幕間・対エンディオ・パドグリー2
ラファの眉がぴくりと動き、彼女の全身から殺気が溢れ出す。
エンディオは目をにやつかせ、喉を鳴らして笑い始めた。
「昂ぶっている様子からして図星だな。わざわざ部下の仇討ちとは、随分とご立派な上司様だ。泣けてくるねぇ」
「勘違いしないでほしいわねぇ」
冷たく切り捨てるようにラファが言葉を被せ、エンディオは眉間に皺を寄せた。
「なんだと……?」
「時として戦の勝敗、部族や国の行末すら左右し、人の命よりも高い価値を持つ……それが情報というものよ。合法、非合法を問わずに情報収集を行う、それが暗部の任務だわ。どんな理由があろうとも暗部に所属した以上、その過程で部下が命を落とすことは日常茶飯事。当然のことよ」
「これはこれは。顔に似合わず、随分と冷徹だ」
エンディオがにやりと口元を緩めて肩を竦め、ラファは杖を両手に持って悠然と身構えていく。
「私は、アモンやリッドと違ってそんなこと気にすることはないし、仇討ちなんて微塵も考えていないわ」
「なら、どうしてそう昂ぶっている。内心では部下の復讐、仇討ちを考えているんだろ」
エンディオの足下から数多の黒い手が生えてうねり始めるが、ラファの足下も白く凍てつき始めていた。
「私が昂ぶる理由はただ一つ、ただただ『癇に障る』のよ。貴方がね」
「……くっくく、面白い女だ、ラファ・グランドーク。ならば、その癇に障る相手に負け、体を甚振られ、嬲られれば、さぞ、そのすまし顔が歪むだろう。実に楽しみだ」
二人の視線が交差して空気が張り詰めるなか、先に動いたのはラファだった。
彼女は身を低くし、一気に間合いを詰めていく。
エンディオは足下に生じさせた数多の黒い手を差し向け、ラファの進行を妨げるように迎撃を開始する。
「はは、真正面から攻めてくるとはな。勇ましいことだ」
エンディオが余裕の笑みを浮かべた。
数多の黒い手が間近に迫るなか、ラファの口元が僅かに緩んだ次の瞬間、彼女の足下を中心に一気に地面が凍てつき、数多の黒い手を氷漬けにしてしまう。
「な……」
周囲が一気に銀世界に変わり、エンディオの表情が驚きに染まった。
ラファはその隙を見逃さず、間合いを詰めて杖で薙ぎ払うように一閃を振るう。
だが、エンディオの顔にはまだ余裕があった。
『所詮は刃のない杖による一撃だ。手傷を負っても、致命傷にならない』と、彼の表情はそう語っていた。
しかし、ラファの振るう杖で彼の体は上半身と下半身に分かれてしまう。
「が……」
言葉にならぬ声を漏らし、上下で真っ二つとなったエンディオはその場に崩れ落ちた。
「なぜだ、なぜ、体が……」
エンディオは瞳をぎょろりと動かし、ラファの持っていた杖を見やって目を見開いた。
鋭利で薄い刃が杖に出来、天から注がれる太陽の光で煌めいている。
「暗器、か」とエンディオが忌々しそうに漏らすが、彼は「いや、違う」と杖の刃を見据えた。
「氷か。氷魔法で杖に刃を生み出し、魔力付加を施したんだな」
「ご名答、武装氷刃【ぶそうひょうじん】と言ったところかしらねぇ」
ラファは目を細め、手に持つ杖を覆う薄い氷の刃に視線を落とした。
「杖って便利なのよ。ばらばらにしておけば大体何処にでも持ち込めるし、現地調達も簡単なの。強いて言うなら刃がない部分だけど、私の場合は氷で作れるから関係ないわ」
「なるほど。暗部の暗殺家業にはもってこいだな」
「そうね。さて、そろそろ起きてくれないかしら」
ラファが杖の切っ先を仰向けになっているエンディオの喉元に突きつけた。
「くく、さすがにばれるか」
エンディオが喉を鳴らすと、上下に分かれた体が引かれ合って瞬く間に元通りとなる。
彼はその場でゆっくり立ち上がり、切られた場所を手で摩った。
「切られるなんて久しぶりだぜ。それにしても……」
ラファの無表情の顔を見て、エンディオはにやりと笑った。
「狸に化かされたって顔をしているな。どうして俺様が生きてるのか、気になるだろ。いいぜ、俺の力も、その正体も教えてやるよ」
彼は大袈裟に両腕を大っぴらに広げた。
「俺達、守護十翼はパドグリー家の分家から選出される。ちなみに俺は狸人族だ。そして、部族長主導による永きに渡る強化血統の結果、各分家で産まれる子供達の魔力は大幅に強くなり、同時に属性も一つだけしか使えないという偏りが生じ始めた。俺様の場合は闇属性、テスは樹属性、レッドベアは土属性って具合だ。だが、これは部族の力が特化されたってことなんだよ。こんな風にな」
エンディオが得意げに大声を発すると、彼の足下にあった影が伸びてラファを円形に取り囲んだ。
次いで、影から数多の黒い魔力が盛り上がって人形となっていき、程なく色がついて『エンディオ』となった。
「どうだ。闇属性に特化したことで俺は影を操り、どんな形でも好きに生み出し、分身を作り出すこともできる。俺はこの力を使って仲間同士で殺し合う最終試験を勝ち抜き、守護十翼に名を連ねたんだ。楽しかったぜぇ、あれは」
悦に入った様子でエンディオが語り終えると、ラファは「そう……」とつまらなそうに相槌を打ってから指を鳴らした。
彼女の足下を中心に地面があっという間に凍てつき、取り囲んでいたエンディオの分身が氷漬けにされ、間もなく粉々に砕け散って魔力の煌めきと共に霧散していく。
「ご高説、ありがとう。それにしても貴方、本当はとっても臆病で虚勢を張っているみたいね。一言で言うなら、憐れ、だわ」
「俺が、憐れ、だと。ふざけるな」
ラファの全てを察したかのような冷たい視線に射貫かれ、エンディオはたじろぎ、怒号を発した。
しかし、彼女は動じず「ふふ」と、目を細める。
「色々と教えてくれたお礼に、貴方の心を診てあげましょう」
「俺の心だと……?」
「えぇ。仕事柄、そういうの得意なのよ」
ラファは構えを解き、エンディオの目を見据えた。
「貴方、最初から自分が上だと盲目的というか必死に言い続けてるの。まるで自分が上でなければ心の平穏が保てないようにね。気付いているのかしら」
「馬鹿が、事実を言って何が悪い」
「まぁ、そうかもしれないわね。でも、ご高説の『この力を使って仲間同士で殺し合う最終試験を勝ち抜いた』というくだり。貴方は悦に入っていたはずなのに、目が少し泳いで声が震えて高くなっていたわ。それでぴんときたの」
ラファはすっと片手でエンディオを指さした。
「貴方は最終試験の殺し合いとやらを分身の影に隠れて逃げ、漁夫の利を狙って生き延び、満身創痍になった仲間達を殺していった。楽しかったというのは、そう思わないと心が壊れかねなかった、というところかしら。守護十翼の立場となった今では、その臆病な心を知られずに隠し通すため、俺は強い、お前は弱いと決めつけ、上からものを言って虚勢を張っているんでしょ。これが憐れと言わず、何というのかしら」
「……」
エンディオは何も言わず、じっと睨み付けている。
だが、ラファは笑顔で言葉を続けた。
「殺し合いを好む本物はね、影なんかじゃなくて自らの手で止めを刺し、楽しむものよ。どう、当たらずとも遠からず、と言ったところじゃないかしら。弱い心は誰にでもあるものだし、認めれば楽になるわよ」
「くっくくく、なるほどなるほど。だから俺は臆病で虚勢を張っている憐れな男だと、言うことか」
「えぇ、そうよ。それと私、貴方みたいに臆病なくせに虚勢を張って威張り散らかす男がもっとも『癇に障る』の。わかりやすいでしょ」
「そうだな。くっくく……」
「ふふ、ふふふ……」
二人が笑みを溢し、互いに肩を震わせて笑い出す。
やがて高笑いに変わるが、唐突にエンディオが獣化を発動して魔波が吹き荒れた。
「ふざけるな……ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。知ったようなことを言いやがって。俺は臆病でもなければ、虚勢など張っていない。勝手な決めつけで、俺を、俺を憐れむなぁあああああ」
彼の胸元から緑色の光が生じ、その体が漆黒の魔力に覆われていく。
狂風が吹き荒れるなか、ラファは無表情で獣化を発動し、銀色の毛で覆われていった。
六尾の銀狐である。




