三話 鯱の狩り
冬国刀兵隊の局長である魚沼光隆は、複数名の隊士を連れて町を歩いていた。烏が頭上でけたたましく鳴いている。烏は鳴き声を止めると、どこかへ飛んでいった。
魚沼は辺りを見回す。
大きな男だな、と商人たちは魚沼を見て言い合った。
確かに、魚沼の体は逞しかった。その雄々しさは着物を着ていてもよく分かる。色黒の肌に緋色の羽織がよく調和していた。腰に差さった自慢の刀は二尺七寸ある曽根原國重である。この刀で何人もの罪人を葬ってきた。
すると、魚沼に一人の男が話しかける。
冬国刀兵隊の副長である橘保であった。いかにも切れ者といった風体の男であり、その顔は整っている。魚沼より僅かに背は低いが、それでも普通の男より背は高く、肉もある。女たちが道の端で橘を見ながら何かを耳打ちしていた。彼女たちの顔は赤く染まっている。
「アンタは『鯱』を知っているか?」
橘は魚沼に言う。魚沼は怪訝そうな表情をした。橘は頷くと、説明を始める。
「竜と竜のキョウダイによる互助集団だ。狩猟大会の生き残りが組織したらしい」
「まさか、殺せと?」
魚沼の問いに橘は頷いた。
「貴族たちはそう言ってる。だが、北條殿は生捕りにせよと命じられた」
魚沼は息を吐いた。
「竜のキョウダイはともかく、竜を捕まえるのは骨が折れる。何かいい案はないか?」
橘は魚沼を見ると、顎を触った。
「人質を作るとか、そういう方法しか思いつかんな。腐っても竜だぞ? それなりの犠牲はどうしたって出る」
竜の力を封じる鎖などないしな、と橘は吐き捨てた。魚沼は腕を組んだ。
「そこまでして完遂すべき任務なのか?」
「いや、北條殿はできたらでいいと仰られた。協議に持ち込めるならそれに越したことはない、と」
橘の言葉に魚沼は眉を顰める。
「北條殿は、奴らをどうしたいのだ?」
知らん、と橘は答えると顔を上げた。
一羽の烏と目が合う。烏はかあと一つ鳴くと、大きく羽ばたいた。
今日はやけに烏と目が合うな、と橘は不審に思った。
「お前は、鯱をどう思う?」
魚沼の言葉に現実に引き戻され、橘はああと曖昧な返事をした。聞いてねえな、と魚沼は砕けた言葉で笑う。橘は苦笑した。魚沼の二度目の言葉を聞き、橘は少し考える素振りを見せた。
「竜のキョウダイに興味はないが、竜の力は魅力的だと思う」
魚沼は何かに気がついたような表情を見せると、それもそうだなと頷いた。
やはり、この男は先見の明がある。さすが俺の義兄弟だ。密かに感心しながら、魚沼は近くにいた商人を見た。
すると、その商人の横から一人の男が現れた。男は黄土色の猟犬を連れており、頭巾を深く被っている。魚沼は反射的に男を追いかけた。
しばらくして人気の少ない道に入る。男はそこで立ち止まった。
魚沼は男に駆け寄った。犬が唸り、魚沼に牙を見せる。魚沼は犬を睨みつけた。
その犬の目は、まるで琥珀石のように見えた。
「竜のキョウダイ……?」
魚沼は犬を見ると、呟いた。隊士たちが男の周りを囲む。男は舌打ちをすると、厄介だな、と呟いた。
「やれるもんならやってみればいいさ。但し……獅子竜を殺せるならな」
すると男の影が大きく動き、そこから一頭の獣が現れた。
漆黒の毛皮に覆われた唐獅子である。その鬣は赤く染まっていた。その金色の目が男たちを見る。大きさは牛よりも大きく、その厳つい顔には怒りが滲んでいた。獅子は大きく吠え、隊士たちを睨みつける。
すると犬の影から、一つの影が飛び出した。
緋色の肌をした女の上半身に、赤い竜の下半身を持った竜である。女の結膜は黒く染まり、瞳孔は琥珀石のようだった。手の先は鳥のそれである。こちらも牛以上の大きさがあった。
獅子と竜は頷くと、隊士たちを順に見た。
隊士たちは怯えの表情を濃くした。
当然である。彼らの相手は人だ。刀も人を斬るための物であり、竜を斬るための物ではない。事実、唐獅子が隊士の持っていた刀を噛み砕くと、隊士たちは逃げたいと魚沼たちに目で訴えた。
魚沼は男たちを見る。犬は隊士の一人に飛び掛かると、すぐに彼を押し倒した。他の隊士たちは犬を斬ろうとするが、犬はその刃を全て避け、隊士たちに突進した。何人かの隊士が突き飛ばされ、地面に倒れるのが見えた。
速い。魚沼と橘は愕然とした。犬は魚沼を見ると、走り出した。そこまでにしようじゃないか、と男は犬に向かって言った。
どこか楽しんでいるような口調である。
犬は男に駆け寄ると、尾を振りながら彼を見た。男は犬を撫でる。
「お前も竜のキョウダイか?」
魚沼はぶっきらぼうな調子で言う。男は頷いた。
「来てほしいところがある」
男は魚沼を見た。
「ここまでされて頼み事できる立場なのか?」
すると、背後から殺気を感じた。
背後を見ると、頭巾を被った小さな少年が短刀を魚沼に突きつけている。下手に動くと刺されるに違いなかった。橘の背後にも、面を付けた女が一人、彼に刀を当てていた。
いつからいたのだろう。魚沼も橘も絶句した。
「やられた」
橘は吐き捨てるように言った。
「鯱の狩場に誘い出された。もう逃げられん」
近くにある殺気は少なくとも五つ。しかし、竜も含むと二桁になる。
竜数頭の相手はできない。
「拘束しますか?」
少年は声を上げる。男はいらないと答えた。
「心配なら指でも折っておけ。三本ぐらい折っておけば、刀はもう持てない」
「ですが、暗器の類を仕込んでいる可能性も否定できません」
「そんな小細工ができるようには見えないし、国が暗器を支給する訳がないだろう」
少年は分かりましたと言った。男は言った。
「あぁ、済まないな。彼は冬国刀兵隊が嫌いなんだ。腹の底からな」
魚沼は眉を顰めた。
「私がお前たちの生殺与奪の権を握っている。私を刺激するようなことは控えた方がいい」
嫌な汗が魚沼の体を湿らせる。何だ、この男は。
明らかに魚沼よりも小柄なのだが、その威圧感はただならぬものであった。戦ってもないのに負けると確信させる何かが、この男にはある。
橘もまた、男を不気味に思っていた。
全てが男の掌で踊らされているように思えた。全てが男の想定内であり、そして彼の希望通りに進んでいるような気がしてならない。彼は何手先を読んでいるのだろうか。
「で、何の用だい?」
「無礼を行ってすまなかった。ただ、竜のキョウダイに用があるのは事実だ」
橘は言った。
「私も無礼を行って申し訳なかった。……水里守護職の北條元兼殿がお前たちをお呼びだ」
魚沼の言葉に男は即答した。
「その北條元兼とかいう人に言っておいてくれ。……アンタがこっちに来いって」
「拒否されたら?」
魚沼の言葉に男は頷いた。
「交渉決裂だな。……お呼び出しされたとして、指定場所に刺客がいないとどう証明する? そういう話だ」
「その理屈で言えば、アンタが北條を殺さないと断言もできないが」
「そうだな。無体を働くなら五体満足で帰す気はない。……ただ、ここには冬国刀兵隊や幕臣に恨みを持つ者もいる。私たちと話したいなら、その評価を覆すだけの技量を見せろという話だ」
「敵か、俺たちは」
「今のところはな」
男はそこで、ようやく頭巾を脱いだ。
顔立ちが整った男である。癖のある茶色の髪は雑に一つにまとめられている。涼しげな目元が、男の魅力を引き立てているように見えた。その金色の目は息を呑むほどに美しい。右目には片眼鏡がかけられていた。魚沼たちよりも細身だが、しかし、どこかたくましさがある。
「土産にこれだけは教えてやろう。俺は鯱の頭である宗久だ」
宗久は言うと、右手を挙げた。すると少年と女が魚沼たちから離れる。
魚沼と橘は顔を見合わせると、逃げるように隊士を連れてその場を去った。
名前 トモシ
年齢 12
趣味 泥浴び、走ること
目の宝玉 青玉
ミニエピソードまたは補足
活発で落ち着きがない。感情豊かで、すぐに顔に出る(書いてて楽しい)。翼は武器にもなり、彼女の打撃はかなりの威力がある。鳴き声はヒヨドリのものを参考にした。雪が好きで、雪の中に突き刺さっていることがたまにある。




