力の衝突
「……レウスが何を考えているのかわからないけど、二人とも油断しないで。あの熱量、かなりやばそうだよ」
僕は正面を見据えて魔刀を構えたまま、ヨハンとフェイに呼びかけた。
獣化し、青白い魔力を全身から炎のように揺らめかせるレウス。
その熱気は少し離れた僕達のところまで熱波となって届き、肌をちりちりと焼いてくる。
彼は腰裏にある鉈のような形状をした剣身の長さが短く、幅広の剣を右手で逆手に持った。
でも、剣術のように腕を上げて構えるわけではなく、手提げ鞄のようにだらんと下げているだけだ。
「わかっている。翡翠晶を自ら破壊するなんて、よっぽど自信があるんだろう。でも、僕達にとって好機だ」
「うん、ヨハンの言うとおりだよ。翡翠晶を剥がして、みるからに消耗してるっぽいもん。僕、リッド、ヨハンの三人がかりでいけば楽勝さ」
ヨハンとフェイも返事はするが、レウスの一挙手一投足から目を離さない。
言葉とは裏腹に、声には緊張が混じっている。
二人も彼が発する熱気、魔力、威圧感を察知してるんだろう。
「まずは小手調べだ」
レウスはそう言って初めて体を動かし、姿勢を少し低く構えた。
「防いでみろ、牙狼炎鷲【がろうえんじゅ】・野擦【のすり】」
何をするつもりかと僕達が身構えた瞬間、彼がいた場所で爆音と共に砂煙が立ち上がった。
まさか空に飛んだのかと、上をちらりと見やるも、そこには誰もいない。
「リッド、下だ」
ヨハンの声にハッとして視線を下げれば、レウスは熱量を維持したまま大地を滑るように超低姿勢でこちらに向かってきていた。
いや、違う。彼は翼を広げ、地面すれすれを滑空しているんだ。
視線を上に向けてしまったことで、反応がわずかに遅れてしまい、レウスに目前まで接近を許してしまった。
咄嗟に魔障壁を張ろうとするも、眼前に迫った彼はにやりと笑いながら左の拳を繰り出してくる。
「おせぇよ」
「しま……」
防御が間に合わない。
そう思った瞬間、「下がれ、リッド」と、僕達の間にヨハンが割って入った。
ヨハンは魔障壁を展開してレウスの拳を受け止めたが、間もなく硝子が割れたかのような甲高い音が響く。
「あが……」
「硬さが足りねぇな」
レウスの拳は魔障壁を砕き、ヨハンの腹に打ち込まれる。
でも、ヨハンは口元を緩ませ、レウスの腕を両手で掴んだ。
「捕まえたぞ。リッド、フェイ、今だ」
「わかった」
「う、うん」
ヨハンが身を挺して僕を守ってくれ、その上で得てくれた好機だ。
この一撃で早々に決めてみせる。
そう考え、一気に烈火を二十倍まで引き上げ、魔刀を振り上げた。
「ほう、良い根性だ。しかし、甘い」
レウスがそう呟いた直後、彼の拳を中心に爆発が起きて僕達は三人揃って吹き飛ばされてしまう。
あまりに唐突な爆発で魔障壁の展開も間に合わず、僕は受け身も取れずに地面を激しく転がった。
「……拳に込めた魔力を爆発させた、か。僕もよくやるけど、されたのは初めてだな」
苦笑しながらその場で立ち上がって周りを見やれば、すぐ側でヨハンが同じように呻き声を漏らしながら体を起こしている。
「リッド、生きているか」
「うん、大丈夫。さっきはありがとう、助かったよ」
「はは、気にするな。僕も助けられているし、言いっこなしだ」
ヨハンは軽い口調で答えながら立ち上がると、お腹をさすりながら顔を顰めた。
「それよりも、リッド。あいつ、翡翠晶なしでも相当に強いぞ」
「そうらしい。さっきの動きからして、今の僕達よりも強いかもしれないね」
レウスが繰り出してきた『野擦』とかいう技。反応が一瞬だけ遅れただけなのに、あっと言う間に懐に入られた。
ヨハンが間に入ってくれなければ、確実に直撃だっただろう。
間違いなく、こちらの反応速度を上回っている。
正面を見やれば、レウスがこちらを見て不敵に笑っていた。
「ヨハン。君はいま、獣人族の血が騒いでワクワクしているんじゃない」
「いや、さすがに今回はわくわくしないな」
僕の軽口に彼が苦笑しながら頭を振るなか、レウスが手に持つ剣に激しく燃え盛る青白い炎を纏わせていく。
今度は何をするつもりだろうかと、思ったその時、鳥人族領での記憶が脳裏に蘇る。
大変だ、あれは牢宮【ダンジョン】から溢れた魔物の一部を焼滅させた技じゃないか。
僕はさーっと血の気が顔から引いていくのを感じ、急いでヨハンのところへ駆け寄った。
「正面に魔障壁を全力で展開するんだ」
「どうしたんだ、リッド」
「とんでもない大技がくる。耐えきれなければ僕達は焼滅するよ」
「わ、わかった」
ヨハンが頷くなか、僕はハッとした。
フェイがいない。
慌てて周囲を見渡すが、彼の姿はどこにも見当たらないのだ。
さっきの爆発でやられたとは思わないけど、爆風で僕達よりも吹き飛ばされた可能性はある。
「灯せ、業灼剣【ごうしゃくけん】」
レウスの低い声と共に熱波が吹き荒れ、全身に焼けるようなちりちりした痛みを感じるが、背筋はぞっとした。
やっぱり、とんでもない魔力をあの剣に付与している。
現状、逃げ場もないし、レウスを一撃で倒すことも難しい。
ここは何とか耐えるしかない。
僕は覚悟を決め、全力で多重魔障壁を構築、展開する。
レウスはその様子を知ってか知らずか、不敵に笑って空高く飛び上がる。
空に上がった彼は、力を溜めるように体を捻っていく。
「全てを焼き尽くせ、暴君の鉄槌【メテオ・タイラント】」
レウスは怒号を発し、青白い炎が燃え盛る業灼剣をこちらに向かって勢いよく投げた。
空から青白い炎を纏い、落ちてくる業灼剣。地上から見上げる分には、さながら全てを焼き尽くす隕石だ。
「くるぞ、ヨハン。死ぬ気で張るんだ」
「やるしかないな。やってやるさ」
僕とヨハンは自分達を鼓舞するように息を合わせて叫び、気合いを入れて全力で魔障壁に魔力をつぎ込んだ。
程なく、青白い炎を纏った業灼剣と僕達の魔障壁が衝突して雷鳴と凄まじい魔波が生じ、衝撃波と狂風が吹き荒れる。
そして、連続で硝子が割れたような音が響き渡った。
僕の多重魔障壁が次々に破壊されたのだ。
「な、なんて高密度の魔力なんだ。おまけに魔法単体と違って剣の質量まで加わって、魔障壁の負担が大きい。はは、次の魔法研究に参考にさせてもらおうかな」
「おい、リッド。魔法の分析なんかしてる場合か。僕達、押されてるぞ」
「わかってる、わかってるよ」
軽口を叩く僕、怒号を発するヨハン。業灼剣の発する熱で手はだんだんと焼けていき、高密度の魔力、剣の質量によって多重魔障壁が次々と罅割れていく。
僕達が踏ん張る足は勢いに押されて地面にめり込んでいる。
このままじゃ、本当にやばい。
押し込まれる。
すると、ヨハンの全身が灰色の体毛に覆われ、灰獅子となって魔障壁の出力を上げた。
命の危機と感情に呼応し、火事場の馬鹿力とでもいうべきものだろうか。
しかし、それでも業灼剣を押し返せない。
「このまま終わってたまるかよ」
ヨハンは怒号を発し、「リッド」と僕の名を叫んだ。
「出し惜しみはなしだ。リッドも烈火二十倍を発動しろ」
「もう烈火二十倍は発動しているよ」
「な、なんだって。いつからだ」
「多重魔障壁を展開した時から」
「最初からじゃないか。くっそぉおおおお」
ヨハンと僕は軽快に言葉を交わすが、互いに必死の形相だ。
押し負ければ、二人揃って大ダメージは避けられないだろう。
こうなったら、無理にでも烈火二十倍の出力を更に引き上げるしかない。
例え、その後に体が動かなくなろうとも。
深呼吸をして烈火の出力を上げようとしたその時、「ごめん、遅くなった」と明るく元気な声が後ろから聞こえてきた。




