第5話 七つの記憶
白い獣に導かれるように見つかった、七枚の花弁が刻まれた金属板。
そこに浮かび上がったのは、「七つの記憶」という言葉でした。
カインとリコは、その意味を探るため、もう一度オルゴールと向き合います。
「七つの記憶……」
カインは、金属板に浮かんだ文字を見つめた。
七枚の花弁。
そのうち一枚だけが、淡い光を宿している。
「お前、本当に読めたのか」
「……うん」
リコは不安そうに頷いた。
「でも、どうして読めるのかは分からない」
「その文字を見たことがあるとか」
「覚えてない」
「じゃあ、意味だけ分かった?」
「そんな感じ」
カインは黙り込んだ。
ますます妙だった。
金属板に刻まれている文字は、少なくとも王国で使われているものではない。
王都の修復院で古代文字や異国の文字を見たことはある。
だが、これはどれにも似ていなかった。
「……七つを集めれば」
リコが呟く。
「その先は?」
「やっぱり分からない」
「思い出しそうか」
「少しだけ」
「無理するな」
リコは目を瞬いた。
カイン自身も、また同じことを言った自分に気づいた。
少し前までなら、手がかりがあるなら徹底的に追ったはずだ。
だが今は違う。
少なくとも、この少女に無理をさせてまで知りたいとは思わなかった。
「……戻るぞ」
「うん」
二人は店へ戻った。
作業台の上では、オルゴールがまだ静かに旋律を奏でている。
その音は不思議だった。
さっきと同じ曲のはずなのに、今は少しだけ違って聞こえる。
「近くに置いてみるか」
カインは金属板をオルゴールの横へ置いた。
すると。
かすかに。
花弁の光が強くなった。
「反応してる」
リコが言う。
「ああ」
「この二つ、同じものと関係あるんだね」
「たぶんな」
「七つの記憶って……何だろう」
カインは腕を組む。
「そのままなら、七つの何かを集めるって意味かもしれない」
「記憶を?」
「あるいは、記憶が残った物を」
リコはオルゴールを見つめた。
「じゃあ、これが一つ目?」
「分からない」
「でも、一枚だけ光ってる」
確かにそうだった。
七枚の花弁のうち、一枚。
その光は、先ほどよりはっきりしている。
「なら、何かが一つ揃った可能性はある」
「何が?」
「それが分かれば苦労しない」
リコが少しだけ笑った。
「カインって、何でも分かりそうなのに」
「分からないことの方が多い」
「でも、直せるんでしょ」
「物ならな」
「人は?」
その言葉に、カインの顔が止まった。
リコはすぐに気づいた。
「あ……ごめん」
「別に」
カインは視線を逸らす。
「人間は直せない」
「どうして?」
「壊れた場所が分からないからだ」
「物は分かるの?」
「見ればだいたい分かる」
「記憶を見れば、もっと分かる?」
カインは答えなかった。
その沈黙が答えになったのか。
リコはしばらく黙っていた。
「でも」
やがて、静かに言う。
「物の記憶を見て、その人のことも分かるんだよね」
「……」
「それって、人を直すこととは違うのかな」
カインは眉を寄せた。
「何が言いたい」
「よく分からない」
「またそれか」
「だって、本当に分からないから」
リコは苦笑した。
そして、オルゴールへ目を落とす。
「でも、これを直したら、私のことも何か分かる気がする」
カインは反射的に言った。
「直すとは決めてない」
「え?」
「こんな物、触るたびに変な記憶が流れ込んでくる」
「でも、修理屋さんなんでしょ」
「修理屋でも、危ない物には手を出さない」
リコは少し残念そうな顔をした。
「そっか」
その表情が妙に引っかかった。
カインは顔をしかめる。
「……何だ」
「何も」
「言いたいことがあるなら言え」
「じゃあ」
リコはまっすぐカインを見る。
「これ、壊れてるの?」
カインはオルゴールへ視線を落とした。
「見た目はな」
「でも、鳴ってる」
「勝手にな」
「じゃあ、どこが壊れてるの?」
「……」
言われてみれば、その通りだった。
巻き鍵は固着していた。
蝶番は錆びている。
木枠にはひびがある。
それでも旋律は鳴っている。
機構だけを見れば、正常とは言えない。
だが。
壊れているのかと聞かれれば。
カインは即答できなかった。
「修復って、元に戻すこと?」
リコが尋ねる。
カインの脳裏に、あの宝石箱が浮かぶ。
『ただの、綺麗な箱だ』
「……違う」
思わず言葉が漏れた。
リコが首をかしげる。
「違う?」
カインは少し考えてから答えた。
「元に戻せばいいとは限らない」
「じゃあ?」
「……残すものを間違えないことだ」
言ってから、自分でも驚いた。
昔の自分なら、そんな言葉は口にしなかった。
傷は消せばいい。
古い部品は替えればいい。
綺麗にすれば価値が上がる。
そう信じていた。
今は、違う。
リコは少しだけ微笑んだ。
「じゃあ、このオルゴールも」
「何だ」
「何を残すのか、見つけないといけないね」
カインは返事をしなかった。
そのとき。
からん。
突然。
店の入口の鐘が鳴った。
二人が同時に振り向く。
外はまだ嵐だ。
こんな時間に客など来るはずがない。
「……誰だ」
返事はない。
カインはゆっくり入口へ向かった。
「ここにいろ」
リコへ言う。
扉へ手をかける。
開ける。
冷たい雨風が店内へ吹き込んだ。
だが。
そこには誰もいなかった。
「……?」
足元を見る。
小さな包みが置かれていた。
濡れた布に包まれた何か。
その上に、一枚の紙。
カインは拾い上げる。
書かれていたのは、たった一文だった。
『これを直してほしい』
署名はない。
カインは包みを店内へ運ぶ。
布を開く。
中から現れたのは、
ひび割れた小さな手鏡だった。
その瞬間。
金属板に刻まれた二枚目の花弁が、
淡く光った。




