表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪炎の処刑人  作者: 夜間燈
第一部 冬国刀兵隊
3/15

二話 満月の夜の誓い

 さゆは部屋の中に入ると、屋敷の主人である伊勢利平を探した。

「こな本が売れて堪るか! 書いたばけはどこのどいつじゃ! 絶対に許さんげな!」

 近くの部屋から地を轟かせるような怒鳴り声が聞こえ、さゆは襖を開けた。

 そこでは刀を抜いて、本を切り刻む男がいた。壮年の男である。黒い髭を生やしたその男は、本を強く握っていた。その握力は相当強いらしく、本の表紙が大きく破れている。

 彼が、この屋敷の当主である伊勢(いせ)利平(りへい)であった。

 そんな利平の横では、彼の息子の惣太郎(そうたろう)が深呼吸を繰り返していた。利平の妻である()()()は涙を流して泣いている。

 惣太郎はさゆに気がつくと、とど、と利平に言い、さゆとトモシを部屋に入らせた。

 茶髪のざんぎり頭が特徴的な青年である。男らしい体つきをしており、背もさゆよりずっと高い。

 トモシは本を見ると首を傾げた。

 利平は拳を握り締めると、さゆを見る。あやめがさゆに傷の付いていない本を差し出した。

 題名を見ただけで、読む気が消えた。

 狩猟大会の批評――それが、その本の題名である。批評とは名ばかりで、正当性が主張されているに違いなかった。

 さゆは本を開く。

 読みは外れていなかった。狩猟大会は義のために行われたものである、の一文から始まっていた。少し読み進めると、狩猟大会の犠牲者の名前を羅列して、「罪人たちの名前」と大きく括っている段落があった。

 その中には当然、アサヒとエンムの名前も載っていた。

 とどが、罪人?

 さゆは言葉を失った。トモシがしわだらけにされた本を燃やそうとして、青年に止められている。

 さゆは本を落とした。

「許すんじゃねげぞ。さゆ、トモシ」

 利平の静かな声が聞こえ、さゆはようやく我を取り戻した。トモシが顔を上げる。利平は静かに頷いた。

「絶対に許すんじゃねげ。家族や仲間を守るために戦った男が、罪人と呼ばれていい訳がねげんぞ」

 さゆは頷いた。言われなくても許すことなどできやしない。

 あやめが涙を拭い、さゆを真っ直ぐに見た。

「そうじゃ、さゆ、トモシ。こんなこと、許されていい訳がねげな。あぁ! アサヒ殿! エンム殿! こんなの酷すぎる!」

 トモシは鼻息荒くさゆを見た。復讐の準備はできている、と言わんばかりの表情である。さゆは息を吸うと、頷いた。

「えか、さゆ、トモシ。これが今の世じゃ。罪人じゃねげ、そうどれだけ言ったとて、竜のキョウダイだからという理由で罪人になる。残酷じゃ。許せんげな。あんまりにも。じゃけど、これが現実じゃ」

 利平はさゆに言った。

 さゆは俯き、唇を噛む。

 竜のキョウダイ――それは、高位な存在である竜と、キョウダイの契りを結んだ者たちのことだ。彼らは竜の半身となり、一生を竜と共に過ごすことになる。

 竜のキョウダイは高い身体能力と治癒能力を持つが、それは竜のキョウダイとしての責務を全うするためのものであった。

 理性を失った狂い竜や、火の中に潜む化け物を殺すという責務である。

 そんな彼らだが、古くから差別される存在でもあった。

「竜のキョウダイであることを恥じるでねえ。その宝玉の目も、おんしらの魅力じゃ」

 利平は言いつつ、深く息を吐いた。

「そんでもな。この世は分からず屋ばっかりじゃ」

 トモシがさゆの横で頭を伏せる。

「なぁ、とど。やっぱり分からんげな。竜のキョウダイと言うだけで、何でこんな酷い目にあうんせ」

 惣太郎が利平に言った。利平は咳払いすると、本を静かに置き、顔を上げた。

「竜のキョウダイは宝玉の目を持つじゃろう。それが不気味らしい」

「それだけ?」

「そんだけじゃ」

 利平は本を見た。

「本当に、そんだけ」

 彼は繰り返す。惣太郎はさゆとトモシを見た。


 さゆはその晩、あまり眠ることができなかった。落ち着かなくて庭に出る。満月を見て心を宥めようとしたが、どうにも上手くいかない。そのうちに月は雲に隠れてしまった。

 さゆは縁側に座ると、目を伏せた。

 父が罪人として扱われている。

 その事実が鉛のような重量感を伴ってのしかかってくる。しばらくその重量感は残るだろう。鉛が蒸発しないのと同じように。

 胸のつっかえは取れそうにない。

 さゆは立ち上がると、薙刀を持って庭に出た。そして一心不乱に振り回す。

 その薙刀は柄が赤く染まっており、太い刃が特徴的な薙刀であった。男用の大きく重い物であったが、さゆの手にはよく馴染んだ。

 まるで体の一部のように動かせるのがお前の強みだと、利平は嬉しそうに言っていた。さゆも褒められて嬉しかった。

 父も薙刀使いだった。もしも生きていたら、彼からたくさんのことを教えられたに違いない。

 汗ばむ感触がして、さゆはようやく振るのを止めた。するとトモシがさゆに駆け寄ってくる。

「トモシ……」

 さゆはトモシを抱きしめた。トモシは翼を振りながらそれに答える。さゆは薙刀を持ちながら、縁側に座った。トモシもまた、どこかで見た熊の這子のような学校で座っている。

「トモシも眠れんげな?」

 トモシは頷いた。

 彼女と出会ってから四年。ずっと一緒だった。何をするにも、必ずトモシが横にいた。食事をするにも、遊ぶにも、寝るにも。トモシがいない生活はさゆには考えられない。それはトモシも同じなのだろう。トモシはさゆによくくっつきたがる。

「とどに会いきいなぁ……」

 さゆは呟き、満月を見た。

「とどは罪人じゃねえげな。なんに、誰も分かってくれんげな」

 さゆは悔しそうに呟いた。トモシは頷くと、さゆを真っ直ぐに見た。そして部屋に入ると、書をいくつも抱えて戻ってきた。

 さゆは書を一つ持つ。

「これ……」

 さゆは呟いた。

 その書に書かれているのは、無実の罪で罪人とされたが、妖怪から国を救って人々に受け入れられた侍の話だった。

 さゆは目を輝かせる。トモシは頷いた。

 ――実力の前で人は黙る。

 利平が何度もさゆたちに向けた言葉だ。

 社会から外され、存在すら認められぬまま散っていく竜のキョウダイたち。そんな運命をもしも破ることができるとするならば。

 それはきっと、自分の実力を存分に人々に見せつけ、認められるということなのかもしれなかった。もちろん、違う道もあるだろう。けれど、さゆはそれしか思いつかなかった。

 さゆは息を吸う。

 とどは罪人じゃない。それを伝えられるのは、私たちだけなんだ。

 誰かを守るために戦った人が、罪人と呼ばれるようなことがあってはならないんだ。

「トモシ。約束せ」

 トモシは顔を上げた。

「私たちで、とどは罪人じゃねげと証明するんせ」

 トモシは翼を前に出した。さゆは目を細める。

 とどは私を助けてくれた。あの地獄のような、いずれは塵のように捨てられる日々から、私を見つけて手を差し伸べてくれた。

 だから、次は私の番なんだ。

 とどが私を誇ってくれるように、戦うんだ。

 それが私にできる恩返しで、贖罪なんだ。

「歴史に残るような大物になって、とど……とどだけじゃね。今まで罪人として死んでった竜のキョウダイ全員の泥を拭うんせ。私たちで、やるんせ」

 さゆは言うと、トモシの翼に自身の拳を当てた。


 それから数日後、町を歩いていると、〈冬国〉の治安維持組織である冬国刀兵隊(ふゆぐにとうへいたい)の者たちが、町民たちに何かを言っていた。

「冬国刀兵隊は現在、新規募集中です!」

 さゆは思わず足を止めた。トモシは人混みを見る。

「腕に自信のある方は誰でも来てください!」

 さゆは拳を握る。

 誰でも、と言われた。なら私たちが行ったって文句を言われる筋合いなどない。

 この機を逃して溜まるか。あの時、トモシと約束したんだから。

 さゆとトモシは顔を見合わせると、互いに頷いた。

名前 さゆ

年齢 12

趣味 木登り、川魚のつかみ取り

目の宝玉 青玉サファイア

ミニエピソード及び補足

感情が高ぶると方言が飛び出す、ザ・方言女子。大人にも食って掛かる肝の強さを持つが、一方で女の子らしく、綺麗な着物が気になるような感性も(一応は)持ち合わせている。利平のお陰で頭はいい方であり、時事問題にも詳しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ