ヨハンの誇り
「隠れ鬼でヨハン様が鬼ですからね。私達を見つけてください」
「うん、わかったよ」
今より幼いあどけないヨハンが目を瞑って「三十、二十九、二十八……」と数え始めると、猫人族の子供達が明るい笑い声を発しながらどこかへ走り去っていく。
子供達の服装から察するに豪族の子息令嬢だろう。
周囲を見渡せば、猫人族領で見覚えのある部族長屋敷が遠目にあった。
ここは部族長屋敷の中庭か、その周辺かどこかだろうか。
「……三、二、一。じゃあ、探すよ」
ヨハンが元気な声を出して走り出した。彼は鼻先をひくひくさせ、近場の子供達から次々に見つけていく。
どうやら、この頃からすでに鼻が利いていたらしい。
「よし、残りは三人だけだ」
ほとんどの子供達を見つけたヨハンは、そう言って駆け出して残った子達を探していく。
「……うん。多分、あそこの奥だな」
ヨハンが茂みを見据えて呟いたその時、「……ったく、面倒臭いよなぁ」と子供の声が聞こえてきた。
ヨハンは耳をぴくりとさせ、草葉の陰で足を止めてしゃがみ込んだ。すると、再び子供達の声が聞こえてくる。
「父上や母上に言われたから付き合っているけどさ。ヨハン様って何でもこなせちゃうから一緒に遊んでも楽しくないんだよな」
「わかるわかる。鬼ごっこしてもすぐに捕まっちゃうし、かくれんぼも『香り』とかですぐ見つけちゃうもんな」
「獣人族だから鼻が利くのはわかるけど、あそこまで嗅ぎ分けられるなんてさ。本物の動物みたいで気持ち悪いよな」
「同感」
けらけらと笑う三人を見つめ、ヨハンは目を潤ませぐっと下唇を噛んでいた。
子供が感じたことをそのまま口にすることはよくあることだ。
でも、その結果、相手がどれだけ傷つくのか、考えることは少ない。
加えて彼等はいま、ヨハンが聞き耳を立てていることにも気付いていないのだから。
「まぁ、良いんじゃない」
再び、茂みの奥から子供達の声が聞こえてきた。
「俺たちはほら、父上と母上に言われたとおりに遊んでいれば褒められるからさ」
「そうそう、ヨハン様。俺と遊んで楽しかったって言ってくれたみたいでさ。セクメトス様からお礼を言われたらしくて、よくやったって、父上が褒めてくれてお菓子を沢山くれたんだぜ」
「良かったじゃん。まぁ、俺も同じようなことあったけど」
「俺も俺も。ヨハン様ってちょろいし、ちょっとしたお財布みたいなもんだよな」
「他の奴等も同じこと思ってるでしょ。だから、かくれんぼとかの時、予め捕まる順番も決めてるんだしさ」
「だよな」
「うんうん」
子供達の笑い声が響き渡るなか、ヨハンはしゃがみ込んだまま小さく鼻を啜り、目元を袖で拭っている。
「さて、そろそろ他の奴等も見つかった頃だろ」
「ヨハン様、もうすぐ来るかな」
「おい、お前達。わかっていると思うけどさ、ここでの話は秘密だぜ」
一人が真面目な顔になると、残りの二人はこくりと笑顔で頷いた。
「わかっているよ」
「当たり前だろ。俺たち、友達だし言うわけないじゃん。まぁ、ちょろいヨハン様は違うけど」
「おい、ちょろいちょろい言うなよ。聞かれたら大変だぜ」
「大丈夫、大丈夫。気付かないから、ちょろいんだよ」
「そうそう」
「まぁ、それもそうか」
三人がひとしきり笑って話が途切れたその時、ヨハンはゆっくり深呼吸をしてから「あ、見つけた」と笑顔を作って茂みの中から立ち上がった。
「あ、ヨハン様。見つかっちゃいましたか」
「さすが、セクメトス様のご子息です」
「あれですよね、やっぱり香りですか。ヨハン様の鼻、羨ましいなぁ」
子供達は素知らぬ顔で目を細めている。一方のヨハンは笑顔のまま、「うん、ありがとう」と答え、「じゃあ、戻ろっか。皆が待っているよ」と彼等に背中を向けて歩き出した。
『誰も僕のことを友達なんて思っていない。父上と母上の子供だから遊んでいるだけ。こんな子達、友達でも何でもない。大っ嫌いだ』
ヨハンの心が感じた怒り、哀しみ、悔しさ、惨めさの感情が伝わってくるなか、唐突に映像が切り替わった。
今度は猫人族の訓練場らしき場所で、セクメトスがヨハンと向き合って対峙している。
「ヨハン、最近は稽古ばかりしているが、友達と遊ばなくていいのか」
「はい、母上。僕は友達と遊ぶよりも強くなるほうが好きですから」
「それならよいが……」
「母上、そんなことを尋ねている暇はありませんよ」
困惑気味のセクメトスに、ヨハンは笑顔で立ち向かっていく。
この様子からして、ヨハンは子供達のことを胸に秘め、遊ぶことを止めたようだ。
幼くして傷ついた彼の心は、自己防衛で同年代と接することを避けていたのかもしれない。
どうして、ヨハンが僕と友達になりたい、親友になりたいと、積極的に接触してきたのかが少し分かった気がした……きっと怖かったんだ。
裏切られるのが、また傷つくのが怖くて、必死に友達、親友、好敵手【ライバル】だと言い張って。
彼自身がそう自分に言い聞かせて、心の傷を覆い隠して守っていたんだろう。
映像がぷつりと途切れ、翡翠晶で青年となったヨハンが現れる。
「母上との訓練で、僕はどんどん強くなった。だけど、強くなればなるほど友達と言える存在は遠のいて、ずっとひとりぼっちだったんだ。そして、これからも僕は……」
「そんなことはない」
僕が大声で力強く呼びかけると、僕は駆け寄って彼の両手を力強く握った。
「過去はどうあれ、今は僕やシトリーが君の側にいる。それにヨハン……」
そう告げると、僕はにこりと微笑んだ。
「君は僕の大親友で好敵手【ライバル】じゃないか。もう、ひとりぼっちにはならないし、させないよ。絶対に」
「リッド……」
ヨハンの目から涙が溢れ頬を伝っていくと、彼の容姿が少年の姿に戻っていく。
「あ、それからブレイド・ベルの子達も紹介するよ。きっと気の合う子がいるはずさ」
「うん、ありがとう。僕の大親友」
少年の姿になったヨハンは、嬉しそうに僕を抱きしめる。
戸惑いつつも、僕は彼の背中をぽんぽんと軽く叩いた。
「これでもうだい……」
僕が優しく声を掛けようとしたその時、『茶番だ』と気持ち悪いほど優しい声が響き、唐突に意識が引き戻されて覚醒した。
我に返って現実を見やれば、ヨハンは青年姿のままだ。
おまけに彼の胸元にある翡翠晶から禍々しい黒い魔力が溢れ、彼を包み込もうとしている。
『力、力と戦いこそが君が唯一信じられるもの。力と戦いを欲しているのだろう。さすれば私を崇め、私に従え』
どこからともなく、先程の気持ち悪いほど優しい声が脳裏に響いてくる。
この声の主は、ホルストだ。
翡翠晶を通して語りかけ、再び縛ろうとしているのか。
ヨハンは頭を押さえながら「うあぁ……」と苦しそうに呻き声を漏らし、たじろいだ。
「ヨハン、その声を聞いちゃ、負けちゃ駄目だ」
「う、うるさい。黙れ……」
ヨハンが頭を手で押さえながら低い声を発し「ぼ、僕は……」と続けた。
「僕は、お前の信者や手下じゃない」
『……もう一度言うぞ。私を崇め、そして従え』
「だ、黙れ。うるさいと言っている、言っているんだ」
ホルストの声が響くも、ヨハンは頭を振ってから目をかっと見開いた。
次いで、彼の全身から黄緑の魔力が勢いよく立ち上がる。
衝撃波と突風が吹き荒れるなか、ヨハンは爪を伸ばした手を自身の胸元にえぐり込ませ、翡翠晶を掴んだ。
「いつまでも、お前なんかの言いなりになるものか、なる……もんかぁあああああ」
ヨハンの怒号が轟いたその瞬間、彼は自身の手で胸元にあった翡翠晶を引っぺがした。
「僕は獣王セクメトスとタバルの子にして、ズベーラの王子ヨハン・ベスティアだ。ホルスト・パドグリー、お前を絶対に神と崇めず、断じて従わない」
彼は強い口調で叫び、そのまま引っぺがした翡翠晶を握り砕いた。
すると、禍々しい黒い魔力はたちまちヨハンの体から抜けて霧散していき、彼の姿は青年から普段の少年へと戻っていった。




