勝者と敗者
「はぁ……はぁ……」
僕は荒くなった息を整えつつ、手に持つ柄だけとなった魔刀に視線を向けた。
強力で膨大な魔力付与に耐えきれなかったんだろう。
レナルーテでエレン達と出会った時から、ずっと一緒に戦ってきた愛刀だった。
無理させてごめんね、今までありがとう。
目を瞑って黙祷を捧げていた時、『やっほ~』と脳裏にフェイの声が響いた。
『やったね、リッド。でも、そろそろ限界だ』
『これ以上は体に影響が出かねない。牢宮核憑依【コアトランス】は強制終了させてもらうよ』
続けてメモリーの声が聞こえてくると、全身を纏っていた白い魔力が白煙のように立ち上がって霧散していく。
「う……」
急激に全身の力と熱が抜けていく。
強大な力を無理矢理に扱った反動だ。
何とか柄だけとなった魔刀を鞘にしまうが、たまらず片膝を突いた。
身長、体格、顔付き、服装に至るまで、僕はいつもの姿に戻っていく。
でも、いよいよ倒れそうになった時、「リッド、大丈夫か」とヨハンが駆けつけ、抱きしめるように支えてくれた。
「ありがとう、ヨハン。助かったよ」
「いや、お礼を言うのはこっちの方だろ。とにかく無事ならよかった」
彼は手早く僕の片腕を担ぎ、肩を貸してくれた。
「これなら少し歩けるだろ」
「うん、ありがとう」
「それにしても、派手にやったもんだな」
ヨハンは顔を上げてぐるりと周囲を見渡した。
地上で行われた獣王戦の会場とそっくりだった武舞台と観客席は、僕とヨハン、レウスとの衝突で見る影もなくなっている。
武舞台に敷き詰められた正方形の石材は、ほとんどがめくれ上がって下地の土が剥き出しの状態だ。
わずかに残っている分もほとんどは亀裂が入るか、割れている。
観客席に至っては僕の振るった魔刃閃の刃によって、約四分の一が粉々だ。
この場に観客がいなくて本当に良かったと思う。
牢宮核憑依【コアトランス】は、僕の中に流れる魔力対比を膨大な牢宮核に傾けて爆発的な力が出せるという魔法だ。
でも、それだけの力が易々と使いこなせる訳もなく、力の制御ができないし、使用時間も短いという時間制限付き。
その上、解除後はこうして力が抜けて動けなくなってしまう。
付け加えると、再使用には間隔をかなり空けなければならない。
「そうだね。でも、牢宮核憑依は使用を避けたい魔法の一つだったんだ。このとおり、解除後は動けなくなっちゃうからね。でも……」
僕はヨハンに答えつつ、うつ伏せで倒れているレウスを見やった。
「彼に、レウスに勝つには使わざるを得なかったよ」
「そうか……」
ヨハンはどこか寂しそうに頷くが、僕はにこりと微笑んだ。
「大丈夫、君はすぐにもっと強くなるさ。そもそも、格闘戦だけならヨハンの方が強いじゃないか」
「いやいや、格闘戦だけで勝ってもな。魔法を含めた総合力でリッドに勝てないと意味がないだろ」
彼は頭を振るが、僕はむっと口を尖らせた。
「それってつまり、魔法無しの僕はヨハンに勝てないってことを暗に認めてるじゃないか。ひっどいなぁ」
「酷いって、リッドが言いだしたんだろ」
「自分で言うのと、君に言われるのじゃ違うんだよ」
「なんだそれ。リッド、意外に子供っぽいところもあるんだな」
「何を言ってるんだ、ヨハン。僕は子供だよ」
ずっと気を張り詰めていた緊張が緩んだせいか、僕とヨハンはどちらともなく「ふふ……」と噴き出し、声を出して笑い始めた。
「お疲れさま、リッド」
頭上から声が聞こえて見上げれば、掌大のフェイが目を細めていた。
牢宮核憑依を解除した際、僕の体から抜け出て再び実体化したんだろう。
ただ、ちょっとドヤ顔だ。
「どうだった、僕の力は。すごかったでしょう」
「うん、すごかったよ。フェイもお疲れ様、力を貸してくれてありがとう」
「そうでしょ、そうでしょ。もっと褒めてくれてもいいんだよ」
フェイが満面の笑みを浮かべるなか、ヨハンが「なぁ、リッド」と切り出した。
「その、フェイのことは詳しく聞いていいのか」
「あぁ、うん。答えられないこともあるけど、彼は……」
そういえば、フェイのことをちゃんとヨハンにはまだ紹介していなかったな。
そう思って答えようとしたその時、「ふっふふ、あは、あはは、あっはは」と笑い声が聞こえてくる。
ハッとして正面を見やれば、レウスがゆらりと立ち上がっていた。
「あれだけの傷を負ってまだやるつもりなのか」
「……でも、あっちがやるというなら、やるしかない」
ヨハンが目を丸くするなか、僕は借りていた彼の肩を離した。
両手で自信の両頬を叩き、気合いを入れ、なけなしの魔力で烈火を発動する。
こうなったら止むを得ない『あれ』を発動するしかないか。
反動で足がまだおぼつかないが、それでも僕はレウスに向かって構えた。
ヨハンも頭を振って「こうなったら、とことんやってやろうじゃないか」と獣化を発動し、灰獅子の姿になって構える。
「二人とも良い気迫と根性だ。もっとも、止めを刺しそびれた以上、落第点だがな」
レウスは不敵に笑い、制服を開けて僕が魔刃閃で与えた左半身の傷口を見せつけてきた。
「な……」
僕とヨハンは唖然とした。
致命傷になり得る傷を与えたはずなのに、レウスの傷口は流れる血が止まっているようだ。
よくよく見れば、傷口が塞がって肉が盛り上がっているようにも見える。
「……傷口がもう塞がってるのか。だとしたら、回復魔法の類いか」
「ご名答、さすがリッド・バルディアだ。さしずめ『再生の炎』と言ったところかな」
レウスは手に火を灯し、自身の傷口に当てた。
じゅっと燃えるような音が傷から聞こえ、白い煙が彼の体から立ち上がっていく。
「俺は生まれつき再生力が少々強くてな。この火のおかげで、俺は幾つもの死線を生き延びてきた。そう簡単に『牙狼炎鷲【がろうえんじゅ】』は死ねないんだよ」
彼が体から手を離すと、傷口は綺麗に塞がっていた。
この世界で『回復魔法』は、ほとんどお目にかかることはない。
僕自身、誰かが使っている姿を見たのはこれで二回目だ。
普段なら『新魔法を見た』と、内心で少しなりとも喜ぶところだけど、僕はがっかりして深いため息を吐いた。
「……なるほど、負けを認めたふりをして体を癒やしていたのか。少し残念だよ、レウス。君がそんな姑息な真似をするとはね」
「そう焦るなよ、リッド」
彼は肩を竦め、喉を鳴らして笑い始めた。
「俺は負けを認めたんだ。これ以上、お前達と戦うつもりはねぇ」
「え、そうなの」
きょとんとして僕とヨハンは互いに顔を見合わせると、レウスは大袈裟に両手を広げて「それよりも、だ」と話頭を転じた。
「お前達、仲間を助けてあいつを……ホルストを倒したいんだろ。なら、俺と手を組もうぜ」
「……はぁ⁉」
僕とヨハンは呆気に取られて目を瞬き、少しの間を置いて素っ頓狂な声を上げてしまった。




