情報と状況
「ファラは僕の妻で、アスナは彼女の専属護衛。ナナリー・バルディアは僕の母上だ」
僕が凄むと、レウスは肩を竦めておどけた。
「リッドの家族というわけか。そりゃ、怒り心頭だな」
「手を組みたいというなら茶化すな、レウス」
ヨハンがため息を吐き、こちらを横目でちらりと見やった。
「家族のことになると、リッドは怖いぞ」
「……そいつは失礼した」
レウスは僕に向かって軽く頭を下げるが、「しかし……」と口火を切った。
「それなら尚更に覚悟して聞くことだな。察しはついているかもしれんが……」
「勿体ぶらずに早く教えて」
間髪を入れずに僕が尋ねると、彼はヨハンをちらりと見やった。
「そいつ同様、ファラとアスナにはホルストが翡翠晶の力を与えた。今頃、別階層で縁者の誰かと戦っているはずだ」
「……やっぱりそうか。ホルストめ」
ヨハンが翡翠晶の力とやらで、成人姿となって襲ってきた時から『ファラとアスナも同じ事をされているのではないか』という覚悟はしていた。
でも、改めてレウスの口から聞かされ、激情の熱が全身を駆け巡る。
怒りを必死で抑えて声を押し殺すが、僕の感情に呼応した魔力が周囲の魔圧を急激に高めていく。
足下に亀裂が走って、空気は張り詰め、大地がきしみ、静かに震えた。
「……なるほど。ヨハンの言うとおり、家族のことを茶化すのはやめておいたほうがよさそうだな」
「気持ちはわかるが、落ち着くんだリッド。僕だって翡翠晶の力に抗い、自分を取り戻せたんだ。ファラとアスナも、きっと自分を取り戻しているさ」
「そ、そうだよ。あの二人は意思が強いし、きっと大丈夫だよ。もしかしたら、もう自分を取り戻しているかもよ」
レウスはやや気圧された様子で相槌を打ち、ヨハンとフェイは僕の怒りを静めようと声を掛けてくれた。
深呼吸をして「うん、大丈夫だよ」と微笑んだ。
「僕は冷静さ。すこぶる怒ってはいるけど、この怒りはホルストにぶつけさせてもらうよ」
「そ、そうか。それなら良いんだが……」
「リッドの魔力、めっちゃ怒ってる」
ヨハンはバツが悪そうに頬を掻き、フェイは真っ青な顔で若干引いている。
冷静だと言っているのに、二人とも大袈裟だなぁ。
僕は話頭を転じるべく咳払いをし、「それで……」とレウスを見やった。
「母上は、どうなっているんだ」
「ナナリーは翡翠晶の力を与えられていない。逃げられないよう拘束され、ホルストの側で軟禁状態のはずだ」
母上は魔力枯渇症を患っている。
翡翠晶の力を与えられたらどんな結果になるかわからない。
ホルストも、さすがにその点は考えての軟禁だろう。
「……わかった。じゃあ、もう一つ聞かせてほしい」
僕はそう切り出し、ヨハンを横目でちらりと見てから、レウスを見据えた。
「翡翠晶の力、いや、そもそも翡翠晶とはどういった存在なんだ」
「当然の質問だな」
彼は待ってましたと言わんばかりに、にやりと口元を緩めた。
「翡翠晶はホルストが自らの魔力と牢宮核【ダンジョンコア】の欠片を組み合わせ、結晶化させたものだ。与えられれば莫大な力を得ることができるが、翡翠晶を通じてホルストに洗脳されて支配下に置かれる。元からあいつに服従していた者は洗脳の対象外となるが、そうでなければ過去の体験や負の感情を増幅されて思い通りに動く駒となるのさ。リッドとの決着に執着していた、お前のようにな」
レウスはそう言って、ヨハンをちらりと見やった。
「ぼ、僕は自分の力で抗ったぞ。もちろん、リッドが呼びかけてくれたからではあるけど……」
声がしぼんでいくヨハンを見て、レウスは首を横に振った。
「翡翠晶と対象には相性があると聞く。それに翡翠晶を埋め込まれて間もなければ、対象者次第では抗うことも可能らしい。もっとも、長期間となれば話は別だ。イリア・パドグリー、あいつの翡翠晶はどこにあった」
「……彼女は心臓の中にあったよ。何とか壊したけどね」
僕がそう言うと、レウスは「ほう……」と相槌を打った。
「やるじゃないか。だが、言いたいことはそういうことだ。翡翠晶は時間と共に対象を浸食していく。それこそ木々が根を張るようにな」
彼は翡翠晶があった手の甲を見やった。
その仕草に、僕はハッとする。
「もしかして、翡翠晶を自分で剥がしたのは……」
「そうだ、ホルストの支配を抜けるためだ。それに翡翠晶を通じて、俺達の会話はあいつに筒抜けになるからな。ルシュムガルの中にいる限り同じことかもしれんが、少なからず聞き取れる内容の精度は落ちるはずだ」
「じゃあ、最初から僕達と手を組むつもりだったのか」
ヨハンが聞き返すと、レウスは「それは違う」と頭を振った。




