幕間・エンディオ・パドグリー3 決着
「自らの心と向き合う強さを持たぬ軟弱者。負け犬の、いえ負け狸の遠吠えね」
「ほざくな。その口、二度と開けぬようにしてやる」
エンディオは足下の影から先程とは比べものにならない数の分身を繰り出し、ラファへと襲い掛からせた。
分身はエンディオと同じ背丈で獣化もしており、先程とは動きも比べものにならないほど速い。
ラファは周囲を一瞬で凍てつかせ、迫り来るエンディオの分身達を次々と氷漬けにしていく。
氷漬けから逃れた分身が襲い掛かってくるも、ラファは武装氷刃を施した杖を操り、次々に切り裂いていく。
「中々やるじゃないか。だが、これはどうかな。千闇手【せんあんじゅ】」
ラファと分身達の戦いを見ていたエンディオがにやりと笑った瞬間、彼の足下から無数の黒い手を生じさせ、一気に放った。
数多の分身を返り討ちにしていたラファは、無数に生じて襲いくる黒い手に舌打ちをして『雪化粧【ゆきげしょう】』と呟く。
次の瞬間、ラファから凍てつく冷気が放たれて周囲の分身、迫り来る無数の手を氷漬けにした。
だが、全ての黒い手を凍らせることはできず、ラファは突破してきた黒い手の爪で全身に切り傷を付けられていく。
程なく、急所に迫った黒い手を杖で防ぐも、勢いに押されて吹き飛ばされてしまう。
受け身を取って着地するも、ラファの体は至る所から血が流れていた。
「くく、銀色の毛並みに血化粧がよく似合っているじゃないか。その姿、いつか鳥人族領に忍び込んできた狐人族の密偵を思い出すぜ」
エンディオは嬉しそうに口元を緩めた。
「密偵であることが俺にばれて、必死に逃げていたんだがな。この黒い手と分身を使って、何度も逃がし、追い詰めて絶望を与えてやったんだ。それで諦めた時の最期の言葉がよ『お姉様、ごめんなさい』とかだったな。あれは少し興醒めだったが、まぁ、楽しめたぜ」
「……なるほどねぇ。自分よりも弱い者を甚振り、殺すことで心を保ってきたのね。だけど、やっぱり憐れだわ」
ラファは不敵に笑い、エンディオを真っ直ぐに見据えた。
「処理を任せていたということは、密偵に何をするのかもホルストは把握していたはずよ。貴方の心の弱さに、ホルストや周囲はとうに気付いていたのよ。そして、使いやすいよう調整していたんでしょう」
「ふ、ふざけるな。また減らず口を叩きやがって。もういい、甚振るのはもうやめだ」
苛立ったエンディオが荒い口調で答えたその時、数多の黒い手と彼の分身が一箇所に集まっていく。
やがて、赤い目を光らせる恐ろしい狸顔を模した人型の巨体となった。
「あの女を八つ裂きにしろ、いけ『闇狸【あんり】』」
「グォオオオオオオオオ」
闇狸が咆吼し、ラファに向かって駆け出した。
地響きが起き、禍々しい魔力が吹き荒れる。
しかし、ラファは表情を変えずに「やれやれだわ」と肩を竦め、迫り来る闇狸を見据えて杖を構えた。
「……武装氷牙【ぶそうひょうが】・雪白狐【せつびゃっこ】」
白い息を吐いて間もなく、彼女の姿が変わっていき、瞬く間に白い毛並みに覆われた七尾を持つ四つ足の白狐となった。
その大きさは大人の腰ぐらいの高さだろうか。
「な、なんだあの姿は」
エンディオが目を瞬いたその時、ラファは手に持っていた杖を口に咥えて闇狸に向かって跳躍し、目にも止まらぬ速さで横を駆け抜けた。
すると、闇狸の体が上下真っ二つに分かれた後、凍り付いた。
「な、なん……」
驚きの言葉を上げようとしたエンディオだったが、気付けば自身の体も上下真っ二つに分かれていた。
瞬く間に間合いを詰められ、氷の刃を纏わせた杖に切られたのだと、エンディオは『有り得ない、こんなことは有り得てたまるか』と愕然とする。
しかし、彼にはまだ余裕があった。
『まだだ、俺の秘密には気付かれていない。勝機はある』
ところが、いつの間にか元の姿に戻っていたラファが『彼』を上から見据えていた。
『まさか、ばれているのか』
エンディオの全身にぞくりと寒気が走った。
「終わりね、エンディオ・パドグリー」
ラファはそう告げると、エンディオの足下から伸びる影に氷の刃を纏わせた杖を突き刺した。
間もなく影を中心に氷が爆発したように生じ、覆っていった。
「ガァアアアアアアアアア」
絶叫が響き、黒い影からエンディオが飛び出て床を無様にのたうち回った。
彼の全身はすでに凍りつき、白い冷気が漂っている。
胸元にある翡翠晶もすでに氷で覆われつつあった。
「どうしてだ。どうして、俺が隠れているとわかったんだ」
エンディオが必死に問いかけると、ラファは影から杖を抜いてちらりと空を見やった。
「私を襲ってきた分身には影があって、切れば影もそのとおりに動いていたわ。でも、この分身の影だけは動きが違った。最初も、二回目も、分身を切っても影の形はそのままだったわ。だから気付いたの。貴方の臆病な性格上、影に隠れて戦ってるってねぇ」
「く……くそが。くそが、くそが、くそがぁああああああ」
エンディオは大声を発し、涙を流すがそれはすぐに凍りついていく。
「惨めね。貴方は最終試験とやらが行われた時、逃げも隠れもせずに正面から堂々と挑むべきだったのよ。そうすれば、少なくとも臆病な心を虚勢で覆い隠し、びくびくと怯える憐れな生き方はしなかったはずだわ。過去に囚われて自分を変えられないなんて、生きてても死んでるようなものだしねぇ」
「くそが。すまし顔で好き勝手言いやがって。最後まで容赦のない女だ」
「あら、励ましてほしいの?」
ラファが目を細めると、エンディオは白い息と共に吐き捨てた。
「ふざ、けるな。俺は、俺様のできる範囲で、好きなように、生きたんだ。悔いはねぇ、悔いはねぇん……だ」
呼吸が弱っていくなか、エンディオは「ところ、でよ……」と話頭を転じた。
「さっき、俺の闇狸を、切った技は……あれは何だったんだ?」
「あぁ、あれは獣化と形態変化を組み合わせたものよ。誰も知らない私の奥義ということかしらねぇ。光栄でしょ」
ラファは答えるが、エンディオから返事はなかった。
彼の胸元にある氷で覆われた翡翠晶は割れて魔力の煌めきとなって霧散する。
凍てついたエンディオの全身にも亀裂が入り、程なく砕け散った。




