幕間・分断された戦い5
「……入ってこいと、いわんばかりですね」
エルティアは薙刀を片手に持ち、眼前にそびえ立つ、両開きの扉が開いている門を訝しんでいた。
門の造りはレナルーテ式であり、扉の先には大屋敷が立っている。
屋敷からは武に通じる者だけが感じられる鋭い剣のような気配、剣気といえる闘志のようなものも滲み出ていた。
間違いなく、この先では『敵』が仕向けた刺客が待っていることだろう。
「カペラ、貴方はこの状況をどう思いますか」
彼女が隣に立つカペラに視線を向けると、彼はこれまでに辿ってきた一本道をちらりと振り返った。
ホルストとの対面後、黒渦に飲み込まれた二人は気付けば林道の上に立っていた。そして、林道の先に見えたのが目の前にある門と大屋敷である。
無闇に林の中へ入るのは危険と判断し、二人はここまで歩いてやってきた。
道中、鳥人族の戦士や魔物の類いに襲われることもなかったが、この場には不自然と言って良いぐらい全く生き物の気配がない。
カペラは視線を正面に戻し「おそらくですが……」と答えた。
「ここは外ではなくルシュムガルの内部。ホルストの意図が込められた空間かと存じます」
「私もそう思います。ですが、その根拠は何としますか」
エルティアが相槌を打って聞き返すと、彼は言葉を続けた。
「黒渦に飲み込まれ、別世界とも言える場所に移動する……以前、バルディアで見つかった牢宮【ダンジョン】で似たような現象を確認し、体験しております。詳細は申せませんが、その牢宮に携わる者曰く『牢宮内部は自身の好きな環境を自由に生み出せる』とのこと」
「なるほど。やはり、リッドが言っていたようにホルストは『牢宮』と同じ、あるいは似た力を何らかの方法で得た、ということですね」
「はい。確証はありませんが、状況的に間違いはないかと存じます。そしてこの先で待ち受けているものは罠、待つ者は私達に差し向けられた刺客でしょう。しかし……」
カペラは含みのある言い方をすると、腰に差している帯刀の柄に軽く手を置き、門の先にそびえ立つ屋敷、その中で剣気を放つ見えぬ相手を見据えた。
「同時に、この空間の出口を任されている門番と考えることもできます。どちらにしても倒せば、何かしらの変化はあるでしょう」
「わかりました。では、進むしかありませんね」
エルティアは足を踏み出して門を潜ると、カペラも即座に続いた。
二人が屋敷の敷地内に入って間もなく、硝子が割れたような音と共に屋敷の周囲が薄紫の魔障壁で囲まれる。
「大袈裟で仰々しいことです。今更、逃げるつもりもないというのに」
しかし、彼女は動じずに足を進め、カペラも後を追っていく。
二人が屋敷の前に辿り着くと両開きの扉がおのずと開くが、内部は真っ暗である。
エルティアとカペラが顔を見合わせ、武器を構えて室内に足を踏み入れた瞬間、途端に室内が明るくなっていく。
どうやら壁の蝋燭に火が灯ったようだ。
屋敷の中は想像以上に天井が高く、床は木造、壁は木と白の漆喰。
ぱっと見ただけでも、かなりの横幅と奥行きが見受けられる。
そして二人には、この造りに見覚えがあった。
「……レナルーテで見かける『剣の道場』とよく似ています」
「そのようですね。細部までよく作り込まれています」
エルティアとカペラが警戒してゆっくり足を進めていくに従い、壁の蝋燭に火が灯って室内が次第に明るくなっていく。
二人がある程度、進んだところで部屋全体が一気に明るくなった。
壁の蝋燭が唐突に全て灯ったのだ。
明るくなった部屋の最奥には守護十翼の服装に身を包み、桃色の髪を三つ編みにした何者かが、出入口に背中を向けて正座をしていた。
その横には刀と脇差しが並べて置いてあり、よくよく見れば両耳が尖っている。
「ほう、お二人がお相手とは。あのお方も、よくよく趣向を凝らすものだ」
その人物が前を向いたまま低い声を発すると空気が張り詰め、エルティアとカペラの体に圧が重くのしかかった。
声質からして、どうやら女性らしい。
「何者か存じませんが出口を教えなさい。拒むようなら斬って捨てます」
エルティアが圧に屈せず、薙刀を構えて毅然と告げると、正座していた女性が肩を震わせ、喉を鳴らして笑った。
「なるほど、なるほど。カペラ殿はもちろん、エルティア様もかなりお強いらしい。これは実に楽しめそうだ」
女性は横に置いていた刀と脇差しを手に取り、腰に差しながらゆっくり立ち上がっていく。
彼女が振り向いて顔を見せた途端、エルティアは眉をぴくりとさせ、カペラは眉を顰めた。
「改めて自己紹介をいたしましょう。ここの門番を『あのお方』から任されたアスナ・ランマークです」
「そうきましたか。ですが、アスナにしては随分と大人びたように見えますね」
エルティアが頷きつつ、アスナをじっと見据えた。
本来のアスナはまだ十代であり、顔や体付きにはまだ幼さが残っている。
だが、エルティアとカペラの前に立つアスナの顔と体付きは、見るからに成人したものだった。
「お二人が驚くのも無理はありません。あのお方から力を授けられた際、このような変化が起きました。おそらく、私の力を最高に引き出せる体にしてくださったのでしょう。私自身、驚嘆しております」
アスナは心底嬉しそうに告げると、口元を歪めて腰に差していた刀と脇差しをゆっくり抜いていく。
「血湧き肉躍る修羅道こそが、私の生きる道。さぁ、エルティア様、カペラ殿。あのお方のところに行きたいのであれば、どうかお付き合いください」
エルティアは薙刀を構え、アスナを真っ直ぐに見据えた。
「いいでしょう。貴女に『あの子』を任せたのは私です。良い機会ですし、この目に狂いがなかったか、今一度確かめさせてもらいましょう。そして……」
エルティアが目付きを鋭くして鬼の形相で凄むと、彼女の全身から白い魔力が立ち上がる。
また、エルティアの足下が凍てつきはじめた。
「私が与えた使命を忘れたのであれば思い出させるのみ」
「……エルティア様、あまり熱くならぬようご注意ください」
カペラがそっと囁くも、彼女の表情は変わらない。
「私は至って冷静です。安心なさい」
エルティアは冷たい声で答え、アスナを見据えた。
「血湧き肉躍ってのぼせ上がったその頭、私が存分に冷やしてあげましょう。かかってきなさい」
「最高です、エルティア様。存分に修羅を楽しみましょう」
アスナは目を輝かせ、狂人の如く口角を上げてエルティアとカペラに襲い掛かる。
間もなく、屋敷から剣戟で発せられる刃の衝突音が雷鳴の如く響き渡るのであった。
◇
「……おのれ、ホルストめ」
ライナーは肩で息をしながら剣を杖に片膝を突き、俯いたまま心から忌々しげに吐き捨てた。
彼が今いる場所は、レナルーテ様式で造られた城の広い中庭で、足下は小石の砂利が敷き詰められている。
ライナーの記憶でいえば、息子のリッドがレナルーテで行った御前試合の会場が一番近いだろうか。
彼が息を整えているなか、悠然と砂利を踏みしめる足音が聞こえてくる。
「そろそろ倒れてくださいませんか、お義父様」
「残念だが、それはできぬな」
可愛くも冷たい声が聞こえると、ライナーはため息を吐き、剣を支えにしながらゆっくり立ち上がっていく。
ライナーが見据える先には守護十翼の制服に身を包み、手には籠手をし、紺色の長髪を靡かせ、尖った耳を持つダークエルフの少し小柄な女性が立っていた。
彼女は可愛らしい顔付きこそしているが、言動や立ち振る舞いの一挙手一投足に気品があり、可憐さと気高さに溢れて凜としている。
また、小柄ではあるものの体つきからして成人した女性であることは間違いない。
「ファラ、そろそろ目を覚ましてくれないか」
「お義父様、何度も申し上げたではありませんか。あのお方のおかげで私はとっくに目覚めていますよ」
ファラは目を細め、両手を軽く拳にして身構えた。
「リッド様はお義父様、お義母様、メルちゃん、バルディアに仕える者……沢山の人を愛し、大切にしておられます。でも……」
彼女は瞳に妖しい光を灯し、自らの体を抱きしめながら渇望するように続けた。
「私は、私だけを見て、愛して、大切にしてほしいのです。だから死んでください、お義父様。私とリッド様のために」
「リッドをそこまで慕ってくれていること、親としては嬉しいかぎりだ。しかし、だからこそ倒れるわけにはいかんよ」
「……いいえ、倒れてもらいます」
ファラは悦に入った表情から真顔に戻り、にこりと微笑んだ。
「私がお義父様を手に掛ければ、リッド様はきっと悲しみ、怒り、恨むでしょう。だけど、それでいいのです。だって、それは私だけを見てくださることになるのですから。あぁ、リッド様を独り占め、独り占め、独り占め、なんて素敵なことでしょう」
「独り占め、か。その言葉、リッドに直接言ってあげなさい」
ライナーが諭すように告げるが、ファラの顔から感情が一気に消えた。
「言えるわけがありません。だって、そんなこと言ったらリッド様に嫌われてしまうではありませんか」
「そんなことは……」
「そんなことあるんですよ、お義父様」
ファラは言葉を被せつつ、ライナーの懐に入り込んで両手を合わせて掌底を繰り出した。
ライナーは咄嗟に身を引いて躱すも、ファラは風魔法を発動して追撃する。
「うぐ……」
風魔法で吹き飛ばされたライナーだったが、何とか受け身を取って着地する。
前を見やれば、少し離れた場所でファラが目を細めていた。
『言動が正気ではない。おそらく、ホルストが魔法か何かで負の感情を肥大化でもさせたのだろう。問題は、どうすればファラが正気に戻るのか、だ。黒い魔力に覆われた戦士達、ビルガメスと名乗って正気を失っていたガリエル・サンタス。これまでの戦いを考えれば……』
ライナーが頭の中を整理していると、ファラが「さて……」と口火を切った。
「改めて言いましょう。死んでください、お義父様。私とリッド様のために」
「……それはできぬ相談だ。君とリッドのために」
ライナーは剣を、ファラは拳を構えるのであった。




