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天帝像――荒方台事変  作者: 矢子沼蜻蛉


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6.神虫御御明神

 御神体となるべき神像の製作は順調だった。


 木積(こつみ)は全身全霊で天帝像(てんていぞう)を彫った。

 自分でも信じられぬほど流れるよう手が動き、二日とかからずに完成した。

 像を作るのは初めてだった。だが、出来上がったものを見て、木積自身が息を呑んだ。


 三叉の槍を片手に仁王立ちするその姿は、まさに「天帝」と呼ぶに相応しかった。躍動感こそ薄いが、威厳と力強さに満ち、人ならぬ存在であるが一目で知れた。

 完成した像を見た瞬間、木積は邂逅のときの恐怖を思い出し、身震いしたほどだった。


 漆は塗らない。

 それをやれば一ヶ月以上かかると、漆師の常助(とこすけ)に言われれば、諦めるほかなかった。

 そんな猶予(ゆうよ)はないのである。


 だが、「神虫(しんちゅう)御御明神(みごみょうじん)」の姿が、誰にも見当がつかなかった。

 そこで木積は円霧保(まるきりほ)へ下り、常助に何か手がかりになるものはないかと尋ねた。


「行者様は、人ほどの大きさの虫だと仰っておったな。災厄や疫病を退ける神威をお持ちで、行者様もその御力を授かって、流行り病を鎮めておられたそうだ。唐土(もろこし)では『(さん)』と呼ぶとも(おっしゃ)っていたが、どんなものか儂にも分からん。行者様の住まいに、お姿の分かるものがあるかもしれんな」


 行者の住まいは、円霧保の者と変わらぬ竪穴式住居だった。

 扉を持ち上げて、つっかえ棒を掛けてから中へ入る。


「形見分けはまだ早すぎるでな。そのままにしておる」


 二人は家探しを始めた。

 奥には炉があり、床には(むしろ)。壺があり、(かご)があり、皿があり、椀がある。

 木積は辺りを見回し、思わず呟いた。


「偉い人だと聞いていたけど、暮らしぶりは俺たちと大して変わらないんだな」


 常助は返事をせず、黙々と探している。


(行者らしいところがないな。扮装もそうだったが、住まいも同じだ。……ん?)


 部屋の中央の筵を(まく)ると、土間に奇妙な図形が彫られていた。

 二重円の内側に三角や四角が重なり、小さな点が星のように散らされて刻まれている。


(魔除(まよ)けか?昔、験者(げんじゃ)からもらったお札とは随分(おもむき)が違うが)


 常助から声が上がった。


「むっ、これかな。いやあ、奇怪なお姿だな。『神虫(しんちゅう)御御明神図(みごみょうじんず)』と書き添えてある。これで間違いあるまい」


「どんなのだい。おわっ」


 それは一枚の板に描かれた墨絵だった。

 (かに)の腕を一対備えた海老(えび)じみた胴に、コウモリの羽根が生えている。頭部は平たい巻貝のようで、低い棘のようなものに覆われ、その先から細長い毛が何本も伸びていた。


 これを像に仕上げるなど、自分の手には余ると思った。他の者にやらせたところで、やはり無理だろう。

 木積は、理由の分からぬ強い嫌悪を覚えた。


「これを彫り上げろって言われても、俺には無理だ。俺だけじゃない。ウチの連中じゃまず無理だ」


 常助はしばらく黙っていたが、やがて言った。


「天帝像を、あれほど早く、あれほど見事に仕上げた木積さんでも無理か。仕方ない。これを御神体にするしかあるまい。行者様の御直筆だろうからな。霊験もあらたかだろう」


 こうして、二柱の御神体はそろった。


 荒方台の社は完成した。

 禁忌を犯したものの、いまや、あの不気味な光が、夜空を染めることはない。

 荒方台に封じられた呪いが解放された(きざ)しもない。

 もちろん、小さな社が一つ建ったくらいでは、荒方台の風景は変わらない。


 それでも、誰もが平穏が戻ったと信じた。


 だが、その晩、荒方台に向かう人影があった。

 誰あろう木積である。


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