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Ch.016③ 付き合い許可

*このエピソードには20歳未満の者による飲酒描写が含まれますが、法律・法令に反する行為を容認、推奨するものではありません*

22

 電車で日吉駅まで戻ったあと、みんなはいったん学校のプールにあるシャワー室を借りて汗を流してから、「Purple Forest」へ向かうことになったので、まずパンドラ高校へ戻ってきた。


 少し自由時間ができたので、僕はトラックとバスケコート前の司令台で望月と加藤と話していた。そろへ風(かぜ)がやって来て、椎名先輩と羽田先輩が僕を探していると伝えた。そのまま、部活棟「栄(えい)誉(よ)楼(ろう)」4階の部室へ行くよう言われた。


「じゃあ、早く行ってきな。望月、僕と荘厳楼(そうごんろう)に来て。甲子園の宿泊とか移動のこと、先生と詰めないといけないから。」


「わかりました。羽冬(はねふゆ)、奈奈ちゃん、またね。」

 

ん?なんで加藤じゃなく、望月なんだ?


「羽冬、私も行っていい?」

「いいよ。」


 加藤が僕と一緒に行動しようとするのも、んだか珍しい。まあ、いいか。


 エレベーターで四階まで上がり、そのうちの一教室へ入る。

 各部活には教室の四分の一ほどのスペースが割り当てられていて、基本的には自由に使えるようになっている。普段使う道具を置いているところもあれば、トランプやボードゲームを隠している部もある。


 たとえば野球部とか。


「よ、後輩。ん?なんでその組み合わせ?」


 僕らを見るなり、椎名先輩が声をかけてきた。来てみると、長谷川先輩もいた。


 野球部のスペースは教室の第二象限あたりで、何台かのスチールロッカーを使って囲われていた。入口側だけ二人くらい同時に通れる幅を空けていて、中には中央に机が四つ置かれていた。

勉強するにも、カードゲームをするにも、机の上で寝るにも便利そうだ。


「お疲れさまです。」

「羽冬、来い。とりあえず座れ。俊太、席を加藤に貸してやって。」


 羽田先輩の言う俊太……ああ、長谷川先輩の名前だ。


 席につくと、僕の隣が加藤。加藤の向かいに羽田先輩、僕の正面に椎名先輩。長谷川先輩は羽田先輩の横に立っていた。

 ……何だ、この微妙な空気。


「これ、聞いていいやつだよな?」

「聞けばいいだろ。」


 椎名先輩は笑っていて、羽田先輩はどうでもよさそうに返した。


 今のはいったい……?


「後輩、お前さ。奏(かな)吾(ご)の妹、狙ってんの?」


 ……?


「実は前からちょっと気になってたんだよ。まあ、今まではそこまで本気にしてなかったんだけどさ。今日、風(かぜ)に聞いてみたら、あいつの反応が妙だったから。俺も凱(かい)也(や)も、もしかして本当に何かあるのかって思って。」

「いや、別にそんな気にしてねえぞ。気になってんの易(おさむ)だけだろ。」


 ……?


「あ、奏吾にはもう言ったから。別にいいよな?」


 あ……?

 あ!?!?!?


 そのあとのことは、あまり覚えていない。

 望月先輩への恐怖だけを引きずったまま、ふらふらと部室を出て、そのまま一人で「Purple Forest」へ向かっていた気がする。


─「え?羽冬?羽冬!どこ行くの?」

 部室を出た時、加藤も後ろからついてきて、何か声をかけていた気がするけど、たぶん適当に返事して、そのまま歩き続けた。


 一人で「Purple Forest」へ着き、ゆっくり店の引き戸を開けた。


「いらっしゃ……あれ?ヨル?なんで一人なの?」

 カウンター席でスマホをいじっていた紫(ゆかり)木(き)姉が顔を上げ、不思議そうに聞いてきた。


 僕は答えず、その隣の椅子を引いて黙って座った。


「終わった……」

「なに?」

「終わったんだよ!僕、死ぬんだよ!!!」

「うっ……」


 紫木姉は、さすがに少し引いていた。

 しばらく沈黙したあと、紫木姉が優しく落ち着いた声で尋ねた。


「お茶?お酒?」


 その声を聞いて、少しだけ崩壊していた気持ちが落ち着いた。


「奢りですか?」

「今までお金取ったことある?」


 それもそうだな。

 もう人生最後の日だし。


「一番高いウイスキーください。」

「遠慮ないね~分かった。」


 グラスがカウンターに置かれる音がして顔を上げたが、目の前にあったのはウイスキーグラスじゃなくて、氷の浮いた液体からもアルコールの匂いはしない。代わりに、淡い緑茶の香りがした。


「このあと祝勝会あるんでしょ?酒臭くなったらまずいじゃん。」


 そう……かな……

 僕がゆっくりグラスを手に取ってお茶を飲み始めると、紫木姉の目も、いつものからかうような目に戻った。


「今日は何か面白いことあるの?」

「主役はたぶん僕です。」

「そっか。じゃあ先に聞かないでおく。そういえば、勝った?」

「勝ったよ。甲子園行くことになった。」

「おめでとう~あ、来たね。」


 引き戸のガラス越しに外を見ると、野球部員たちが大人数でこちらへ向かってくるのが見えた。登録されていない部員や先輩たちも含め、どうやら全員来ているらしい。


「いらっしゃいませ~」


 風(かぜ)が引き戸を開けるのと同時に、紫木姉はすぐ入口へ向かって出迎えた。


「あ。やっぱりもう来てた。」

「は……はは……」


 カウンターで魂の抜けた顔をしている僕を見ると、風(かぜ)は笑いながら近づいてきた。

 まあ、どうでもいいよ。


「うわ!酒めっちゃあるじゃん!宮川たちが紹介した店、こんな豪華なのかよ!」

「酒飲みたいだけだろ。」

 テンションの高い松谷先輩へ、城島先輩がすぐ突っ込んだ。


「いや、大輔は店員と知り合いたいだけだろ。」

 椎名先輩も、いつもの松谷先輩いじりを始めた。


「おお、ちゃんとした店じゃん。」


 望月先輩の姿が目に入った瞬間、捕食者を見つけた獲物みたいに、僕は即座に顔を逸らし、壁の酒棚へ視線を固定した。


「今日はパンドラ高校野球部で貸し切りになってますので、みなさん好きな席にどうぞ~」

 全員がほぼ入ったところで、紫木姉がそう案内した。


「貸し切り?すげえな。」

「守《まもる》と進《すすむ》が手配してくれたから、貸し切り代はかからないですよ。」

 羽田先輩の疑問に、風(かぜ)がすぐ答える。


「どうせ学校の金だし、好きなもの頼んでいいだろ。」

「秋本。僕はそんなこと言ってない。」


 秋本先輩のわざとらしい誘導を止めたあと、風(かぜ)は少し考え込んだ。


「……まあ、別にいいか。」


 適当すぎた。でもああいうのは好き。


「よっしゃ、酒頼んでいい?」

「二十歳なの?」

「お姉~さん、いいでしょ?」

「お姉さん?お客さん、本当に私より年下ですか?」

「じゃあ妹さん?」

「大輔、てめえマジできもい。」

「う~ん。でも未成年にお酒飲ませたってバレたら、お姉さんちょっと困りますね~」


 三年生たちと紫木姉がそんな攻防をしている間に、高木が僕のところへ来た。


「Yo~俺らと一緒に座る?」


 俺らって、望月と加藤か?


「いいよ。」

「Oh~そんな暗い顔すんなって~別に大したことじゃないだろ~望月とあんなにベンチでイチャイチャしてても、望月先輩、今まで何もしてこなかったじゃん?」


 言われてみれば……抽選会の日も、望月先輩はめちゃくちゃ怒ってるように見えたけど、実際は地面に押さえつけられて、拳で何回か軽く小突かれただけだった。どちらかというと、じゃれてただけ……なのか?

 でも怖いものは怖い。風(かぜ)も前に言ってたし。望月先輩は妹をかなり大事にしていて、松谷先輩と殴り合いになったことまであるとか。


 結局、誰かがスマホで飲酒しているところを隠し撮りするのを防ぐため、松谷先輩は元キャプテンの権力を乱用し、全員にスマホを提出させた。


 いや、本当に許可したのか、紫木琉香?通報するよ?

 僕の考えを察知したみたいに、紫木姉が振り返ってウインクして、少しだけ舌まで出してきた。

可愛いけど、姉さんの親友だからか、別に何とも思わない。

 まあ、嘘だ。あんな美人なんだからな。


 酒が入ったことで、普段から仲が良くて騒がしい三年生たちは、さらにひどいことになった。店中が、楽しくて仕方がないという空気に満ちていた。

 全員のスマホを没収したくせに、酒を飲んでいるのは三年生だけ、一、二年生には飲ませない。勝手すぎるだろ。


「三年間耐えて、やっと夏の甲子園だぞ!最高!」

「最後の最後で、ようやく行けた……」

「何泣いてんだよ大輔。行ったことないわけじゃないだろ。」

「風(かぜ)が最後に劇場始めるから、マジで死ぬかと思った。」

「いや、僕一応金垣(かながき)から二回三振取ったんだけど。」

「そうだな。ホームランも一本打たれたけど。」

「秋本!」

「ていうか黎明、絶対俺ら怖くてわざと負けたんだって!」


 そんなふうに、みんなが野球の話で盛り上がっているのを眺めていると、 僕も少しだけ、この人たちと一緒にグラウンドで汗を流してみたいと思った。

 でも、もうその機会はない。


「羽冬、どうしたの?何か考え事ですか?」


 向かいに座っている望月が尋ねてきた。隣じゃないのは、先輩たちにまた変なことを言われるのが怖かったから、僕が高木を隣に座らせたせいだ。


「ああ……まだちょっと、望月先輩に何かされるんじゃないかって怖くて……はは……」

「もう、兄さん何もしないって。」

「本当?」


 望月は、いつものように人差し指を口元へ当て、視線を斜め上へ向けて少し考えた。


「たぶん……ね?」


 もっと自信持って言えよ!

 普段ならこういう時、加藤も一言か二言くらい僕を刺してくるはずなのに、 今日はただ静かに座っていた。


「おい後輩!後輩!ちょっと来い!」


 ついに来たか……椎名先輩に呼ばれ、僕は手元のグラスを持って先輩たちのテーブルへ向かった。

あれ?手、震えてる? 僕、本当に怖がってるのか?


「ほらほら、座れ。」


 望月先輩の正面だけ、一席空いていて、僕は恐る恐る腰を下ろした。手だけじゃない。脚まで震えてる。こ、これが恐怖ってものか……


「せ、先輩。何かご用ですか?」


 いつの間にか、全員が僕と望月先輩を中心に取り囲んでいた。会話も止まっている。

今の沈黙が、みんな僕らの話をちゃんと聞こうとしているからなのか、それとも望月先輩の殺気に圧倒されているのか、もう分からない。


「聞いたんだけどさ。」


 望月先輩は、平坦な、ほとんど感情のない声で尋ねた。


「奏(かな)音(ね)のこと、狙ってるんだって?」

「ち、違います……」


 望月先輩は手元のビールを持ち上げ、一口だけ飲んだ。


「別にさ、お前が奏音を狙うこと自体は、俺は何とも思わない。それはお前ら二人の話だから。」


「ただ、一つだけ覚えとけ。奏音に本気なら、ちゃんと大事にしろ。それさえ覚えてるなら、俺からは何も言わない。」


「おお~~~~?」


 言い終わった瞬間、周りから、疑問と冷やかしの入り混じった声が一斉に上がった。


「何だよ?本当だろ。妹が幸せになれるなら、俺が邪魔する理由なんてないし。」


 ……今、どういう状況?お義父さんが未来の婿を面接してるの?

 いや先輩。望月、彼氏いるんですけど。僕、そんな気起こすつもりないんですけど!


「俺からはそれだけ。羽冬。いいか?」

 名前を呼ぶ時だけ、少しだけ声を強めたように聞こえた。


「わ、わかりました。せ、先輩。ぼ、僕から一杯……」


 震える手でグラスを持ち上げ、望月先輩のビール缶へ軽くぶつけた。

 頭では普通に考えられているのに、身体だけは完全に別物だった。どうやら抽選会の日に受けた望月先輩の教育は、すでに僕の筋肉細胞まで染み込んでいるらしい。


 笑い声と騒ぎ声の中、僕と高木たちは席へ戻った。


「いいじゃん~先輩公認で望月と付き合えるぞ~」

「高木くん!変なこと言わないで~羽冬、大丈夫?」

「ふぅ……」


 僕は長く息を吐いた。


「たぶん……な……」


 やがてみんなが次々と帰っていき、内に僕と紫木姉しか残らなくなっても、僕はまだ頭の中を整理できていなかった。身体の震えも、完全には止まっていない。


 僕は今日、いったい何を経験したんだ……

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