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天帝像――荒方台事変  作者: 矢子沼蜻蛉


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3.塚の中

 だが、それを玄蕃(げんば)は許してくれるだろうか。


(忌み地にある、塚が光っていました。調べようとしたら、薙刀を持った(わっぱ)に脅されたので戻ってきました。……どうなんだ、これ。 ……結局、何も分かりませんでしたってことだよな。どうにか、あの童をやり過ごさねば……)


 木積(こつみ)は待った。随分と待った。

 陽の傾きを見れば、半刻、いや一刻は経ったはずだ。

 だが、塚の向こうに消えた童子は戻らない。


(何をやっているんだ。まさか、俺が目を離している間に、どこかへ行ったのか。 )


 木積は、塚を延々と見張り続けられるような性格ではなかった。

 上の空で全然別のところを見ていたり、うとうとしたり、しまいには、居眠りまでしていた。


(あの童、自分の役目だけ片付けて帰ったな。俺も、目当ての物をさっさと見て、さっさと帰ろう)


 木積は、のろのろと塚へ向かった。

 灰色の木の脇を通り過ぎ、塚の麓、童子が立っていたであろう場所へ着く。そして、塚の周りを、ぐるりと巡った。


 塚は、四角錐台(しかくすいだい)のような形をしていた。

 強く突き固めた盛り土のようだが、ところどころ風化して崩れている。

 上の方には、抉れたような陥没孔があり、そこから光が漏れていた。

 すぐ下には、周縁を滑り落ちてきたらしい大量の瓦が重なっている。これらがずり落ちて、光の元が表に出てきたのであろう。


 ここは、木積が潜んでいた場所からは死角になっている。

 勾配もそれほど急ではなく、足場も悪くない。よじ登れば天面(てんめん)に行けそうだった。


 びちゃり、びちゃりと湿った草鞋は不快だったが、木積は塚をよじ登り始めた。

 朝から日に晒されていたためか、斜面の土は乾いている。これなら足を滑らせずに済みそうだ。

 ようやく光の漏れる場所まで辿り着くと、木積は大いに失望した。

 下へと伸びる坑道があったのだ。光は、その奥から漏れ出ている。


(まさか、あの童は、この中へ入っていったまま……なんてことはないよなぁ)


 坑道の奥は見えない。目を凝らそうにも、眩しくてとても耐えられない。

 何か聞こえないかと、耳を澄ませても、静まり返ったままだ。

 童子の行方も知れず、木積の胸に不安が押し寄せた。


(帰りたい)


 だが、何も分からぬままでは戻れない。


(……やっぱり、入るしかないよなぁ)


 坑道は腰を屈めなければ入れない。萎烏帽子が天井に触れ、パラパラと土が落ちてくる。


「まさか崩れないよなぁ?」


 我ながら、驚くほど情けない声だった。

 それでも、眩しさに耐え、地面を見つめながら、トボトボと進んで行く。

 萎烏帽子越しに感じていた天井の圧迫が消えると、土の地面が石畳に変わった。

 床が広い。

 恐る恐る、腰を伸ばし、膝を伸ばし、そして辺りを見回した。


「うぉ?」


 人が倒れていた。


 胴丸を着込み、頭の上へ伸ばした両手で薙刀を握っている。

 白衣にやたら裾の短い緋袴。高結いの髪に、華奢な身体つき。

 こんな扮装をしているのは、役目を終えて帰ったと思っていた、あの童子ぐらいだろう。

 我に返ると、すぐに駆け寄って仰向けにした。


「おい、童、しっかりしろ。おっ……」


 上半身を抱え起こすと、その首がぐらりと仰け反った。

 胴丸がなければ、背中から折れていたかもしれない。

 力強く握っていたように見えた薙刀も、力なく手から離れた。

 身体は冷たく、息もしていない。

 どう見ても、亡くなっている。


 木積は思わず手を放した。

 童子の身体は、ごとりと床に落ちた。


(違う、違う、それどころじゃない。何だ。何があった。悪霊か。悪霊なんだな。逃げろ。逃げねば)


 (きびす)を返しかけたとき、別のものが目に入った。

 カラス程もある塊

 それは、縦真っ二つに裂かれていた。


 分厚い三角形の翅。畝のような半円形の模様。大きな眼。巻き髭のように伸びた節だらけの触角。ハエのような口が三つ。

 ゲジゲジとアブとスズメガを、無理やり継ぎ合わせたような、奇怪な姿をしている。

 山育ちの木積ですら、鳥ほどもある虫など見たことがない。

 しかも、それが臓腑(ぞうふ)を撒き散らして転がっているのである。


「うっ、ぎゃああああああっ!」


 気づけば木積は絶叫を上げていた。

 そこで飛びずさり、尻餅をついたのがいけなかった。

 反射的に顔を上げた刹那、視界の隅に、この場を満たす光の源を見てしまったのだ。


 それは極彩色に輝く、巨大な岩だった。

 人より一回り、二回り大きい。本当に岩なのか。岩に見えるだけの、まったく別の何かなのではないか。


 目が離せない。

 どういうことか、もう眩しさは感じなかった。


 ゴツゴツとしていて、先端に行くほど細くなり、どこか峻険(しゅんけん)(いただき)を持つ霊山のようでもある。

 凝視していると、太鼓を乱打するような音、それに絡みつく笛の音が聞こえてきた。

 背筋を這い上がるような怖気に襲われ、たまらず耳を塞いだ。だが、まるで効果がない。

 その音は頭の中に響き続け、もう耐えられなかった。


 木積は、塊から目を逸らし、絶叫して身体を捩った。


 そこで初めて、自分が石室にいることに気づいた。

 そして、この極彩色の塊が、石室の中央に堂々と鎮座していることも。


(神が降りて鎮座する岩……。ここが忌み地?とんでもない。此処(ここ)こそ、神がおわす……)


 だが、そんなことを考えている場合ではなくなった。

 頭の中がグラグラする。周りが、ぐるり、ぐるりと回る。

 身体の平衡(へいこう)が保てない。もう立てない。

 座っていることすらできず、背中と頭がゆっくりと石畳に触れる。

 ついに何も考えられなくなり、木積は気を失った。


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