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第7話 忘れられた名前

二つ目の「記憶」に触れたことで、カインは少しずつ修復の意味を見つめ直し始めます。


そして、これまでリコにしか見えなかった白い獣が、ついにカインの前にも姿を現しました。


七枚の花弁が示す先には、何が待っているのでしょうか。

白い獣が消えたあとも、店の中には淡い光の名残が漂っていた。


カインはしばらく、金属板を見つめていた。


一枚目。


二枚目。


七枚ある花弁のうち、二つが確かに光っている。


「……やっぱり、手鏡が二つ目だったんだね」


リコが言った。


「そう考えるのが自然だな」


「じゃあ、一つ目はオルゴール?」


「たぶん」


「七つ全部集めたら……」


「何かが起こる」


カインはそこで言葉を切った。


何が起こるのかは分からない。


だが。


リコの失った記憶。


七枚の花弁。


白い獣。


そしてオルゴール。


すべてが無関係だとは思えなかった。


「ねえ」


「なんだ」


「白い子、また見えるかな」


「知らん」


「名前、つけていい?」


「勝手にしろ」


「じゃあ、シロ」


「安直だな」


「分かりやすいでしょ」


リコは満足そうに笑った。


カインは呆れながらも、何も言わなかった。


その笑顔を見ると、不思議と店の空気が少し明るくなった気がした。


「ところで」


カインは言う。


「お前、いつまでここにいるつもりだ」


リコの笑顔が止まった。


「……追い出すの?」


「そうは言ってない」


「でも、今夜だけって言ってた」


「昨日はな」


カインは外を見る。


嵐は完全に過ぎていた。


朝の光が濡れた石畳を照らしている。


「天気も戻った」


「うん」


「だから、本来なら身元を調べるべきだ」


「身元?」


「役所か、衛兵詰所に連れていく」


リコは少し不安そうな顔をした。


「そこに行ったら、何か分かるかな」


「分かるかもしれない」


「……分からなかったら?」


カインは黙った。


「そのとき考える」


リコは小さく頷いた。


二人は店を閉め、街へ出た。


◇


昼前のエルディアは、それなりに賑わっていた。


市場には野菜や魚が並び、通りには荷車が行き交っている。


リコは物珍しそうに辺りを見回した。


「すごい」


「何が」


「人がいっぱい」


「これで?」


「うん」


カインは少し眉をひそめる。


「街を見たこともないのか」


リコは考え込む。


「見たことは……ある気がする」


「また曖昧だな」


「でも、こんな感じじゃなかった」


「どんな街だった」


「もっと……」


リコは空を見上げた。


「白かった」


「白い?」


「建物も、道も」


「王都か?」


「分からない」


カインは歩きながら、彼女の様子を横目で見る。


何かを思い出しかけている。


そんな気がした。


衛兵詰所は市場の向こうにあった。


石造りの小さな建物。


入口には二人の衛兵が立っている。


カインが事情を説明すると、奥へ通された。


「記憶喪失?」


机の向こうに座った衛兵が眉をひそめる。


「らしい」


「名前は」


「リコ」


「姓は?」


「分からない」


「出身地」


「分からない」


「年齢」


「それも分からない」


衛兵はカインを見る。


「……何も分からないじゃないか」


「だから連れてきた」


「どこで見つけた」


カインは一瞬迷った。


オルゴールから出てきた。


そんなことを言って信じる者はいないだろう。


「店の近く」


そう答えた。


「嵐の夜に?」


「ああ」


衛兵はリコを見る。


「家出か?」


リコは首を振る。


「分かりません」


「誘拐された記憶は」


「ありません」


「怪我は?」


「ないです」


衛兵は記録簿を取り出した。


「行方不明者の届けが出ていないか確認してみる」


ページをめくる。


何枚も。


何枚も。


だが。


やがて首を振った。


「リコという名の少女は出ていないな」


「本当に?」


リコが身を乗り出す。


「ああ」


「最近だけじゃなく?」


「少なくとも、この街と周辺地域ではな」


リコの顔が曇る。


「そう……ですか」


「他の街から来た可能性もある」


衛兵は言った。


「王都へ照会を出すことはできるが、返事には時間がかかる」


「どれくらいだ」


カインが尋ねる。


「早くて一月」


「長いな」


「仕方ない」


衛兵はリコを見る。


「それまでどこに泊まる?」


リコもカインを見る。


カインは嫌な予感がした。


「……俺を見るな」


「だって」


「宿を探せ」


「お金ない」


「……」


「カイン」


「その顔をするな」


「どんな顔?」


「困った顔だ」


「困ってるから」


衛兵が笑いをこらえている。


カインは深く息を吐いた。


「……一月だけだ」


リコの顔がぱっと明るくなる。


「ほんと?」


「返事が来るまで」


「ありがとう」


「仕事の邪魔はするな」


「しない」


「勝手に触るな」


「分かった」


「客に変なことを言うな」


「変なこと?」


「白い獣が見えるとか」


「シロね」


「もう名前つけたのか」


衛兵がとうとう吹き出した。


カインは睨んだ。


◇


詰所を出たあと。


二人は市場を通って店へ戻る。


途中。


リコの足が止まった。


「どうした」


「……あれ」


彼女が指をさす。


市場の端。


古道具を並べた小さな露店。


そこに、一冊の古びた本が置かれていた。


茶色い革表紙。


角は擦り切れている。


そして。


表紙の中央には。


七枚の花弁。


「……またか」


カインの表情が険しくなる。


リコは吸い寄せられるように近づいた。


「これ……」


「触るな」


だが。


遅かった。


リコの指先が、本の表紙に触れる。


その瞬間。


彼女の体が大きく震えた。


「リコ?」


「……っ」


リコが頭を押さえる。


「どうした」


「声……」


「何の声だ」


「誰かが……呼んでる」


「誰が」


リコの唇が震える。


「私を」


「なんて」


彼女はゆっくり顔を上げた。


その瞳に、


今までにない恐怖が浮かんでいた。


「……リコじゃない」


「何?」


「違う名前で……呼ばれた」


カインの胸がざわつく。


「何て名前だ」


リコは答えようとした。


だが。


声にならない。


そのとき。


古びた本が、


ひとりでに開いた。


ぱらぱらとページがめくれていく。


風など吹いていない。


やがて、


一枚のページで止まる。


そこには、


七枚の花弁の紋様と。


一人の少女の絵。


リコによく似た少女。


その下に、


古い文字で名前が記されていた。


カインには読めない。


だが。


リコは読んだ。


「……エリシア」


その名を口にした瞬間。


彼女の頬を、


一筋の涙が流れた。

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
 読んでいて、どこか懐かしくなる描写で、  そういえば、私も同じような描写だったと、思いかかえしながら読ませていただきました。  引きの「文字が読めた」が気になりつつ、本日はここまでに。  次話から…
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