岐路の行方
「リッド、これで本当に良かったのか」
「うん、もう決めたことだから」
青黒い壁に覆われた通路を進むなか、隣を走るヨハンの呼びかけに僕は笑顔で答えた。
「おい、あまり無駄口を叩くな。『艦内』は、いつどこで気取られるかわからないんだからな」
前を走るレウスがちらりとこちらを見て、怒気が籠もった小声を発した。
今の僕達は、レウスの案内でルシュムガルの『艦内』を移動している最中だ。
ついさっきまでいた獣王戦会場を模した階層は、ホルストの力で一時的に造られたものらしい。
レウス曰く、ルシュムガルは居住区、神座の間、断罪の間、燃料庫、研究室などがまとめられた『艦内』という階層が存在し、侵入者は別途の階層に移動させられて守護十翼の面々で対応する仕組みになっているそうだ。
「ごめん、気を付けるよ」
「……わかればいい」
レウスは冷たく告げ、視線を前に向ける。
その仕草を見て、ヨハンと側にいたフェイが揃って『あっかんべ~』と片目を閉じ、舌を出す。
二人の姿に苦笑するなか『リッド、これで本当に良かったのか』という、ヨハンがさっき言った言葉が脳裏に蘇ってくる。
本当は良くない、すぐにでも僕自身でファラを助けに行きたかった……というのが本音だ。
ホルストの性格、思考からして支配下に置いたファラとアスナを差し向ける相手が父上もしくはエルティア義母様の可能性が高いなら、今は二人を信じて別行動をすべきだと、苦渋の決断だった。
一応、『今の僕にできること』はそれでも行っている。
そして、今向かっている場所はルシュムガルの魔力供給源であるという燃料庫。
レウス曰く、『燃料庫襲撃作戦【ミッション】』だそうだ。
自分の感情を優先し、ファラ、アスナ、母上を救い出しても、ルシュムガルの巨大な魔弾でバルディア、帝国、皆がいる地上を焦土にされては、三人は自身を責めるだろうし、根本的な解決にはならない。
ホルストが三人を人質としているのは目の前の事実だけど、本質は『ルシュムガルによる天翔竜の息吹があるかぎり、バルディアを含めた大陸全土が人質』ということだ。
これを何とかしなければ、僕達は常にホルストの後手に回ることになりかねない。
その状況を打破するため、後顧の憂いを断ち、改めてファラ達を救い出す。
ごめんね、ファラ。
もう少し待ってほしい……そう心中で呟いたその時「なぁ、レウス」とヨハンが小声で呼びかけた。
「なんだ。無駄口は叩くなと言っただろ」
「それはわかっている。だが、艦内を進んでいるのに鳥人族の戦士はおろか、翡翠晶の力を与えられた戦士すら出てこないのは、いくら何でも怪しすぎるだろ。罠か、あるいはこちらの動きが悟られているんじゃないのか」
「いや、気付かれていないからこそ行く手を阻む敵が出てこないんだ」
「えっと、それってどういう意味?」
ヨハンとレウスのやり取りに、フェイが手を挙げた。
レウスは走る足を止めず、小さなため息を吐いた。
「ルシュムガル艦内の警備は守護十翼に一任されていてな。一般の戦士が警備をすることはない。だが、俺達を通じてホルストが異変を察知した場合、この壁の中で眠っている戦士達が動き出す」
「壁の中の戦士……」
聞き返しながら、僕は周囲の青黒い壁をちらりと見やった。
一見では、特に隠し扉や細工がされているように見えない。
でも、艦内という言い方はしても、ここはルシュムガルの内部であり、牢宮と変わらないんだとしたら、壁の中から敵が出てくることは十分に考えられる。
「あぁ、そうだ」
レウスは僕の言葉に頷き、忌々しそうに続けた。
「この壁の中で眠っている戦士達は、ホルストの行った研究と実験のなれの果てでな。もし、俺達の動きがばれているなら、蟻の巣を突いたかのようにわんさか出てくるはずだ」
研究と実験のなれの果て……その言葉に背筋がぞっとした。
彼の言葉から察するに、ゾンビみたいな戦士が出てくる、ということだろう。
「なるほど、そういうことなら納得だ。ただし、それが本当なら、な」
ヨハンは相槌を打ちつつも、眉を顰めてレウスを訝しんだ。
ホルストを倒すという同じ目的を持つため、僕達とレウスは手を組んだ。
だけど、ヨハンは彼のことをあまりよく思っていないらしい。
「すぐにわかる。俺の言葉が本当なのかどうかはな」
「……変な真似したら即刻、首を跳ねてやる」
「構わんぜ、やれるものならな」
ヨハンは目付きを鋭くして凄みを利かせる一方、先を走るレウスの背中からは凄まじい殺気が溢れ出ている。
そうした二人のやり取りを、僕とフェイは半ば呆れて苦笑していた。
「……止まれ」
先頭を行くレウスが足を止め、僕達を制止した。
「どうしたの」
僕が尋ねると、彼は「見ろ……」と答えて顎で前を見るよう促してきた。
「燃料庫はあの扉の向こうだ」
「あの扉……」
レウスと僕達の進む通路正面には、鉄製に見える重々しくて仰々しい、巨大な黒い観音扉があった。
扉表面にはこれといって装飾は施されておらず、それが不気味で無機質な印象を与えてくる。
そして、扉から漏れ出てくる魔力の気配に僕は薄ら寒さを覚えた。
「……ねぇ、リッド。あの扉の向こうにある燃料庫ってさ」
フェイが恐る恐る切り出すも、僕は首を横に振った。
「多分、僕もそうだと思う。だけど、答えが目の前にあるのに憶測はやめておこう」
「う、うん。わかった」
僕達のやり取りを見て、ヨハンが首を捻った。
「二人揃って急にどうしたんだ。顔色が悪いぞ」
「ヨハンは、変な香りとかを感じない?」
僕が聞き返すと、彼は鼻をすんすんとさせてから「いや……」と切り出した。
「別に変な香りはしないぞ。まぁ、少し扉から嫌な感じはするけど……」
少し、か。
ヨハンは、僕やフェイほどに魔力の気配は感じられないのかもしれない。
「静かにしろ、扉を開けるぞ」
レウスは声を低くし、黒い観音扉の前に進んだ。




