幕間・分断された戦い4
「初めまして、私は守護十翼の六翼レイア・パドグリー。鼠人族部族長ルヴァ・ガンダルシカとお見受けします。それから貴女は、ブレイド・ベル所属の鼠人族のアリーナでしたね。間違いありませんか」
白い石造りの廃墟が立ち並ぶ人気の無い街の中心地。
憩いの場だったらしき円形状で足下が石畳で作られた公園にて、レイアは冷静で落ち着いた声で尋ねた。
彼女は小柄で雪のように白い肌を持ち、冷ややかな目付きに浮かぶ灰色の瞳。
その目には冷静で理知的な色が宿っている。
白に近い灰色の長髪からは鼠族らしい丸みを帯びた耳が左だけ覗き、右側には青いヘアバンダナがリボンのように結ばれていた。
しかし、ルヴァとアリーナは唖然として目を丸くしており、問いかけに答えない。
驚くべきことにレイアは、とてつもなく長い自らの髪の上に腰掛け、まるで高い木の上から見下ろすようにルヴァとアリーナを見つめていた。
「残念、答えていただけないのかしら」
レイアが小さく首を横に振ると、ルヴァがハッと我に返って身構えた。
「失礼したわ。確かに私はルヴァ・ガンダルシカよ」
「私もアリーナで間違いありません。ですが、どうして私の名前まで」
アリーナが身構えながら訝しむなか、レイアはにこりと目を細めて髪から降りた。
同時にその髪はレイアの膝裏まで縮んでいく。
「鳥人族領の関所で見たのよ。あの場にいた人は大体覚えているから」
彼女は端的に答えながらルヴァの前に進み、彼女を足下から顔までまじまじと見つめて「ふー……ん」と鼻を鳴らした。
一方、ルヴァは意図が分からずに「な、なによ」と目付きを鋭くして睨んだ。
「あら、気に障ったならごめんなさい」
レイアは軽い口調で謝り「ねぇ、アリーナ」と、視線を変えた。
「な、なんですか」
「私とルヴァって、どこか似ているかしら」
「お二人が、ですか……?」
突拍子もない問いかけに、アリーナは目を瞬きながらレイアとルヴァを交互に見やった。
「言われてみれば似ているような、そうでもないような。髪の色も……少し似ているかもしれません」
「へぇ、そういう風に見えるのね」
レイアが意外そうに相槌を打つと、ルヴァが苛立った様子で「ふざけないで」と切り出した。
「それよりも、ここは一体どこなのか教えてくれるかしら。黒渦に呑まれて、気付けばここでアリーナと一緒にいたわ。廃墟の街を歩けど歩けど『あの壁』まで辿り着かないし、人っ子一人いやしないじゃないの」
ルヴァは遠目に見える街を覆っている灰色の城壁を指さした。
三人のいる場所から距離があるだろうに、灰色の城壁ははっきりと見えている。
近くで見れば、さぞ高くて仰々しい壁であることは間違いない。
リッド達と共にルシュムガルの中へ進み、ホルストと対面するも黒渦に呑まれたルヴァとアリーナ。
気付けば二人はこの場所にいた。
何かしらの魔法で転移させられたのだろうと、ルヴァは状況を冷静に把握する。
アリーナもバルディアで学んだ通信魔法を用いて外部と接触を試みるが、上手くいかなかった。
アリーナは自身が用いた『通信魔法』のことは伏せ、ここが特殊な空間である可能性が高いことを説明する。
『転移させられた上、特殊な空間か。なら余計に長居は無用ね。とにかく元の場所に戻る出入り口、あるいは方法を探しましょう』
『はい、畏まりました』
二人は手を取り合い、街を探索しながら遠くに見える壁を目指して歩き続けるが一向に辿り着かない。
やがてこの広場に辿り着き、やっと人影を見つけたと思って近づけば、その相手がレイアだったのだ。
ルヴァの問いかけに対し、レイアはゆっくりと空を見上げた。
「申し訳ないけど、教えることはできないわ。まぁ、強いて言うなら、ここは鳥篭【とりかご】の中ってところかしら」
「鳥篭って、まさか」
「えっとつまり、私達は何らかの方法でここに閉じ込められている、という認識でいいんですか」
ルヴァが目を見開き、アリーナが慌てた様子で尋ねるが、レイアは「さぁね」と首を横に振った。
「言ったでしょ、教えることはできないって。だけど、一つだけ面白いことを教えてあげる」
レイアはにこりと目を細めた。
その表情と口調はやたらと意味深であり、ルヴァとアリーナは身構える。
「そう構えないで大丈夫よ。私達、守護十翼のことだから」
「守護十翼のこと?」
「えぇ、そうよ」
レイアは訝しむルヴァの言葉に頷き、言葉を続けた。
「私達、守護十翼はね。皆それぞれ部族長達の遠縁らしいわ」
「……は?」
呆気に取られたルヴァだが、彼女はすぐに我に返って「ふざけないで」と声を荒らげた。
「貴女が私の遠縁ですって。私、ガンダルシカの一族で貴女の名を聞いたことなんて一度もありません」
「だから、遠縁って言ったのよ。私だって、ガンダルシカの一族なんて知らないわ。でもね……」
含みのある言い方をしたレイアは、にやりと口元を緩めた。
「あの人はズベーラ全土から各部族の優秀な血族を、長い月日を掛けて集めたそうよ。どの一族にも分家はいるでしょうし、過去の口減らし、行方不明、事故死で片付けられた者もいるでしょう。さて、彼等が辿り着いたところは何処なのかしらねぇ」
「ま、まさか、ホルストの奴……」
言わんとしていることを察し、ルヴァは真っ青になっていた。
一方、レイアはしたり顔で微笑んだ。
「そう、そういうこと。私達、守護十翼はズベーラの負と闇が巡り巡って生み出した存在なの。どうかしら、獣王の補佐をしているルヴァ・ガンダルシカ。貴女達が負と闇を見て見ぬ振りをし、蓋をし続けた結果が招いたの。こんな国、滅びたほうがいいわ」
「ぐ……」
悔しそうにルヴァが下唇を噛むなか、「だから何ですか」とアリーナが力強く言い放った。
「私だってズベーラの生まれだから、ズベーラの負と闇がとんでもなく大きいのはわかりますよ。でも、それでも少しずつ光が差しています。そして、きっとこれからズベーラは大きく変わります」
「へぇ、言うじゃない。でも、それは何故かしら」
レイアが聞き返すと、アリーナは瞳に強い光を宿して睨み返した。
「バルディア家が、リッド様がズベーラにやってきたからです。あの方々が関わった以上、ズベーラは変わります。いえ、変わらざるを得ません。絶対に」
「……貴女もあの子に期待しているのね」
レイアは二人が聞き取れない小声で何かを呟き、次いで「さて、そろそろ時間だわ」と白灰の髪を一気に伸ばした。
「もし、貴女達が私を倒せたなら私の知っていることは何でも答えてあげるわよ。ここが何処で、出口がいずこにあるのか。そして、あの人のこともね」
延々と伸びていく髪で生まれる影が、ルヴァとアリーナを覆っていく。
しかし、二人は怯えるどころか目に強い光を、希望を宿していた。
「レイア、その言葉を忘れるんじゃないわよ」
「約束しましたからね。色々と聞かせていただきます」
「やってみなさい。できるものならね」
光を遮られた影のなか、ルヴァとアリーナは獣化を発動し、伸縮自在に髪を操るレイアに立ち向かっていくのであった。




