ヨハンの挑発
「あぁ、そういえば僕が業灼剣を壊しちゃったんだっけ。ごめんね」
レウスの指摘に決まりが悪くなって頬を掻きながら謝るも、すぐにハッとして睨み返した。
「……って、それはちょっと違うでしょ」
業灼剣を破壊したのは事実だけど、ついさっきまで彼とは本気で命のやり取りをしていたんだ。
それをこの状況で『壊された』なんて、今更過ぎる。
「というか、それを言うなら僕の魔刀も壊れちゃったんだけどね。大切にしていた愛刀だったのに」
「そうか。そりゃあ悪かったな。まぁ、お互い様というやつだ」
「言い出しっぺの君がそれを言うのか……」
肩を竦めるレウスだが、僕はこめかみの青筋がぴくぴくと動いた。
「二人とも止めないか。いがみ合っている場合じゃないだろ」
僕達が睨み合っていると、ヨハンが間に割って入ってきた。
「今は魔力供給で再生するガレスと、その供給元である水晶を破壊する方法を考えることが先決だろうに」
「……わかってるよ」
僕はため息を吐いて気持ちを切り替え、「……一つだけ方法がある」と切り出した。
「ほう、さすがリッドだ。まだ隠し球があったのか」
「隠し球っていうほどじゃないけどね。ただ、この魔法は威力が桁違いの上、発動するのに時間がかかるんだ。それにガレスと広間中央の水晶だけに留まらず、燃料にされている人達が閉じ込められている水晶も破壊しかねない」
「……燃料にされている奴等は赤の他人だ。気にする必要はねぇ」
レウスが冷たく切り捨てるが、「それは駄目だ」とヨハンが強い口調で切り出した。
「ここに閉じ込められている者は、大半がズベーラの民なのだろう。王子として、できるかぎり犠牲は少なくしたい」
「甘いことを言うな、ぼんくら王子」
「な、なんだと」
目を瞬くヨハンに、レウスは腕を組んで淡々と続けた。
「今、ここを破壊できなければルシュムガルは止められず、ホルスト打倒も厳しくなる。ここにいる奴等を救うため、大陸全土を危険に晒すのか」
「そ、それは……」
「大丈夫だよ、ヨハン」
僕はそう言って彼の肩に手を乗せた。
「あるのは方法だけじゃない。ちゃんと作戦もある」
「本当か、リッド」
「もちろんだよ。そのためには皆の協力が必要なんだ。特にフェイ、君のね」
「え、僕の?」
きょとんと首を傾げるフェイに、僕はにこりと微笑んだ。
「君は知ってるだろ。威力が桁違いで、発動に時間がかかる僕の魔法をさ」
「ま、まさか……」
言葉の意図を察してくれたらしい。
でも、フェイの顔から血の気が一気に引いていく。
「あの魔法を使うつもりなのか」
「そう、そのつもりだよ」
「だ、だけど、今のリッドが使ったらどんなことになるかわからないよ」
「だから、フェイの力が必要なんだ。僕と『同じ魔力』を使える君の力がね」
「も、もしかして作戦って……」
真っ青になった彼がたじろぐなか、「おい」とレウスが顔を顰めた。
「二人だけで話を進めるな」
「そうだぞ。一体、さっきから何の話をしているんだ」
「ごめんごめん。実はね……」
僕はレウスとヨハン、青ざめるフェイに作戦を簡単に告げた。
「……という訳でね。二人には囮になってガレスの動きを誘導してほしいんだ」
「やっぱり、そうなるんだね」
「なるほど。わかった、リッドがそう言うなら僕は信じてやるだけだ」
がくりと項垂れるフェイ。
ヨハンは目をきらきらさせながら尖った八重歯を見せてくれた。
一方、レウスは首を捻っている。
「話はわかったが、本当に可能なんだろうな」
「そう言うなら代案を出してほしいね。他に良い案があるなら、ぜひ聞かせてほしい」
にこりと微笑み返すと、彼は眉をぴくりとさせてから肩を竦めた。
「了解だ。やれるだけやってみよう」
「うん、よろしくね」
レウス、ヨハン、フェイの協力を得られたその時、「ウォオオオオオオオ」とガレスの咆吼が広間に響き渡った。
見やれば、体を覆っていた青白い炎が消えている。
「よし、いくぞ。ついてこい、ぼんくら王子」
「誰がぼんくら王子だ」
レウスとヨハンは魔力を解放し、ガレス目掛けて突撃していった。
「じゃあ、リッド。僕も行くよ」
「ありがとう、フェイ。ガレスとヨハン達の戦闘に巻き込まれないよう気を付けてね」
「わかってるよ。でも、気が乗らないなぁ……」
フェイが深いため息を吐いて間もなく、彼の体はすーっと消えていった。
存在が消えたわけじゃない。
気配を察知されないよう姿を透明にしたようなものだ。
父上や僕みたく武や魔法をある程度嗜んでいたり、ヨハンのように優れた嗅覚があれば、姿は見えなくても察知はできる。
でも、それはあくまで平常時、激しい戦闘中ではほぼ気付かれないだろう。
「ガァアアアアアア」
唐突にガレスの咆吼が轟いた。
突撃したレウスとヨハンが、ガレスと衝突したのだ。
それでもガレスは視線を二人ではなく、僕に向けているように思える。
危険視されているのか、はたまた翡翠晶が寄生しているガレスの遺体にバルディアへの憎悪が宿っているのか。
どちらにしても、狙われている状況では魔法の発動もできない。
「おい、ヨハン。リッドの作戦、第一段階だ。あの化狐を何とか挑発しろ」
「わかってるよ」
レウスの呼びかけに応じたヨハンは跳躍し、ガレスの正面に着地した。
一方のガレスは、意図のわからない動きを警戒したらしく「グゥルルルル……」とヨハンを睨み、唸っている。
ヨハンはすーっと息を深く吸い込み、ガレスの鼻先を指さした。
「おい、元狐人族部族長ガレス・グランドーク。この僕の顔を忘れたとは言わせないぞ。獣王セクメトス・ベスティアとタバル・ベスティアの子にして、ズベーラの王子ヨハンだ」
「グゥウウ、ルルルル……」
言葉を理解しているのか、あるいは警戒しているだけなのか。
ガレスは鼻先をひくひくさせ、正面に立ったヨハンをじっと睨み付けている。
ヨハンはにやりと口角を上げ、鼻を鳴らして肩を竦めた。
「まったく、元部族長ともあろう奴がなんてザマだ。まぁ、それもしょうがない。お前のことは母上からよく聞いていたからな。お前は、優秀な子供の威を借りてびくびく震える狐だと」
「グゥ、グゥウウウウ」
ガレスの眼光と唸り声が強くなり、口が開いて犬歯が露わになっていく。
どうやら、ヨハンの挑発が効いているらしい。
「この際だから言っておいてやる」
ヨハンは高らかに続けた。
「お前は本来部族長の座につける器ではない、というのが部族長達の共通認識だった。だからこそ、バルディアの力を借りたアモンに討伐され、挙げ句に翡翠晶とやらで利用される。小心者で、徳もなく、そのくせやる気だけはある無能……その程度の器なんだ。お前は」
はっきりとした強い口調で言い切ったヨハンは、止めといわんばかりにガレスへお尻を向けて『あっかんべー』と舌を出し、お尻ペンペンを行った。
「悔しかったら、この僕をまず倒してみることだ。腰抜けのガレスの、ざこざこざぁ~こ」
ヨハンのおどけた声が広間に響き渡って間もなく、ガレスの目が大きくかっと見開かれた。
「グゥオオオオオオオオオオオオ」
咆吼と合わせ、ガレスの全身から真っ黒な魔力が炎のように立ち上がった。
どうやら激怒【ガチギレ】したらしい。
肌がひりつくほどの殺気で、ここまでのものは中々体験できるものじゃない。
実際、ヨハンはお尻ペンペンの姿勢で固まっている。
多分、あそこまでガレスが怒ると思っていなかったのだろう。
「でかした、ぼんくら王子。ガレスは間違いなくお前を殺す気になったぞ」
「い、いや。ここまで怒らせるつもりはなかったんだが。あれか、『華と恋』で知った『ざこざこざぁ~こ』の挑発が効き過ぎたのか」
レウスが喜ぶなかで、困惑するヨハンが口を開いた次の瞬間、ガレスが「ガァアアアアア」と跳躍した。
そして、凄まじい勢いでヨハン目掛けて襲い掛かっていく。
「ちょ、ちょっと待ったぁああああ」
ヨハンは慌ててその場から飛び退くも、ガレスはすぐさま彼を追っていく。
たちまち、ガレスとヨハンの命を賭けた鬼ごっこが始まった。
ありがとう、ヨハン。
そしてありがとう、『華と恋』を創刊したヴァレリ。
君達のおかげで、僕はようやく魔法の準備に取りかかれるよ。
『……メモリー。君も大変だと思うけど補佐をお願い』
『大丈夫だよ、リッド。さぁ、始めよう』
脳裏に彼の声が聞こえると、僕は身体強化・烈火を発動。
自身の周囲に全十属性の巨大な魔弾を展開し、広間中央に鎮座された水晶に両手を向けた。




