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第20話 さよならを言わない理由

大切な人を守るために、すべてを諦めようとするカイン。


しかし、リコが望んでいたのは、守られることだけではありませんでした。


すれ違う二人の想いが、ようやく重なり始めます。


第20話「さよならを言わない理由」、お楽しみください。

「私のことも関わってるんでしょ!? なんで一人で決めるの!?」


「お前を守るためだ!」


「それが嫌なの!」


リコは涙を浮かべたまま、カインを睨んだ。


「守るって、私に何も聞かないで決めることなの?」


「……危険なのはお前だ」


「だからって、私のことを私抜きで決めないでよ!」


リコの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。


「私が消えるかもしれないからって……全部諦めるの?」


「そうだと言っている!」


「そんなの……それでカインが昔に戻っちゃうなら、絶対に嫌!」


「昔に戻る……?」


「前みたいになっちゃう!」


リコは涙を拭おうともせず、訴え続けた。


「誰とも話さないで……誰のことも見ないで……。物しか見ないで、一人で全部抱え込んで決めて……!」


「……それの何が悪い」


思わず、低い声で問い返していた。


「悪いよ……!」


「なぜだ」


「カインが……すごく苦しそうだから!」


「お前に何が分かる!」


「分かるよ! ずっと見てたから!」


「お前が俺の元に来てから、まだひと月も経っていないだろうが!」


「それでも!」


リコはカインをまっすぐに見据えた。


「――寂しいくせに!」


カインの動きが止まった。


「……なんだと?」


「一人が好きなんじゃない……!」


リコはしゃくり上げながら、必死に言葉を紡いだ。


「傷つかないために……一人でいるふりをしてるだけでしょ!?」


「……黙れ」


「王都で嫌なことがあったから……!」


「黙れ……!」


「師匠から逃げてきたから……!」


「黙れと言っているだろうが!」


雷鳴のような怒声が店を揺らした。


リコの肩が、びくりと跳ね上がる。


その怯えた顔を見た瞬間、カインは激しい後悔に襲われた。


まただ。


また、自分の言葉で誰かを傷つけた。


「……お前に何が分かる」


低く、掠れた声だった。


「俺がこれまで……何をしてきたか」


リコは黙ったまま、カインを見つめていた。


「依頼人の大切な『思い出の傷』を、勝手に消した。人の家族を……俺の手で壊したんだよ」


カインの拳が、激しく震えていた。


「師匠からも、背を向けて逃げ出した」


「カイン……」


「そんな男が――」


カインは苦しそうに顔を歪ませた。


「今度は……お前まで消せというのか?」


リコが息を呑む。


「俺が記憶に触れるたび、見るたび、直すたび……お前が削れて消えていくんだぞ」


守りたいのに、自分の手がリコを壊していく。


その恐怖を、もう押し隠すことはできなかった。


「そんなの……」


「……怖いに決まっているだろ!」


痛いほどの沈黙が落ちた。


リコは泣くことも忘れ、目を見開いてカインを見つめていた。


「……怖いの?」


「……聞くな」


「私が……消えるのが?」


カインは固く目を閉じた。


「……ああ」


消え入りそうな、小さな声だった。


リコの目から、再び大きな涙がこぼれ落ちた。


けれど今度の涙は、先ほどまでとは違っていた。


カインも、自分と同じように怖かったのだ。


「……私だって」


「……」


「私だって、怖いよ」


「……分かっている」


「違う!」


リコは強く首を振った。


「消えるのも怖い。でも――」


声が震える。


「また一人に戻る方が……もっと怖いよ……!」


カインは息を止めた。


リコは涙で滲む視界のまま、店の中を見回した。


古い棚。使い込まれた工具。頑丈な作業台。そして、あの日のオルゴール。


「ここ……私、知ってるの」


アンナも、トトも、ガリバーも知っている。


そして――。


「……カインを知ってる」


その言葉が、重く、温かくカインの胸へ落ちていった。


「私……ここにいたい」


「だが、ここにいれば、お前は――」


「カインが全部やめて、また一人になっちゃうなら……絶対に嫌!」


「お前が消えてしまっては、元も子もないだろう」


「だから――一緒に考えようよ!」


カインは弾かれたように目を見開いた。


「……一緒に?」


リコは涙を流したまま、力強く頷いた。


「私、絶対に消えたくない」


「……」


「でも……カインにも消えてほしくない!」


何の保証もない。


すぐに答えが見つかるわけでもない。


それでも、諦めて逃げることと、一人で危険へ踏み込むことだけが選択肢ではない。


二人で考え、二人で別の道を探すこともできる。


「カイン」


リコが静かに呼びかける。


「私のためって言ってくれるなら……私がどうしたいのかも、一緒に考えてよ」


その言葉は、カインの心を閉ざしていた固い楔を外す、小さな鍵のようだった。


カインは長い沈黙の末、初めて自分の答えを押しつけるのをやめた。


ようやく顔を上げる。


「……お前は、どうしたいんだ」


リコは一瞬の迷いもなく答えた。


「だから、私はさよならを言わない」


そして、少しだけ誇らしげに微笑んだ。


「……ここにいたい」


「そして、カインを絶対に一人にしない」


その澄んだ声が、閉ざされていた店の空気を、静かに、確実に塗り替えていった。


カインは壁際に立て掛けていた古い看板へ目を向けた。


『壊れたもの、何でも直します』


今の自分には、もう少し違う言葉が必要なのかもしれない。


「……一つ、決めるぞ」


「なに?」


「記憶は勝手に見ない。必要のない傷まで消さない。それから――」


カインはリコを見る。


「一人で決めない」


リコは目を丸くし、それから大きく笑った。


「うん!」


店は、まだ休業中だった。

けれど二人の間では、もう次に進むための仕事が始まっていた。

挿絵(By みてみん)

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