岐路の選択
「弱い奴と組んだところであいつには勝てん、むしろ足手まといだ。だから、試させてもらったのさ。お前達が手を組むに値するかをな」
レウスが鋭い眼光を放ち、品定めをするように僕、ヨハン、フェイをじろりと見やった。
「なるほど。じゃあ、僕達はお前のお眼鏡にかなったわけか」
ヨハンがやれやれと首を横に振っておどけると、レウスは「あぁ、そうさ」と相槌を打った。
「三人がかりとはいえ業灼剣の攻撃を正面から受け止めた。リッドに至っては、業灼剣をお釈迦にしてくれたからな。可能性を含め、手を組むに値すると判断した。それに……」
彼は少しの間を置き、にやりと笑った。
「ホルストに捕らえられた者の未来は凄惨だ。なら、いっそここで死んでいたほうがお前達のためでもある。ビルガメス、リッドはあいつの正体を知ったんだろ」
「ビルガメス……?」
ヨハンが首をひねるなか、僕はルシュムガルに至るまでに倒した戦士であると伝えた。
同時にビルガメスの正体、それが狐人族の豪族に名を連ねていたガリエル・サンタスだということも。
彼は顔を含めた全身が施術跡だらけだった上、僕達と対峙したときには自我を失っていた。
凄惨な未来とは、僕とヨハンもガリエルのように実験体として過ごす日々が待っている、そんなところか。
ホルストにとって、僕達はハツカネズミかモルモットのような実験動物と大差がないんだろう。
ファラ、アスナ、母上……三人を早く助け出さないと。
特にファラとアスナは翡翠晶の力をヨハン同様に与えられているらしいし、悠長に構えている場合じゃない。
「……という感じかな」
「なるほど、外も大変だったんだな。教えてくれてありがとう、リッド」
僕の説明を聞き、ヨハンは頷きながら自身の手を見つめた。
翡翠晶の力を与えられた時のことを思い返しているのだろうか。
「確かに、ホルストに捕らえられた未来はぞっとしないな。それなら、いっそ死んでいたほうが楽かもしれない。だが、それは戦った後の話だ」
ヨハンは力強く発し、レウスを見据えた。
「今更、そんなことでびびるものか。それよりも母上を傷つけたこと、ズベーラの民を踏みにじったことを絶対に後悔させてやる。僕は王子だからな」
「威勢の良いことだ。頼りにしているぞ」
レウスが興味なさそうに頷くなか、僕は「さて……」と切り出した。
「大体のことはわかった。じゃあ、次はレウスにお願いだ」
「お願い、だと?」
「ホルストを倒すことは最終目標として、その前に母上、ファラ、アスナの救出に力を貸してほしい。話を聞く限り、まずは翡翠晶の力を与えられたっていうファラとアスナを助け出したいんだけど」
「残念だが、その願いは聞いてやれないな」
「……なんだって?」
返ってきた答えに、僕は目を瞬いた。
でも、感情的になっては駄目だ。
さっき、ヨハンとフェイに宥められたばかりだし、ここは慎重に意図を尋ねよう。
僕はゆっくり深呼吸をし、至って冷静かつ平常心でにこりと微笑んだ。
「聞き間違いかな。母上、ファラ、アスナの救出に力を貸せないって言われた気がするんだけど」
「あぁ、そのとおりだ」
「へぇ……」
即答で頷くレウスの姿を見て、僕の中で感情がサーッと冷たくなっていくのを感じた。
手を組みたいと言いつつ、母上、ファラ、アスナの救出には力を貸さない、だって。
まさか三人の救出を取引材料にして、僕とヨハンを戦力として体よく使うつもりなのか。
だとしたら、こっちにも考えがあるぞ。
笑顔のまま思考を巡らせているなか、レウスが「……勘違いするな、リッド」と切り出した。
「家族を救う手助けはする。人質が取られている状況じゃ、お前達も戦いづらいだろうからな。だが、その前にすべきことがある」
「僕の家族を救う前にすべきこと?」
「そうだ。こうして話ができている以上、俺の動きはまだ察知されていないと考えていいだろう。この隙を突き、このルシュムガルを内部から破壊する」
「内部から破壊って、そんなことが本当にできるの?」
思わず聞き返してしまった。
ルシュムガルは巨大な空飛ぶ牢宮【ダンジョン】だ。
それを内部から破壊となれば、牢宮核【ダンジョンコア】を傷つける必要がある。
ただし、ホルストも核【コア】の重要性は理解しているだろうし、警備や警戒も厳重なはずだ。
「可能だから言っている」
レウスは自信に満ちた顔で頷いた。
「それに破壊にあたって傷つけるのは核じゃねぇ」
「……じゃあ、何を傷つけるつもりなんだ」
ヨハンが首を傾げると、彼は不敵に笑った。
「ルシュムガルを動かす魔力の供給源である燃料庫を襲撃する。これに成功すれば、一撃で国崩しが可能な『竜の息吹』は使用不可となるはずだ」
「な……」
僕とヨハンは揃って目を見開いた。
空の大気を掻き消し、青空を夜空に変えた破壊力を持つ、ルシュムガルが放った巨大な魔弾こと天翔竜の息吹。
ホルストは次弾装填に時間がかかるとは言っていたが、実際のところどうなのかはわからない。
それにあの魔弾がある以上、下にいる皆をはじめ、射程次第ではバルディア領、マグノリア帝国の帝都……地上全てが人質に取られているようなものだ。
僕達の考えていることを察したのか、レウスは不敵に口元を緩めた。
「言っておくが地上にいるお前達の仲間と獣人族約十万人、ズベーラ全土、バルディア領まではルシュムガルの射程内だ。移動すれば帝国もすぐに射程内に入るだろう」
「燃料庫を襲撃しておかなければ、ホルストがまたいつ『竜の息吹』を使用するかわからない……ということだね」
確認するように問いかけると、彼はこくりと頷いた。
「そういうことだ。よしんばお前が家族を救えても、報復にバルディアを焦土にされては意味がなかろう。だからこそ、家族を救うのはその後だと言っている」
「どうする、リッド。レウスの言うことを無視してファラ達を救いに行くのか。それとも燃料庫を襲撃するのか。僕個人としては、ファラ達を救いに行っても良いと思うぞ」
「えっと、僕はレウスの言うとおりに燃料庫を襲撃したほうが良いと思う。現状じゃホルストとルシュムガルを同時に相手にするようなものだから、先にルシュムガルの動きを制限しておくべきじゃないかな」
レウスの言葉に、ヨハンとフェイが続いた。
三人の視線が向けられるなか、僕は頭を巡らせる。
僕個人の感情、気持ちとしてはファラ達を一刻も早く救いたい。
でも、仮にファラ達のところへ案内してもらって助け出せたとしても、ホルストにはレウスの裏切りを知られてしまう。
そうなれば、ルシュムガルの急所となり得る燃料庫の警備、警戒は強まって襲撃は難しくなるだろう。
翡翠晶の力を与えられ、僕が戦ったヨハンのような状況になっているというファラとアスナ。
二人の相手は、果たして誰がしているのか。
せめてそれだけでもわかれば、少し安心できるんだけど。
「ねぇ、レウス。翡翠晶の力を与えられたっていうファラとアスナ。ホルストの支配下に置かれているとしたら、二人は誰と戦わせられているのか。わからないかな」
「残念だが、それはわからねぇ。しかし、あいつの性格からして、必ず縁者と当てられているはずだ」
「……縁者か」
現状、ファラとアスナの縁者でルシュムガルに入り込んだのは僕、父上、エルティア義母様、カペラ、ブレイド・ベルの皆だ。
洗脳状態に近いファラとアスナを駒として扱うなら、もっとも効果的でやりづらい相手を選ぶはず。
なら、二人の相手は僕、父上、エルティア義母様あたりか。
僕の相手がヨハンとレウスだった以上、二人の相手は父上とエルティア義母様のどちらかの可能性が高いだろう。
もし予想が当たっていたとして、本当に二人の相手を父上とエルティア義母様がしてくれているなら任せても大丈夫か。
あくまで考察に過ぎないから絶対の保証はない。
僕が直接行けるならそれが一番の解決策になるはずだ。
イリア、ガリエル、ヨハン……翡翠晶に取り込まれた皆を正気に戻した実績もある。
一つ、レウスの言葉を信じ、ルシュムガルの魔力供給源である燃料庫を襲撃する。
一つ、ファラとアスナを救うため、無理矢理にでも二人の元に行くか。
「さぁ、どうするんだ」
レウスの催促するような物言いに、僕は深呼吸をして「……決めたよ」と答えた。




