引導とはなむけ
「邪、魔だ。排、除はあっ、あっちから」
「リッド、またそっちに行ったぞ」
ヨハン達に取り囲まれていたガレスは、屍人【ゾンビ】とは思えないほど高く跳躍し、少し離れた僕のところ目掛けて飛んでくる。
「了解」
ヨハンの声に返事をして間もなく、ガレスが落下の勢いそのままに剣を振り下ろした。
「うぐ……」
僕は歯を食いしばって足を踏ん張り、魔障壁の強度を上げて斬撃に耐えた。
広間に魔波が吹き荒れ、魔障壁との衝突で衝撃音が響き渡る。
しかし、ガレスは「うああ、うがぁああああ」と叫びながら勢いよく剣を振るい続け、激しい剣戟音が連続で鳴り響く。
燃料庫で屍人化したガレスと戦い始め、少しの時間が経過した。
端から見れば、ガレスは力任せでむやみやたらに剣を振るっているように感じられるだろう。
だけど、実際のところ彼が振るう剣は鋭く、かなり重い。
生前のガレスが研鑽を積んだであろう剣術を体が覚えていることに加え、翡翠晶の力によって人体の構造を無視した斬撃をずっと繰り出している。
鞭のように腕や体をしならせて剣を振るうとか、生きている人間にはまず不可能な芸当だ。
かと思えば、剣が魔障壁に当たる瞬間にのみ力を込めて体を硬直させ、斬撃の威力を飛躍的に上げてくる。
翡翠晶の魔力による強制的な身体強化、ガレスが生前に鍛えた剣術。
これらが絶妙に噛み合った結果、『ガレス流、屍人剣』とでも言うべき剣になっており、非常に厄介で初見殺しのような剣筋だ。
父上から剣をみっちり教わり、身体強化を学び、魔法を得意とする僕でなければやられちゃうね。
「おぉ、うぉおおおおお」
ガレスは苦しそうな呻き声を上げつつ、休まず腕を振るい続けて攻撃が止まらない。
おそらく、放っておけば僕の魔障壁を砕くまで斬撃を繰り出すんだろう。
このまま受け続ければ、確かに魔障壁が破壊されてしまうだろう。
斬撃の衝撃に押されて徐々に後退させられるが、所詮は思考力が落ちた屍人だ。
戦い方が雑すぎる。
「フェイ、レウス、ヨハン。今だ」
僕が呼びかけた直後、ガレスの背後で三人の姿が忽然と露わになった。
フェイが普段から使っている姿を消し、気配を悟られにくくする隠蔽魔法の効果範囲を広げ、レウスとヨハンを至近距離まで接近させたのだ。
屍人化したガレスだが、元部族長ということもあって身の動き、気配察知、剣術は中々のものだった。
こちらが繰り出す攻撃は翡翠晶狙いだが、彼は胸に埋め込まれた三つ全ての同時破壊を防ぐような立ち回りを行ったのだ。
すでに何度か翡翠晶を破壊したが、三つある内の一つでも残っていれば、たちまちガレスの体と翡翠晶は再生している。
やはり、倒すには翡翠晶全てを同時破壊するしかない……そう判断し、僕達は作戦を立てた。
一つ目が、ガレスが僕を集中的に狙ってくることを利用することだ。
言ってしまえば、僕が皆から離れていたのは、あえての囮ということである。
そして、二つ目がフェイの隠蔽魔法でガレスに気付かれずに三人が近寄って、翡翠晶を同時破壊するというものだった。
ガレスは背後の気配にすぐ気付いたらしいが、もう遅い。
「小さくたって魔法の威力は変わらないんだから。リッド直伝、闇槍」
「ガレス・グランドーク。お前に現世の居場所はない、黄泉の国へ帰れ。獅子爪打掌【ししそうだしょう】」
「今度こそ燃え尽きろ。暴君の槌撃【タイラント・ハンマー】」
フェイ、ヨハン、レウスが繰り出す最高火力の攻撃がガレスの胸で煌めく三つの翡翠晶を貫き、切り裂き、破砕した。
「うあぁ、あぁああああ、おぉおあああああ」
翡翠晶が割れて甲高い音が響き、ガレスが苦しみに満ちた呻き声を発した。
彼の手から剣が床へ落ち、おぼつかない足取りで『こちら』に下がってくる。
僕は展開していた魔障壁を解除し、ガレスに止めを刺すべく右手に魔法を纏わせた。
「最強の盾は、最強の剣になる。これで終わりだ、ガレス・グランドーク」
僕は右手を手刀の形にし、ガレスの左肩から右腰目掛けて袈裟斬りの如く振り抜いた。
「おあ……」
「言っただろ、引導を渡すって」
ガレスが再び呻き声を発した次の瞬間、彼の体は斜めに切れてその場に崩れ落ちた。
魔法や物理攻撃を防ぐ魔障壁を右手に纏わせ、鋭利な刃物のようにした手刀だ。
有効範囲が短くて至近距離でしか繰り出せないけど、武器が手元に無い現状で屍人を切るぐらいならこれで十分だろう。
「……ふぅ、これで終わりかな」
息を吐きながらガレスの様子を見つめるが、動き出すような気配はない。
どうやら三つの翡翠晶を同時に砕いたことで、目論見通りに再生能力を失ったようだ。
でも、ふいに脳裏で前世の記憶が蘇る。
確か、ゾンビ系のゲームだと、倒しても放っておくと強化されて復活することもよくあるんだよね。
対処方法は、大抵が死体を燃やすんだよね。
よし、念のためだ。
僕は意を決し、掌に多めの魔力を込めて圧縮した。
「やったね、リッド」
「ガレス・グランドーク。黄泉の国で罪と向き合えよ」
「思ったよりも苦戦したな。だがまぁ……」
「皆、ごめん。少し離れて」
フェイ、ヨハン、レウスが色々と呟く中、僕は呼びかけながら掌を掲げ、頭上に大きめの高温の火球を生み出した。
大人一人が余裕ですっぽり入るぐらいの球体で、色は真っ赤ではなくて白い。
「な、なな……」
「リッド、急にどうしたんだ」
「まさか、お前……」
三人が目を見開くなか、僕はにこりと微笑んだ。
「屍人は念入りに消毒しておかないとね」
僕の答えで三人は意図を察してくれたらしく、慌てて飛び退いた。
彼等の動きを見て、僕は頭上の球体をゆっくりと落下させていき、ガレスを火球で飲み込んだ。
たちまち激しい燃焼音が響き、火球から白い煙が上がっていく。
程なく燃焼音と煙が消えると、僕は火球を消した。
「ガレス、地獄に落ちるのは二度目かな。火葬はせめてものはなむけだよ。三度目がないようにね」
彼が倒れた場所には、もう消し炭一つ残っていない。
ここまですれば、さすがに復活することはないだろう。
「ん……」
ふいに視線を感じて振り向けば、フェイとヨハンの表情が強ばっていて、レウスは口元を手で押さえて肩を震わせていた。
「えっと、どうしたの?」
首を傾げて尋ねたところ、三人は顔を見合わせた。
「リッドって、たまに容赦ないよね」
「そうだな。まさか死体を完全焼失させるとは思わなかったぞ」
「くっくく。これがイビの言っていた『悪役主人公【ダークヒーロー】』という性格か。なるほど、リッド・バルディア。改めて面白い奴だ」
「あ、あはは。まぁ、念には念をってやつだよ」
屍人対策とはいえ、焼滅させたのは彼等にとってはやり過ぎだったらしい。
決まりが悪くなって頬を掻いたその時、ぞくりと背中に悪寒が走った。
なんだ、憎悪にまみれた異様な魔力は……出所は上か。
ハッとして上を見上げれば、ガレスを燃やして立ち上がった白い煙と砕かれた翡翠晶の欠片が混ざり合い、人の形を成している。
白い煙で作られた顔の形からしてガレスのようだが、その顔は憎しみに満ちているように感じられた。
「リッド……バルディア。バルディア、そうだ。バルディアだ。あいつらさえいなければ、あいつさえいなければ。ライナー・バルディアめぇええええええ」
ガレスが叫んだ直後、広間中央に置いてあった水晶が急に強い光を放った。
広間全体にある人が閉じ込められた水晶も光を放ち、その光は中央の水晶に集まっていく。
「一体、何が起きているんだ」
ヨハンが発した言葉に反応し、レウスが舌打ちした。
「ガレスの本体は胸の翡翠晶じゃなかったんだ。あの中央にある水晶、あれそのものがガレスと繋がってたんだろ」
「そういうことなら、火槍」
僕は咄嗟に魔法を中央の水晶目掛けて放った。
火槍を防ぐ障害物はなく、すぐ水晶に直撃して爆発が起きる。
やったか……そう思ったのも束の間、爆煙はすぐに掻き消され、無傷の水晶がお目見えした。
どうやら、火槍は水晶に届く直前で爆発したらしい。
「魔法は駄目か。それなら直接攻撃で壊すだけだ」
僕はすぐに切り替え、中央の水晶目掛けて跳躍する。
フェイ、ヨハン、レウスも続くが、僕達は揃って水晶が放つ魔波で壁際に吹き飛ばされてしまった。
「うぐ……」
受け身を取り、片膝を突いて正面を見やった。
中央の水晶から放たれた強い光がガレスを包み込み、彼の姿がみるみる変わり始める。
そして間もなく、ガレスは再び、僕達の前に立ち塞がった。
ただし、禍々しい魔力を体に纏わせた巨大な七尾の狐として、だ。
さしずめ、屍人状態で獣化の形態変化をやり遂げた……そんなところだろうか。
「ガァアアアアアアアア」
狐姿となったガレスは、細い縦線の大きな瞳で僕を睨み、咆吼を轟かせる。
衝撃で広間に地響きが起きるなか、僕は顔に付いた汚れを服の袖で拭い、ゆっくり立ち上がった。
「……やる気満々だね。いいよ、付き合ってあげようじゃないか。でも、今度は塵も、欠片も、光も残さず焼滅させてやる」




