守護十翼となる試練
「守護十翼も……それはどういうことだ。お前達はホルスト直属の幹部じゃないのか」
ヨハンが首を捻って訝しむと、レウスは鼻を鳴らして頭を振った。
「あいつにとって、俺達は選りすぐった駒なだけさ。教えてやるよ、俺達、守護十翼がどう集められたのか」
彼はそう口火を切って、守護十翼に名を連ねるための選別方法を語りはじめた。
曰く、パドグリー家には鳥人族のみ、純血とも言える血族が名を連ねる本家。
鳥人族と各部族を掛け合わせた十個の分家が存在するそうだ。
分家は各部族領で孤児を集め、あるいは才能のある者を誘拐し、鳥人族領で子を鍛え、選別した優秀な血を取り入れていたそうだ。
この文化は鳥人族領発足時から昨今に至るまで行われており、部族長を輩出した一族の血筋も全て分家に混ざっているという。
『いつの頃からか、あちこちの村や町で囁かれるようになったのさ。行き場を無くした子供が道を一人で歩いていると、天使が舞い降りて新天地に連れて行ってくれるってな』
領地訪問の折、馬人族部族長アステカ・ゼブラートが会談で話していた言葉が脳裏に蘇ってくる。
ホルストは……いや、パドグリー家はズベーラの闇につけ込んで、一体どれだけの時と人を『強化血統』につぎ込んだのか。
執念なのか、はたまた何か別の目的があるかもしれないが、どちらにせよ考えるだけでぞっとする。
「例えば、俺は鳥人族と狼人族の混血が続く分家出身でな。現狼人族の部族長ジャッカス・ヴォルフガングとは、血を遡っていけば遠縁、傍系、血縁関係にあるそうだ」
レウスはそう言って、ヨハンを見据えた。
「ヨハン・ベスティア。当然、お前と同じベスティアの血族も遙か昔に取り込んだと聞いている。守護十翼の十翼メロエ・パドグリー、奴が鳥人族と猫人族を掛け合わせた分家出身だよ」
「な、なんだって」
ヨハンは目を丸くし、愕然とした。
いきなり自身の遠縁が守護十翼にいると告げられたのだ。
驚かないほうが無理というものだろう。
それにしても、メロエ・パドグリー、か。
確か、金砕棒を背負って、ホルストに執心、偏愛を寄せていた少女だ。
言動の内容はともかく、言われてみれば天真爛漫で猪突妄信というか、あの雰囲気はヨハンと少し似ていたかもしれない。
「で、出鱈目【でたらめ】だ」
ヨハンが頭を振って声を荒らげた。
「そんなこと急に言われても信じられるわけないだろ」
「別に信じなくても構わんさ。それにあくまで遡ればという話であって、現状は他人と変わらん。だが、それだけ鳥人族の歴史、ホルストの闇は深いって話さ」
レウスは動じることなく肩を竦め、「そして……」と続けた。
「分家に生まれた子供達は、幼い内から厳しい管理下で同じ分家筋かつ歳の近い奴等とずっと訓練に明け暮れ、選別されるんだ。ホルストに仕えるためにな」
「なるほど。英才教育か」
「あぁ、そのとおりだ」
鳥人族と他部族の混血で形成される分家の役割を考えれば、それも至極当然と言えるだろう。
良くも悪くも、僕は『強化血統』の子達が持つ才能を直に見て、よく知っている。
バルディアに流れ着いたパドグリー家の血筋を引くアリア達。
彼女達の言動はともかく、同様にバルディアに流れ着いた他部族の子達よりも覚えが早く、頭一つ抜きん出ていたと評価できるほど姉妹揃って類に漏れず優秀だった。
分家の子供達に幼い内から教育を施せば、確実に優秀な人材に育つだろうし……あれ、でも変だな。
考えを巡らせているなか、僕は疑問が湧いて首を傾げた。
「ちょっと待って。その話が本当なら、ホルストの戦士層はもっと分厚くなるはずでしょ。それこそ十翼どころの話じゃない」
「た、確かにリッドの言うとおりだ。まさか、守護十翼とは別に裏守護百翼とか、千翼とかが控えているんじゃないだろうな」
ヨハンが目付きを鋭くして睨み付けるが、レウスは喉を鳴らして笑った。
「百、千翼か。いっそ、そうしてほしかったぐらいだ」
「そうしてほしかった……?」
言葉の意図が分からず、僕とヨハンが顔を見合わせるなか、レウスは深呼吸をして息を吐いた。
まるで、自身の気持ちを落ち着かせるように。
「分家に生まれた子供達は、十三歳前後になった頃、ホルストに仕えるための試練が行われる」
「試練……」
僕が聞き返すと、彼はこくりと頷いた。
「満月の夜、鳥人族領内のとある場所に出向き、顔を仮面で隠した状態で朝までに自分以外の敵を全て殺して生き残れ。敵を倒さず逃げ隠れすることは許されない。最低でも十人以上の敵を殺せなければ、失格扱いで処分される。つまり、生き残りたければ十人以上殺さなければならない……という試練だな」
「な……」
僕とヨハンは愕然とし、言葉を失った。
戦士として完成させるために死と直面させた、ということだろう。
どんなに訓練を積んでも、初陣と実戦は緊張するし、極限状態で発揮できる運や胆力こそ、その人の本質が露わになる瞬間でもある。
しかし、それを子供にさせるなんて正気の沙汰じゃない。
「ちなみに試練で殺し合う相手も全員仮面をしていてな、背丈も近いんだ」
「ま、まさか……」
ヨハンが察した様子でたじろぐなか、レウスは口角をにやりと上げて尖った犬歯を見せた。
「そう。試練で子供達が殺し合う相手は、同じ釜の飯を食い、共に訓練の苦しみを分かち合い、切磋琢磨し、前日に試練突破を誓い合った友だったわけだ。笑えるだろ、朝は友、夜は絶交で殺し合いってな」
レウスは喉を鳴らし、本当に笑っているようだった。
「ば、馬鹿げてる。そんなことをして一体何になるっていうんだ」
ヨハンが大声を発するも、レウスは「意味ならあったさ」と切り出した。
「友の屍を積み上げ、踏み越えたおかげで今の俺は何も感じなくなった。生への執着も薄れ、死を恐れることもない。これこそ、ホルストが手駒に求めた完璧な戦士ってわけだ」
高らかに告げ、大声で笑い始めるレウス。
でも、彼の声には怒り、哀しみ、憎しみ、様々な感情が交じっているように思えた。
「……じゃあ、どうしてホルストを裏切るんだ」
僕が問い掛けると、レウスは笑うのをぴたりと止めた。
「試練を乗り越える時、ある女とつまらない約束をしてな。俺が死ぬのはどうでもいいが、それを果たすためには混乱に乗じてホルストを討つしかない、そう判断したまでだ。それにこの機を逃せば、あいつを倒せる機会はもうないだろうからな」
「つまらない約束って。ホルストを裏切るほどの約束なんだろ。つまらないわけがない。一体、どんな約束をしたんだ」
ヨハンが眉を顰めて尋ねるが、レウスは頭を振った。
「つまらない約束は、つまらない約束だ。内容を話すつもりもない。勝手に想像しろ」
「なんだよ、それ。そんなの余計に信じられるわけないだろ」
「何度も言わせるな。別に信じてほしいから話しているんじゃねぇ。俺はただ、聞かれたから答えているだけだ」
ぶっきらぼうな口調だが、毅然とレウスに言われ、ヨハンは「う……」と言葉に詰まってしまった。
「……ねぇ、リッド」
ふいに側にいたフェイが耳打ちをしてきた。
「どうしたの」
「わかっていると思うけど、彼から伝わってくる気配や感情からして嘘は言ってないと思うよ」
「うん、僕もそう思うよ」
「そっか。それならよかった」
フェイはにこりと目を細め、僕の耳元から離れた。
レウスの感情の動きは、気配察知魔法の『電界』でずっと追っている。
絶対とは言えないけど、それでも彼の言葉には嘘はないんだろう。
試練のくだりを語っていた時、レウスの心は荒々しい憤怒が渦巻いていたように感じられた。
もしかしたら、彼は試練を乗り越えてホルストに仕えた時から、ずっと憤怒をひた隠して機会を窺っていたのかもしれない。
でも、レウスの話が正しいのであれば、他の守護十翼達も試練を乗り越えた子供達、ということになる。
きっと、イビも。
以前、牢宮で彼女から聞いた話と、レウスの話には違う部分も多い。
気になる部分ではあるけど、状況からしてイビが試練のことを隠していたと考えるのが妥当だろう。
もしかすると、彼女が大事にしていたあの髪飾りの羽は……。
「さて、守護十翼の話は終わりだ」
レウスはそう切り出し「後は……」と話頭を転じた。
「ホルストが攫ってきた残りの奴等のことだったな。名前はファラ、ナナリー、アスナだったか」




