レウス・パドグリー
「ほう、よく防いだな」
黒い爆煙がもうもうと立ち上がるなか、煙の隙間にレウスの顔が見えた。
彼はこちらを見つめて不敵に笑っている。
一方、僕は多重魔障壁の展開に集中するため、止めていた呼吸を再開してその場に片膝を突いた。
空気を吸い込むたび、息が荒くなって肩が上がってしまう。
「リッド、大丈夫か」
背後にいたヨハンが心配するも、僕は息を整えながらにこりと微笑んだ。
「……うん、大丈夫だよ。それよりも、怪我はない?」
「あ、あぁ。リッドが守ってくれたから平気だ。それよりも全然、大丈夫そうに見えないぞ」
「さすがにあの威力だからね。気張ったよ」
レウスが一度見ただけで体得し、こちらに放ってきた『火槍』。
僕が普段使う火槍の威力を遥かに凌駕しており、通常の魔障壁では防ぎきれなかった。
魔力消費は激しくなるけど、幾重にも魔障壁を展開して強度を飛躍的に増す『多重魔障壁』。
フェイに教わったこの魔法がなければ、いまの一撃で僕とヨハンはやられていた。
おまけに、だ。
ちらりと煙の隙間からレウスの様子を窺えば、消耗した様子は一切感じられない。
高威力の魔法を放ったのに、涼しい顔で平然としている。
もちろん、僕だって火槍の出力を上げれば近い威力を出すことは可能だ。
でも、放った後に息を整えるぐらいはすると思う。
見た感じ、レウスにはその気配すらない。
僕の魔法を一度見ただけで体得し、初使用でこの威力かつ消耗もしていないなんて驚きだ。
これが守護十翼の二翼と翡翠晶の力が組み合わさったものだとするならば、一筋縄ではいかない。
いよいよ『力の温存』なんて言ってられない状況だ。
爆煙が徐々に晴れていくと、レウスが自身の手を見ながら「しかし……」と呟いた。
「この『火槍』だったか。実に使いやすい魔法だ。誰もが想像しやすい『槍』と『火の属性素質』を組み合わせ、名称も短く簡素。詠唱、暗唱のどちらでも咄嗟に発動しやすい。だが……」
彼は含みのある言い方をして、にやりと笑った。
「一番素晴らしいのは魔法の素養を持つ者であれば『誰もが使える』ことだろうな」
「あ……」
僕はその言葉を聞き、喜びと感動が全身を駆け巡った。
ばっと立ち上がり、レウスの目を見据える。
「そう、そうなんだよね。この火槍って魔法は僕が考えたんだけどさ。槍と属性素質を組み合わせるだけだから、魔法を勉強してコツさえ掴めば誰でも扱えるんだよね。今ではバルディア騎士団の標準魔法に正式採用されてさ。『バルディアの槍魔法』って言われてるんだよ。だからさ、レウスが火槍をすぐに体得して使えたのも驚きはしたけど、よくよく考えれば当然なんだよ。いやぁ、それにしても、僕の魔法の『誰もが使える』ってところに気付いて、かつ一番素晴らしいって褒めてくれるなんて。いやぁ、心から嬉しいよ」
魔法の素晴らしさ、もとい槍魔法の最たる利点。
この部分に気付いて褒めてくれるなんて、すっごく嬉しい。
この手の話題で盛り上がれるのって、サンドラやバルディア研究所の研究員や職員ぐらいで、ほとんど身内しかいないんだよね。
僕の説明も聞かず、初見で槍魔法の素晴らしさを見極めてくれたのは、多分、彼が初めてだ。
嬉しさのあまり興奮して流暢に捲し立てるが、「おい、リッド」とヨハンに低い声で肩を叩かれる。
振り向けば、彼は顔を顰めていた。
「えっと、どうしたの」
「状況、わかっているのか」
「あ……」
指摘で我に返り、僕は唖然としてしまった。
魔法を褒められたから、つい熱くなってしまったのだ。
急に訪れた静寂の中、僕、ヨハン、レウスの間に冷たい風が流れていく。
「え、えっと……」
決まりの悪い顔で頬を掻き、僕は咳払いをしてレウスを見据えた。
「そ、そんなふうに褒められても僕達は敵同士。誤魔化されないぞ」
「いや、誤魔化したのはリッドじゃないか」
「ヨハン、細かいことを気にしている場合じゃないだろ」
指摘に勢いで答えたところ、無表情でこちらを見ていたレウスが喉を鳴らして笑い始めた。
「なるほど、リッドはかなり魔法が好きなようだな。ある意味、『あいつ』と通じるところがある。まぁ、方向性は違うようだがな」
「あいつ……?」
はて、あいつとは誰のことだろうか。
首を傾げて訝しんでいるなか、「リッドぉおおおおおお」と空から大声で呼びかけられる。
何事かと見やれば、掌大のフェイが目を潤ませてやってきて、僕の胸に飛びこんできた。
「生きてる、リッドが生きているよぉ。良かった、良かったよぉ」
「フェイ、急にどうしたんだ。下がってないと危ないじゃないか」
「どうしたも何もないやい」
彼は潤んだ目から一転して鋭い眼光を放ち、むっと口を尖らせた。
「さっきはリッドの首が飛んだかと思えば、お次は目の前で大爆発だよ。僕と君は一心同体なんだ、心配するのは当たり前だろ」
「う……」
フェイの剣幕に押されてたじろぐと、彼は「だから、決めたんだ」と言ってレウスを見据えた。
「僕も一緒に戦うよ。君達の心配をするのは、もう飽きたからね」
「それは有り難いけど、でも……」
ここはホルストの居城とも言えるルシュムガルの内部。
牢宮核の化身である彼の存在は、できる限り目立たせたくない。
すると、フェイは小さく頭を振った。
「ここにきた以上、もうばれてるよ。それに、どちらにしてもリッドに何かあれば僕も消える運命だ。駄目と言っても、一緒に戦わせてもらうからね」
「……わかった。じゃあ、お願いするよ」
止めても無駄だな。
そう思わせるほど、フェイの言葉には強い意思が感じられた。
実際問題、僕達の目の前に立つレウスを倒すためには、彼の力が必要だ。
改めて正面に立つレウスを見やれば、彼は無表情のまま「好きにしろ」と口火を切った。
「何人増えようが同じこと。お前ら如きじゃ、俺は倒せねぇよ」
「そんなこと、やってみないとわからないだろ」
「リッドの言うとおりだ。僕達の力、侮るなよ」
「そうだ、そうだ。この仏頂面」
僕の発した言葉に、ヨハンとフェイが続いた。
だけど、レウスの表情は変わらない。
「リッド。一つ、面白いことを教えてやろう」
「面白いこと……?」
「守護十翼の序列だ。一翼はイビだが、それはあの歌の力とあいつに気に入られていることが大きいんだよ」
「……何が言いたい」
レウスは口元を大きく歪め、高熱が籠もった魔力を解き放つ。
熱波が吹き荒れ、ちりちりと肌が焼かれるような感覚に襲われた。
「守護十翼で個人が持つ戦闘能力。それだけで見れば俺が一番だってことだよ」
「なるほど。その魔力と気配から察するに嘘ではないみたいだね」
僕はごくりと喉を鳴らし、息を呑んだ。
守護十翼の一翼イビ・パドグリー。彼女が牢宮で共闘した時に見せてくれた力を、レウスは既に大きく凌駕している。
当時のイビが本気だったとは思えないけど、それを加味してもレウスの言葉に嘘は感じられない。
「よくわかってるじゃねぇか。そして……」
彼はそう告げるや否や、左手の甲に根を張っている翡翠晶を右手で掴み、爪をえぐり込ませた。
「……何をするつもりだ」
まさか、暴走させて意図的に爆発を起こすつもりだろうか。
あるいは更なる変化、強化を行うつもりなのかもしれない。
僕達は身構えるなか、彼はにやりと笑った。
「お前ら程度を始末するのに『これ』はいらねぇ」
咆吼の如く叫んだレウスは、そのまま翡翠晶を手の甲からひっぺ剥がし、握り潰して砕いてしまった。
眼前で起きたことの意味がさっぱりわからない。
どうして、この状況で翡翠晶を自分から砕く必要があるんだ。
僕達が困惑して唖然とするなか、レウスは肩を上下させて息をしながら鋭い目付きで睨んできた。
「さぁ、はじめるぜ。勝敗は『俺が死ぬか、お前らが死ぬか』だ」
獣化を発動したのだろう。
瞬く間にレウスの顔が狼のように変貌し、口に鋭利な犬歯が生え、全身がみるみる銀毛に覆われていく。
そして、その体からは青白い魔力が炎のように揺らめき、燃え上がった。




