レウスの言葉
「僕達を殺そうとしておいて、いきなり手を組もうだって。そんな言葉、信じられるわけないだろう」
ヨハンが強い口調で返すが、レウスは「別に信じてくれなくて構わんさ」と答えて開けた制服を整えていく。
「お前達の仲間になろう、だなんて微塵も考えちゃいねぇ。俺の目的は、この混乱に乗じてホルストの息の根を止めることだ。だが、それはお前達も同じ。手を組むのが合理的だ」
「それはそうかもしれないが、どうせ手を組んだふりをして裏切るつもりだろ」
「そう喚くな、ヨハン。どの道、俺の協力を得られなければここから先に進むことはできん。手を組むのが嫌なら、どちらかが死ぬまで戦うしかないぞ」
「それは……」
眉間に皺を寄せるヨハンだが、レウスの指摘に言い淀んだ。
レウスの口ぶりからして、ここから先に進むためには僕達とレウス、どちらかが倒れるまで戦い、決着を付ける必要があるんだろう。
だけど、彼と戦う選択をして勝てたとしても、僕達の消耗は避けられない。
僕は現状と今後の事に思考を巡らし、深呼吸をして「……わかった」と頷いた。
「リッド、正気か」
ヨハンは血相を変えて目を見開き、声を荒らげてレウスを指さした。
「こいつは僕達を殺そうとした相手で、しかもホルストの部下。それもただの部下じゃない、奴直属の守護十翼の二翼に名を連ねる分家筋の戦士なんだぞ。後ろから刺されるに決まってるじゃないか」
「危険は承知の上さ。僕達だってこれ以上の消耗は避けるべきだよ。ただし……」
僕はそう答えると、目付きを鋭くしてレウスに視線を向けた。
「手を組むというのであればホルストの目的、ルシュムガル、守護十翼……そして、ファラと母上、アスナのことを含め、知っていることは全て話してもらう」
「……いいだろう。時間もないから手短に話すぞ」
レウスはこくりと頷き、話頭を転じて口火を切った。
「まずはホルストの目的だが、あいつはこの世界の神になるつもりらしい。荒唐無稽に聞こえるかもしれんが、ルシュムガルの力を見た以上、本気だということはわかるはずだ」
「ホルストがルシュムガルの力を使って世界の神になろうとしていることは理解しているよ。僕が聞きたいのは、その先さ。神となって何をどうするつもりなんだ」
僕が聞き返すと、彼は「さぁな」と肩を竦めた。
「俺もあまり先のことは知らされてねぇ。だが、あいつ曰く、この世は女神ミスティナ・マーテルによって導かれるはずだったが、志半ばで終わったらしい。それをあいつが神となって引き継ぐそうだ。俺がこの件で知っているのはこれぐらいだな」
女神ミスティナ・マーテルによって導かれるはずだった世を、ホルストが神となって引き継ぐ、か。
僕が狐人族で見つけた『闇歴史が記された聖本』では、女神ミスティナは虚構だと書かれ、女神ミスティナと聖女ミスティナは別人であると断じていた。
その理由まではわからないけど、女神ミスティナ・マーテルがこの世を何処かへ導こうとするも失敗に終わり、それを神を自称するホルストが引き継ごうとしている。
そう聞くと、女神ミスティナの導こうとした世界が碌でもないものだったのではないかと、つい勘ぐってしまう。
この一件が終わったら『聖本』の解読、分析も急いでもらうべきかもしれない。
「わかった。じゃあ、次はこのルシュムガルについて教えてほしい。この竜を、ホルストはどうやって手に入れたんだ」
「この竜は、鳥人族領の地中奥深くに眠っていたんだ。あいつが歴史書、聖本、古文書を調べるなかで存在を見つけたらしくてな。掘り返して発見した時にはほとんどが朽ちていたが、長い年月を掛けてホルストが修繕したんだよ。古代の遺物にして人の手に余る代物だな」
ルシュムガルが鳥人族領の地中奥深くに眠っていた。
果たして、それは単なる偶然なんだろうか。
闇歴史が記された聖本には、ミスティナが獣人族の先祖を創りだしたと書いてあった。
だとすれば、何かしらの理由で亡くなった『天翔竜ルシュムガル』の亡骸を今の鳥人族領に丁重に葬り、鳥人族達に墓守を任せた……という可能性もある。
部族長を輩出するパドグリー家には、何かしら一族内のみで伝わる口伝、伝承があってもおかしくはない。
ルシュムガルの存在を確信した時から、ホルストの計画は始まっていたと、そう考えるのは少々早計だろうか。
「ねぇねぇ、僕も質問していいかな」
恐る恐る手を挙げて尋ねたのはフェイだ。
レウスの目付きが怖いのか、彼は僕の後ろに隠れている。
「構わねぇが、お前は何者だ。妖精か、はたまた魔物か?」
眼光を放ち訝しむレウスに、フェイはびくりとして「顔こわ~」と僕の背中で顔を隠してしまう。
僕は咳払いをし、代わりに切り出した。
「彼はフェイ・バルディア。縁あって当家に名を連ねることになった妖精だよ。ほら、フェイ。自分で言わなきゃ」
「う、うん。えっと、リッドに紹介されましたフェイ・バルディアです。以後、お見知りおきを」
おずおず頭を下げるフェイ。
レウスはじっとフェイを見つめるも、「いや、まさかな」と頭を振った。
「どうしたの」
「いや、何でもない。それよりも、俺に聞きたいことってのはなんだ」
僕の問い掛けにレウスは頭を振ると、フェイを見やった。
「あ、うん。この漂う魔力、雰囲気、気配からしてルシュムガルって牢宮だよね」
「ほう、さすがバルディアに名を連ねた妖精だ。良い着眼点だ」
にやりと笑うレウスの表情を見て、ヨハンが「じゃ、じゃあ……」と目を瞬いた。
「ルシュムガルは空飛ぶ牢宮なのか。でも、そんな話は聞いたことがないぞ」
「聞いたことはなくても、目の前の光景が現実だ。見たはずだ、ホルストの操る黒渦をな。お前達の仲間も、今頃は別空間で守護十翼の誰かが相手をしている。ふふ、生きているといいな」
「お前……」
ヨハンが目付きを鋭くして睨むなか、フェイが「もう一つ聞かせて」と発する。
でも、その声には僅かな震え、恐怖が混じっているように感じられた。
どうしたんだろうか。
「ルシュムガルは朽ちていたんだよね。でも、今は復活して動いてる。つまり、牢宮核を直したってこと。それとも別牢宮の牢宮核を植え付けたの」
「植え付けるって、そんなことできるの?」
思いがけず尋ねると、フェイは「わからない」と首を横に振った。
「だけど、ルシュムガルが自力復活できずに地中で朽ちていたということは、元の牢宮核は砕けているはずなんだ。それなのに動いているってことは直したのか、植え付けたのか」
「ほう、やはりその妖精は只者ではないな」
レウスは感嘆した様子で相槌を打ち、喉を鳴らして笑い始めた。
「フェイだったな。そいつの言うとおり、ルシュムガルが元々持っていた牢宮核は砕けていた。そこであいつは別の牢宮核を無理矢理に移植したのさ」
「だ、だとしても、これだけの巨大な牢宮を復活させて動かすには、膨大な魔力が必要なはずでしょ。それを、それを一体どうやって集めたの……」
フェイの言葉が震え、小さくなっていった。
朽ちたルシュムガル、砕けた牢宮核、移植した牢宮核、復活させて動かすために膨大な魔力が必要。
頭の中で嫌な感じがするなか、点と点が線で繋がっていく。
僕はハッとして「まさか……」とレウスを見やった。
「そのまさか、だ。このルシュムガルは、数多の獣人族の人柱によって蘇ったのさ」
「な……」
「やっぱり、そうなんだ……」
ヨハンが目を大きく見開き、フェイは悲しそうに俯いた。
僕も衝撃を受けたが、それ以上に嫌な予感が脳裏を駆け巡った。
「つまり、ホルストがわざわざ獣王戦の場で宣戦布告した理由は……」
「ご名答、ルシュムガルの人柱を手っ取り早く集めるためさ。今、地上にいる十万の獣人族をルシュムガルに喰わせれば、大陸支配の魔力は事足りるそうだ」
レウスが肩を竦めておどけるなか、ヨハンが目付きを鋭くして八重歯を露わにした。
「ふざけるな。領民の、国民の命をなんだと思っている」
「残念だがな。ホルストは、人を『もの』か『魔力の塊』ぐらいにしか考えてねぇんだよ。俺達、守護十翼もそうさ」




