リッドの手札
「まったく空を飛べるのも考えものだね。爆風の影響がすごくて遠くに飛ばされちゃったよ」
後ろから飛んできたフェイは、僕とヨハンの間に入ってやれやれと肩を竦めた。
「確かフェイと言ったな。手を貸してくれ」
「えぇ、何だよその言い方。どうしよっかなぁ」
ヨハンの強い口調にフェイは臍を曲げてしまい、頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
「お、おい。そんなことを言ってる場合じゃないだろ」
「僕からもお願いするよ。悔しいことにそろそろ限界でね」
「もう、二人ともしょうがないなぁ。それじゃ、いっくよ~」
僕とヨハンが言葉でお願いすると、フェイは機嫌を直してくれたようで何層も重ねた魔障壁を展開する。
僕達三人の魔障壁が揃った瞬間、業灼剣が纏う青白い炎の勢いが弱まって弾かれた。
跳ね上がった業灼剣は意思を持つかのように回転しながらレウスの手元へ戻っていく。
僕とヨハンは力が抜け、がくりとその場で片膝を突いて肩を上下しながら空気を思いっきり吸い込んだ。
「はぁ、ふぅ……何とか耐えきったね、ヨハン」
「あぁ、そうだな。それと、フェイ」
ヨハンは僕達の間で宙に浮く彼に視線を向けた。
「礼を言うぞ。君がいなければ押し込まれていただろう」
「そうだね。駆けつけてくれてありがとう、フェイ」
「いやぁ、そんなに大したことしてないんだけどなぁ。へへ、どういたしまして」
フェイが照れくさそうに頬を掻いているなか、正面から足音が聞こえてきた。
次いで熱波で頬にちりちりとした痛みが走り、僕達は急いで立ち上がって身構える。
「俺の『暴君の鉄槌【メテオ・タイラント】』を防いだか。型破りの神童、ズベーラの王子の肩書は飾りじゃなかったらしいな」
レウスは獣化して銀毛に覆われ、その体からは相変わらず青白い炎が揺らめいている。
業灼剣を片手で逆手にだらんと持ち、特に構えている訳でもない。
それなのに威圧感が凄まじく、攻め込める隙が見当たらない。
「だが、気圧されているようでは底が知れたな。俺を倒せぬようでは、大切な者を取り戻すことなどできはしない。いっそ、ここで死んだほうがお前達のためだ」
「勝手なことを言うな。勝負はまだこれからだろ」
ヨハンが反発して言い返すが、レウスは首を左右に振って骨を鳴らした。
「勝負はこれから、だと。笑わせるな。防いだとはいえ、今の一撃で消耗して満身創痍のお前達が、どうやって俺を倒すつもりだ」
「うぐ……」
レウスの冷静沈着かつ理路整然とした返事に、ヨハンはたじろぎながら「くそ……」と小声で吐き捨てた。
そして、僕をちらりと横目で一瞥する。
「なぁ、リッド。もしかして、君ならまだ何か手があるんじゃないか」
「うん、あるにはあるよ」
「そうか、あるのか」
ヨハンは僕の答えに相槌を打つが、少し間を置いて「って、本当にあるのか」と目を丸くした。
「じゃあ、どうして最初から使わなかったんだ」
「力の加減が難しいというか、できなくてね。下手に使えないんだよ。だけど……」
僕はそう言って、正面に立つレウスを見据えた。
残された手札はあと二つ、可能であればホルストとの決戦に備えてどちらも温存したかったけど、この場を乗り切るには、そのうち一つを使うしかなさそうだ。
「だけど……どうしたんだ」
ヨハンが首を傾げると、僕は「いや……」と小さく頭を振った。
「彼、レウス・パドグリーならきっと大丈夫だろうと思ってね」
「大丈夫って、何が大丈夫なんだ」
「僕の一撃を耐えきってくれる、そういう意味さ」
「なんだそれは……」
ヨハンは眉間に皺を寄せて訝しむも「まぁ、いいさ」と口元を緩め、レウスを見据えた。
「手があるというなら、リッドに託す。僕が時間を稼ぐから、その間に発動しろ」
「わかった。お願い」
「よし。じゃあ、いくぞ」
掛け声と共に灰色の体毛に覆われたヨハンの体から、黄緑色の魔力が揺らめき上がる。
色合いからして風の属性素質だろう。
彼は手の爪を伸ばし、レウスに向かって突撃する。
「レウス、まずは僕が相手だ」
「いいだろう、少し餓鬼の遊びに付き合ってやる」
「ほざけ」
ヨハンとレウス、二人の激闘が始まった。
その衝突で魔波が生じ、突風が吹き荒れていく。
二人の動きを見ながら、僕はフェイをちらりと見やった。
「君の力を貸してほしい」
「だと思ったよ。でも、これは短時間しか使えないし、次の発動まで時間もかかる。本当にここで使っていいの?」
「レウスを倒して先に進むためには、これが最適解だと思う」
「わかった。リッドがそこまで言うなら、もう止めないよ」
フェイはにこりと頷くと、僕の頭上に舞い上がった。
「リッド・バルディア。汝との契約に従い、僕は君の力となる」
「……そんな言葉、必要だったっけ」
突然の口上に呆気に取られるが、彼はむっとして口を尖らせた。
「もう、リッドはノリが悪いなぁ。こういうのは演出も大事なの。さぁ、僕を受けいれて」
「う、うん。お願い、フェイ」
困惑しながら僕が頷くなか、彼の体はみるみる魔力の煌めきとなっていく。
そして、その煌めきは僕の胸の中へと入り込んでくる。胸の奥で『ドクン』という鼓動が起き、それはどんどん強く連続して鳴らされ、波紋のように全身を駆け巡っていく。
程なく、僕の体から蒸気のような熱気の籠もった白い魔力が立ち上がりはじめた。
「なんだ……」
「この気配は……」
激闘を繰り広げていたレウスとヨハンだったが、二人は僕の変化に気付いたらしくて動きが止まった。
「あれは『リッド・バルディア』なのか」
「す、凄い。髪が伸びて、体つきまで変わっていくじゃないか。まるで、翡翠晶に飲み込まれていた僕みたいだ」
レウスは眉間に皺を寄せて訝しみ、ヨハンは目を大きく見開いている。
それもそうだろう。
この魔法は通常の体では耐えられないため、フェイと通じている牢宮核の莫大な魔力を用いて、一時的に僕の姿を青年へと変貌させる。
牢宮核憑依【コアトランス】……それがこの魔法の名前だ。
フェイと契約したことで、僕の中には牢宮核の魔力が流れている。
通常は、僕自身と牢宮核の魔力を『六~九対四~一』という割合で混ぜ合わせて使用するんだけど、牢宮核憑依はその対比を真逆にすることで爆発的な力を得られるという仕組みだ。
牢宮でフェイがフローベルを依代にし、僕達の前に強力な騎士として立ちはだかったことがある。
あれを僕の体で再現したと言って良い。
ただし、牢宮核の魔力は膨大なため、割合を増やせば僕の体は本来耐えられない。
体の中に入ったフェイが牢宮核、メモリーが僕自身の魔力、それぞれをぎりぎりで調整してくれたことで何とか実現した魔法だ。
ちなみに牢宮核の魔力制御と調整にリソースをほとんど使っているから、牢宮核憑依状態の時は力のさじ加減がほとんど効かない。
常にアクセルべた踏みで、ちょっとした魔法のつもりでも大規模魔法になってしまう。
言うなれば、今の僕は制動機【ブレーキ】がなく、速度が際限なく上がり続ける乗り物みたいなものだ。
牢宮核憑依発動の影響で、後髪は無造作に腰下まで伸びるが、全身に迸る白い魔力で宙を漂い、瞳は牢宮核の魔力による影響で傍目からは虹色に輝いているはずだ。
『リッド、お待たせ。見た目の服装はバルディア騎士団のものにしといたからね。ばっはは~い』
『無理は禁物だからね』
『ありがとう、フェイ、メモリー。頑張るよ』
脳裏に聞こえてきた二人の声に返事をした僕は、深呼吸をしてレウスを見据えた。
「待たせたね」
「……凄まじい変化だ。しかし、それは身体強化ではないな。人族の身体強化では、そのような身体変化は起こりえない。その姿は、むしろ俺達獣人族の専売特許である獣化に近いようだ。リッド・バルディア、お前は一体何者だ」
「そんなこと決まっているだろ」
僕はにこりと目を細めた。
「帝国の剣と謳われるバルディア辺境伯家。その当主ライナー辺境伯と妻ナナリーの息子リッド・バルディア。僕はそれ以外の何者でもない」
手に持っていた魔刀を腰の鞘に納刀し、僕はそのまま抜刀術の構えを取って凄んだ。
「先を急いでいるんでね。次の一撃で終わらせてもらうよ」
「面白い。やってみろ、やれるものならな」
僕とレウス、それぞれが魔力を高めていく。
周囲の空気はぴんと張り詰め、足場の武舞台全体が小刻みに揺れ、石片が外へ外へと転がりはじめる。
ただごとじゃないと察したヨハンは、即座にレウスから飛び退いて僕の背後へと移動した。




