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天帝像――荒方台事変  作者: 矢子沼蜻蛉


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5.社を建てる

 玄蕃(げんば)は腕組みをして、木積(こつみ)の話に耳を傾けた。


「童子の遺体に、奇怪な虫の死骸。太鼓や笛の音に磐座(いわくら)、挙げ句の果てに神との邂逅(かいこう)か。……忌み地では、余計なことはするなと言ったよな」


「余計なこと?待ってくれ、余計な事だったのか?様子は見なきゃだめだろ?俺は怒られるのか。理不尽だろう」


 玄蕃は眉間に皺を寄せたまま、やがて天を仰いだ。


「忌み地以外なら、お前の行いは正しい。だがな、あそこで起こることは、儂らの手に負えんのだ。関わるだけでも危うい。怒りはせんぞ。むしろ、お前が無事に戻ってきたことを喜んでおる」


 そして、しばし黙考したのち、口を開いた。


「なかでも、童子の遺体が気にかかる。嫌な予感しかせん。木積よ、急いで円霧保(まるきりほ)へ行き、戸長(こちょう)常助(とこすけ)に委細を伝えよ。儂に話したことを残らず伝えるのだ。何か問われたら、知る限り答えろ」


「それが終わったら、戻ってくればいいんだな」


「馬鹿者。もし行者様がおられたら、ここへお出まし願え。断られたり、ご不在なら、常助だけでも連れてこい。ここの者たちには儂から説明しておく。最悪、この山を引き払わねばならぬ」


 木積は驚いた。

 ただ事ではないのは確かだが、集落ごと山を去る話が出るとは思っていなかったのだ。


「行者様が駄目で、常助さんも駄目だったらどうする」


「病でもない限り、委細を聞けば飛んでくる。急げ」


 木地屋の集落から、円霧山(まるきりやま)山頂へ向かう道を下れば、円霧保に出る。

 四半刻(しはんとき)もかからない。

 戸長の葛折常助(つづらおりとこすけ)は、玄蕃とは旧知の仲である。

 齢六十に近いが、いまだ矍鑠(かくしゃく)として腕を振るう漆師だ。

 職業柄、郡司はおろか国司の面々にも顔が利く有力者で、しかも世話好きで人望も厚い。

 木積が委細を語るにつれ、常助の顔色はみるみる変わっていった。


「何てことだ、これは一大事だぞ。直ぐ行こう」


「待ってくれ、行者様は?」


「ご不在だ」


 常助は押っ取り刀で、松明と干し肉をひっ掴むと、すぐさま家を出た。


 円霧保から木地屋の集落までは上り坂だ。急いでも半刻はかかった。

 集落に着くと夕食を終えた者たちが、片付けの手を止めて、こちらをチラチラ見てくる。

 木積は、厄介事を持ち込んだ張本人として、後ろ指を差されているのを痛感した。

 どんなふうに話が伝わったのだろうか。不安がさらに募った。


 夕闇が降り、集落の真ん中に焚き火が灯された。

 円霧山の山頂の方を見やると、光の元は見えぬが、夜空が鮮やかな藍色(あいいろ)に、強く弱く波打つように照らされている。昼間は、陽の光に紛れて分からなかったのだ。

 集落の者たちは動揺していた。

 指差し囁き合う者、顔を歪める者、茫然と立ち尽くす者、草庵へ逃げ込む者までいる。


 木積と常助は、玄蕃に導かれて大きめの草庵に入った。

 土間の真ん中には炉があり、すでに火が焚べられている。三人はそれを囲んで座った。


「鎧を着た童子の御遺体は、塚にそのまま残してきたんだな? 」


 玄蕃と常助が、ほとんど同時にそう訊いた。


「あ、ああ、そのままにしてきた。禁忌だからなぁ……。まさか、持ち出してきた方がよかったかい?」


 干し肉をチマチマと(かじ)りながら、木積は弱々しく答えた。心の中では、身の置き場がない。俺のせいじゃない、俺のせいじゃないと、何度も念じていた。どこかへ隠れてしまいたかった。


「この場合はな。だからといって、お主を責めはせん」


 そう言った常助に、玄蕃が問う。


「……常助よ、行者様だと思うか」


「お主の(せがれ)から聞いたとおりならの」


 そう言って、常助は干し肉を齧る。


 木積は驚いて、常助を見た。

 行者と聞けば、もっと年嵩(としかさ)偉丈夫(いじょうぶ)を思い浮かべていたのだ。

 一方、玄蕃は身を乗り出した。


「いや、実際に見てみねば分からんだろう。今から行くか」


「命が惜しくなければな。それでも行くと言うなら、無理にでも止めるぞ」


 常助はそう言うと、さらに続けた。


「行者様が出かけられたのは、日中の少し前じゃ。あの怪しげな光に気づかれたのだろう。塚の中で真っ二つになっていたという虫は、行者様が(ちゅう)した悪霊の成れの果てに相違あるまいて。だが、そこに行者様と同じ装束の御遺体があったとなれば……行者様は亡くなられたと思うほかない」


「だよなぁ……」


 玄蕃は肩を落とした。

 常助はそれを脇目に、木積を見やった。


「ところで木積さん、神に会ったという話だが……」


「二度と来るなって言われた。あと、磐座(いわくら)に、あの御方の像を供えろって」


「磐座か。それは塚の中にあるのだろう。入ることすらできぬのに、どうやって像を供えるのだ」


「来るなってのは、塚の中のことじゃないと思うんだよ。前に言ったとおり、磐座の前で気を失ったら、別の所にいたんだ。そこで、あの御方と会ったから、怒られるのはあっちの方だよ」


「あの塚は荒御魂(あらみたま)の御座所だ。磐座は、神が御着座なさる御席のようなものじゃろう。ならば、我らが地祭りで拝んでいた塚は、御席を包む神の家なわけじゃな。それを踏まえて、もう一度聞く。本当に、塚の中へ入っても、神の家の中へ入っても、神はお怒りにならぬのだな」


 ただでさえ気後れしていたところへ、そう問い詰められて、木積の心はグラリと揺れた。木積は、普段の傲岸(ごうがん)な物言いに似合わず、自分の考えに自信が持てぬ(たち)だった。こんな状況では、なおさらである。


「た、多分……」


 玄蕃は片手で額を押さえた。


「なんで多分などと言い出す。頼りない」


 常助は干し肉を握ったまま、天を仰いだ。


「行者様がおられれば、助言を仰げるが……こうなると、詮無いな」


「常助よ、どうする。神は自分の像を、磐座に供えろと言ってるそうだ。像なら、直ぐにでも木積に彫らせるぞ」


「神と申しても荒御魂だからな。祟りを恐れるなら、奉納せねばならん。だが問題は、そのやり方だ。悪霊を一刀両断した行者様は、誰に討たれた?相打ちか?お主の倅の話からすれば、御座所を(けが)された荒御魂のお怒りに触れて、お亡くなりになったように思える。 そうであるなら、塚の中に入るのは危ない。行者様ですら、地祭りは塚の前で行っておられたくらいだ」


「待ってくれ、神の言うとおりにやるなら、塚の中に入って、磐座とやらに供えねばならんだろう。木積は五体満足で帰ってきたぞ? 大丈夫ではないのか」


「いいや、荒御魂のご機嫌の気まぐれを侮ってはならん。行者様が亡くなったのを何と見る。しかも、間違えれば、荒方台の化け物どもが、動きだすやも知れんのだぞ」


「そもそも、行者様が神の怒りを買ってたなら、その段階で化け物が動き出していなきゃおかしいだろ」


「いや、行者様が罰せられたことで、お怒りが鎮まったと考えるべきだ。ここで我らが余計なことをして何とする。怒りのまま、荒方台の化け物どもを放たれたら目も当てられん。あれらを大地に縛り付けているのは、磐座に座す荒御魂なのだ。ゆめゆめ忘れてはならぬ」


 玄蕃と常助の議論は、しだいに熱を帯びていった。

 もはや木積には、理解の及ばぬ話まで混じっている。

 荒御魂……あの御方のことなのか。話を聞いても、木積には、ただ理不尽で恐ろしい神としか思えなかった。

 それに、荒方台(あれほうだい)の化け物どもとは何なのか。不気味で近寄りたくない場所ではあるが、あそこには変な木しか生えていない。動物の姿など、まるで見なかったはずだ。

 他にも分からぬことは幾つもあったが、もう木積に口を挟む意志はない。


「俺は……あの御方の像を彫る。あまり大きくなくてもいいよな。このくらいの、片手で抱えられるくらいで」


 塚の中の磐座へ供えるなら、大きすぎては持ち込めない。

 おずおずとそう言うと、玄蕃は振り向いて頷き、常助との議論に戻った。

 もう木積にできることは何もない。

 だが、草庵の外で耳をそばだてる気配がいくつもあるのを感じると、その場を立つこともできなかった。


 玄蕃と常助の宵越しの激論は、ようやく終わった。

 その結果、まずは塚の上部の抉れた陥没孔を扉で塞ぎ、次にその下へ小さな(やしろ)を建てることになった。そこに神像を安置するのである。

 木積が遭遇した神の名は分からない。故に仮に「天帝(てんてい)」と呼び、それを主祭神(しゅさいじん)とすることにした。さらに、行者が信奉していた「神虫(しんちゅう)御御明神(みごみょうじん)」を相殿神(あいどののかみ)として祀る。

 相殿神を入れたのは、もちろん、扉の奥に取り残される行者を偲んでのことであった。


 社の建設は、異様な速さで進められた。


 まず、塚から漏れ出る鮮やかな藍色の光を止めねばならなかった。

 これは木地屋の集落ばかりか、円霧保からも垣間見えていたのだ。

 荒方台(あれほうだい)そのものは、円霧山の稜線に遮られ、円霧保からは見えない。だが、そこから漏れる光が夜空を脈打つように染め、円霧山の輪郭を浮かび上がらせるとなれば、騒ぎにもなる。

 常助が木地屋の集落に逗留し、玄蕃と激論を交わしていた頃、円霧保でも似たような騒ぎが起きていたのである。

 もしこれが荒御魂の息吹だなどという噂が立てば、人心の動揺が収まるはずもない。


 そこで皆は急いだ。本当に急いだ。

 陥没孔は頑丈な扉で塞がれ、中から開けられぬよう関貫(かんぬき)まで設えられた。

 だが、埋めてしまうことはできなかった。天帝像を社へ奉納するというやり方が、本当に荒御魂の意に沿うのか、誰にも確信が持てなかったからである。

 それでも、光が塚から漏れなくなると、人心は少し落ち着いた。

 皆、何とかなるかもしれぬと思い始めたのだ。


 次に社を建てる段になると、今度は地盤の硬さに難渋した。

 とにかく、土が締まっている。

 だが、それでも円霧保の住民たちの働きぶりは目覚ましかった。信心からではない。荒御魂への恐れが、彼らを突き動かしていたのである。

 その甲斐あって、社はわずか六日で仕上がった。


 御神体となるべき神像の製作は、それ以上に順調だった。


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