呼び起こされる声
「だとしても、これはいくら何でも……」
円柱状の広間、吹き抜けの天井を見上げながらヨハンは顔を引きつらせた。
広間の壁全体を埋め尽くす色とりどりの水晶。
その一つ一つ全てに人が取り込まれているのであれば、犠牲者は少なく見積もってもざっと数万、いや数十万人は軽くいくのではないだろうか。
獣人族の女の子が取り込まれている赤水晶に視線を向け、僕は「ねぇ、レウス」と切り出した。
「取り込まれた人達は、もう……?」
「いや、死んではいない。死ねば燃料として使えなくなるからな。水晶の中で冬眠しているとでも考えればいい。緩やかに死に向かっていることは間違いないがな」
レウスの返事を聞き、ヨハンが「じゃ、じゃあ……」と身を乗り出した。
「燃料庫を破壊すれば、取り込まれた彼等を救うことができるんだな」
「結果的にはそうなるだろうが、口で言うほど簡単じゃねぇぞ。あれを見ろ」
「あれ……?」
僕とヨハンは小首を傾げ、レウスが顎で見るよう促してきた広間の中央に振り向いた。
するとそこには、眼帯をした獣人族の男が首を傾げて剣を持って立っていたのだ。
「……さっきまで誰もいなかったはずなのに」
咄嗟に身構え、僕は改めて現れた男の姿を窺うが、その異様な出で立ちに思わず喉をごくりと鳴らして息を飲んだ。
剣を持っていると言ったが、それは正しくない。
手は力なくだらんと垂れており、剣を引きずっている、というべきだろう。
くすんだ黄色い髪からそれなりの年齢であることが窺える。
頭にある耳の形、尻尾の形状からして狐人族らしい。
男は片方の目には眼帯をしているが、もう片方の目には光がない……というか濁っているように見受けられた。
服装は上半身裸で、下は黒い長ズボンを履いている。
だけど、もっとも目を引くのは左胸の中央で怪しい光を放つ、大きな翡翠晶だ。
何処ぞで拉致か誘拐した戦士に翡翠晶を埋め込み、強力な燃料庫の番人に仕立て上げた、そんなところだろう。
実験に用いたガリエルを『ビルガメス』と命名し、駒にしていたように。
あれ、でも、妙だな。
ふいに脳裏に疑問が過る。
あの男の顔に、何故か見覚えがある気がしたのだ。
狐人族なら何処かで会っていてもおかしくはないけど……そう思って男を訝しんでいるなか、「う、嘘だろ……」とヨハンが声を震わせた。
見やれば、彼の顔から血の気が引いて真っ青になっている。
「ヨハン、もしかしてあの男を知っているの?」
「知ってるどころの話じゃない。リッドも絶対に知っている男だぞ」
「え……?」
言われて再び視線を向けたその時、男が首を傾げたまま「……侵入者を発見」と無機質な声を発した。
その声を聞いた瞬間、僕の脳裏に『狭間砦の戦い』で見たとある映像が呼び起こされる。
「ま、まさか、あの男は……」
僕が絶句して戦慄するなか、ヨハンがこくりと相槌を打った。
「その『まさか』で間違いない。この男は狐人族の元部族長ガレス・グランドークだ」




