第19話 別れを告げる依頼
大切な人を守るために、自分の力を封じる決意をしたカイン。
しかし、その決断はリコの心を深く傷つけてしまいます。
守ることと、共に歩むこと。
二人の想いがすれ違う第19話です
「……どういうこと?」
リコの声は静かだった。だからこそ、怒鳴られるよりも深く、重くカインの胸に刺さった。
店の入口。昨日まで掲げられていた看板は外され、代わりに『しばらく休業します』と書かれた紙だけが寂しく貼られている。
リコはその紙を見つめたまま、もう一度問いかけた。
「……どういうこと、カイン?」
カインは作業台の上に散らばった工具を、一つずつ木箱へ戻していた。
「……書いてある通りだ」
「お店、休むの?」
「ああ」
「いつまで?」
「……分からない」
「どうして?」
返事はない。
ドライバー、ヤスリ、ピンセット。無機質な金属音だけを響かせ、カインは淡々と片付けを続ける。
これ以上、この子を深入りさせてはいけない。
関わらせれば、また何かが壊れる。
リコが一歩、作業台へ近づいた。
「カイン」
「なんだ」
「どうして休むの?」
「……仕事を休む。ただそれだけのことだ」
「昨日まで、そんなこと一言も言ってなかったよ!」
「今日決めたんだ」
「なんで今日なの!?」
「……そうした方がいいと判断したからだ」
「何が!?」
カインの手が止まる。だが、問いには答えなかった。
「カイン!」
「しつこいぞ、リコ」
「だって……分からないもん!」
「……分からなくていい」
その一言で、リコの表情が変わった。
「……また、それ?」
カインがゆっくりと顔を上げる。
「何がだ」
「分からなくていい、って言った」
リコはカインの目をまっすぐに見つめ返した。
「私に……何も言ってくれない」
「言う必要がないからだ」
「あるよ!」
「ない」
「ある!」
跳ね上がるような声。
カインも、次第に苛立ちを隠しきれなくなる。
「子どもが首を突っ込むような話じゃない!」
「私……子どもじゃないかもしれないよ!?」
その一言で、店内の空気が凍りついた。
リコ自身も口にしてから、痛みに耐えるように顔を歪ませた。
自分が何者なのか、何歳なのか。リコには何一つ分からない。
カインは言葉選びを後悔した。だが、引き返すための言葉が出てこなかった。
「カインが勝手に決めたんでしょ!?」
「何をだ」
「私とのこと!」
「……」
「役所に連れていかないって決めたのも……!」
「一晩だけ預かるはずだったんだ」
「もう一晩だけじゃないよ!」
「分かっている!」
「パンも一緒に食べたじゃない……!」
「……」
「アンナさんのところにも行った。トトとも遊んだ。ガリバーさんとも話した……!」
リコは自分の胸を強く押さえた。
「私……ここにいたんだよ!」
その声が、店の中に響いた。
「私、確かにここにいたよ!」
――いた。
確かに、この店で笑い、怒り、泣いていた。
カインは耐えきれず、目を逸らした。
「……だからだ」
「え……?」
「だから、店を休むんだ」
リコが不審そうに眉を寄せる。
カインは絞り出すように、ようやく本音の欠片を落とした。
「……俺が記憶視を使うたび、お前が消えるんだよ」
リコは言葉を失った。
「羅針盤の時も……昨日のエリオのペンダントでも同じだった」
「ほんの少しだけだったよ……!」
「少しでも起きたんだ! 現に指先が透けただろう!」
「でも、元に戻ったよ!」
「次も戻る保証がどこにある!?」
カインの声が、わずかに震えていた。
「もし……そのまま戻らなかったら、どうするんだ」
リコは答えられなかった。
「お前の存在が削れていくというなら――」
カインは静かに工具箱の蓋を閉めた。
カチリ。
「全部、やめればいい」
「……全部?」
「ああ」
「修復も……?」
「そうだ」
「お店も?」
「ああ」
「記憶を見るのも……?」
「そうだ」
「……私のことを調べるのも?」
そこで初めて、カインは言葉を詰まらせた。
だが、リコを守るためには、言わなければならない。
そう自分に言い聞かせた。
「……ああ。全部だ」
その瞬間、リコの表情から光が消えた。
「……嘘だ」
「嘘じゃない」
「そんなので……カインが納得してるわけない!」
「俺が決めたことだ!」
「違う!」
リコが作業台を叩いた。
小さな乾いた音が、静かな店内に大きく響く。




