきますよぉ」


魔力をさらに増やし、二人は操る蔓の量を増やし、テスを襲っていく。


しかし、テスは蔓を次々と躱し、大鎌で切り払ってどんどん二人との距離を詰め、やがて跳躍した。


「来る、僕の後ろに下がるんだ、ベル」


「駄目です、トルーバ」


トルーバが剣を構えたまま獣化し、ベルカランを守るように前に出た。


二人の懐に入り込んだテスは「……まず一人」と、口元を緩めて凄まじい殺気を放つ。


間近に迫ったテスを目の当たりにしたトルーバは、自身の死を察して全身の毛が逆立った。


『申し訳ありません、リッド様。でも、ベルだけは守ってみせる』


トルーバは覚悟を決めるも、テスはにやりと笑って翼を広げて飛び上がる。


そして、彼の背後にいたベルカランを見据え、大鎌を振り下ろした。


「……最初はお前、だ」


「え……」


振り下ろされる大鎌を前に固まるベルカラン。


テスの狙いに愕然とするトルーバの脳裏に、ベルカランとの思い出が蘇る。


トルーバは牛人族内で口減らしのために捨てられた幼い孤児だった。


食事はおろか飲み水すら確保できずに行き倒れ、生きる望みもなくこのまま死ぬのだと思ったその時、『あらあら。大丈夫ですかぁ』と声を掛け、助けてくれたのがベルカランだ。


ベルカラン自身も孤児であり、日々の食事もままならないというのに彼女はトルーバを献身的に診て、支えてくれた。


快復したトルーバは、ベルカランを守る、と心に誓ったのだ。


しかし、奴隷商にベルカランが捕まった時、トルーバは側にいなかった。


助け出そうとするが上手くいかずに捕まって、一緒にバルストへ売られ、その後バルディアに流れ着いたのだ。


リッド・バルディアと出会い、仕えることが決まっても、トルーバの根本は変わっていない。


命の恩人であり、愛するベルカランを守り、共に生きることだった。


『僕は強くなった、それなのにまたベルを失うのか。それも、今度は目の前で。嫌だ、嫌だ、嫌だ』


様々な感情が渦巻く中、トルーバは咄嗟に叫んだ。


「やめろぉおおおお」


大鎌の切っ先がベルカランの瞳に迫ったその時、甲高い音が響き渡る。


「どうやら間に合ったようだな」


刹那、ベルカランとテスの間に人影が入り込み、手に持つ剣で大鎌を受けていた。


人影が光に照らされ、その姿が露わになっていく。


威厳と格式の高さを醸し出す黒い礼服に身を包み、風に揺らめく赤い長髪の隙間からは二本の角が生え、鋭く細い目付きには濃い青の瞳が浮かび、肌は浅黒く、背後には尻尾がある。


「あ、貴方は……」


トルーバが目を瞬くなか、テスが忌々しそうに舌打ちをした。


「じゃ、邪魔だ。お前、だれ、だれだ。おれの、僕の、私の邪魔をするな」


「……うるさいやつだ。貴様こそ邪魔だ」


赤髪の男は剣を振るい、一気に吹き飛ばす。


テスが受け身を取って着地した姿を見ると、赤髪の男は剣の切っ先をゆっくり向けた。


「私は牛人族部族長ハピス・ローフィス。お前を斬る者だ」

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▽565話時点 相関図

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▽悪役モブ第二騎士団組織図

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