立ちはだかる者2
「あの化狐、あんな傷だらけの状態で何をするつもりだ」
「わからない。もしかすると最期の大技を繰り出すつもりなんじゃないか」
レウスとヨハンがガレスの動きを警戒し、身構えて訝しむ。
少し離れた場所で宙に浮いているフェイも様子見をしているようだ。
一方、僕は眼前で起きている現象に嫌な予感がして目を見開いていた。
「まさかあの光……」
人が閉じ込められた水晶から生じた煌めきとなれば、十中八九あの光は魔力の類いだろう。
屍人となったガレスを動かす翡翠晶が牢宮核【ダンジョンコア】の欠片を用いて、その性質を模したものだとするならば、人の魔力を吸収できる可能性は高い。
そして、損傷を負った者が魔力をかき集めるもっともらしい理由……回復だ。
「あいつ、再生するつもりだ」
僕は咄嗟に叫んで火、水、氷、雷、風の魔槍を自分自身の周囲に展開し、ガレス目掛けて放った。
「どういうことだ、リッド」
「そうだよ、リッド。回復って……」
「翡翠晶の性質が牢宮核と近いなら、他人の魔力を糧にできる性質も持っている可能性が高いってことだよ」
レウスとヨハンに答え、僕は「フェイ」と名を呼んだ。
「急いで止めを刺すんだ」
「わ、わかった」
フェイはこくりと頷き、ガレスに向かって幾つもの黒槍を放った。
今ならまだ追撃に間に合う。
間に合え、間に合ってくれ。
魔槍が直撃しようというまさにその時、「オォオオオオオオオ」とガレスが遠吠えのような高く響き渡る咆吼を発し、魔波が生じて衝撃波が放たれる。
幾つもの魔槍はガレスの手前で爆発し、爆煙が立ち上がった。
「グゥウウウウウ……」
立ち上がる爆煙の中から化狐のガレスが鋭い犬歯を露わにし、殺気の籠もった眼光を放ちながら現れた。
予想どおり、フェイの攻撃で負った傷は回復しているようだ。
でも、それだけじゃない。
ガレスの全身を黒い魔力が雷のように迸っている。
「あらら。最初よりも元気そうになっちゃってるよ」
「……間に合わなかったか」
宙に浮いていたフェイが口元をひくつかせてこちらに飛んでくるなか、僕はガレスを睨み返していた。
もう少し早く気づければ、今の一撃で終わったのかもしれないのに。
悔しさで思わず歯ぎしりをしていると、ガレスが七つの尻尾を扇状にゆっくり立てていく。
何をするつもりだ、と構えた直後、ぴんと立った尾の先端から七つの黒い球体状の魔弾がこちらに向かって放たれた。
「図体がでかい分だけ弾がでかい。まとまってたら良い的だぞ。リッド、ヨハン、フェイ、散会して避けろ」
「わかった」
「了解」
「あいよ」
レウスの掛け声で僕達は各々の判断で回避行動を開始する。
魔弾の軌道を読んでレウスは正面、僕は右、ヨハンは左、フェイは上空へ舞い上がった。
僕達がいた場所に魔弾が次々に着弾して爆発が起き、魔波が吹き荒れる。
「な~んだ。弾が大きいだけで軌道は真っ直ぐのみなのか。これならいくらでも避けられるね」
フェイが上空から魔弾の着弾地点を確認していたその時、僕は正面にガレスの姿がないことに気付いた。
慌てて周囲を見渡すも、見当たらない。
どこに行ったんだと思った瞬間、上から気配を感じてハッとした。
見上げてみれば、ガレスはフェイがいる場所よりも高い位置の壁に張り付き、得物を狙うような目付きをしている。
「フェイ、上だ」
「え……」
僕が咄嗟に叫んだ直後、ガレスは壁を蹴ってフェイ目掛けて跳躍した。
次いで、ガレスは体を回転させて七つの尻尾をうちわのように広げ、叩きつけるように振り下ろした。
「くっそぉ、僕を蠅【はえ】扱いしやがってぇええ」
眼前に迫る巨大な七つの尻尾を前にしたフェイは怒号を発し、続けて「ぶーん、だ」とあっかんべーをしながら魔障壁を展開した。
尾の攻撃範囲が広くて躱しきれないと判断したんだろう。
意外に冷静だ。
鈍い衝撃音が空中から響き、フェイが魔障壁を展開したまま床に叩きつけられ、土煙が立ち上がった。
魔障壁で物理攻撃の直撃は防げても、吹き飛ばされて床に衝突した時に生ずる衝撃までは吸収ができない。
あれだけの土煙が上がる勢いなら、相当な損傷【ダメージ】を受けた可能性もある。
「フェイ、だい……」
僕が心配して呼びかけようとしたその時、「リッド、ガレスの攻撃はまだ終わってねぇぞ」とレウスの声が轟いた。
ハッとして視線を上げれば、ガレスが鋭い犬歯と前足の爪を露わにしてこちらへ落ちてくる。
牙か、前足の爪か、あるいは両足の質量で押し潰すつもりか。
でも、僕だって魔障壁の硬さには自信があるし、この距離ならまだ間に合う。
魔障壁を何層にも重ね、多重魔障壁を正面に展開した。
こい、ガレス。
お前の牙が勝つか、僕の魔障壁が勝つか。
勝負だ。
覚悟を決めて足に力を入れるも、「馬鹿野郎、化狐の狙いはそれじゃねぇ」とレウスの怒号が聞こえた。
それじゃないって、どういう意味だろう。
そう思った直後、落ちてくるガレスが目をにやりと細めて大口を開けた。
まさか、巨体を生かして僕を魔障壁ごと飲み込むつもりなのか。
冗談じゃないと、僕は青ざめた。
魔障壁を大きく展開するには、もう間に合わない。
そもそも、巨大な化狐となったガレスの大口を塞げる魔障壁を展開するなんて膨大な魔力を必要とする。
かといって、間近に迫る巨大なガレスを避ける時間はないし、魔槍を放ってもガレスの勢いを相殺できるほどの高威力では発動できない。
やばい、喰われる。
全身に冷や汗がばっと溢れ出した瞬間、「リッドォオオオオ」とヨハンの叫び声が聞こえ、僕の体に強い衝撃が走った。




