第6話:『世界消防庁と一枚の召喚状』
第6話:『世界消防庁と一枚の召喚状』
煤と熱泥を洗い流した翌朝。俺のボロアパートの引き戸を叩いたのは、制服姿の若い使役犬の伝令だった。
昨日の作業着の刺繍から、俺の勤め先と住処を割り出したらしい。手渡された厚手の公用封筒には、いかめしい消火栓と双頭の猟犬を象った封蝋が押されていた。
――世界消防庁。
それが、この大獣連邦ジャパウにおけるすべての火防・救助・防災を統轄する中央官庁の名称だった。陸海空の特殊災害から、大小さまざまな獣人種がひしめき合う過密都市の火難までを一手に引き受ける、この国における火消しの最高峰組織だ。
指定された住所へ向かうと、港湾地区を見下ろす急坂の頂に、まるで軍の要塞のような巨大な赤レンガ造りの庁舎が聳え立っていた。
敷地内を行き交うのは、濃紺の制服を隙なく着こなした筋骨隆々の大型獣人ばかりだ。ジャーマン・シェパード、秋田犬、ロットワイラー。どいつもこいつも歴戦の猛者といった面構えで、身長六十五センチのパグである俺など、通りすがりに首根っこをつまみ出されてもおかしくない威圧感に満ちていた。
受付で封筒を示し、庁舎の一階奥にある『警防部・第一特別救助隊』の隊長室へと案内される。
消火薬剤と機械油の匂いが微かに漂う無骨な部屋の奥。重厚な執務机から立ち上がり、応接用の低いテーブルの前へ歩み寄ってきたのは、あの男だった。
――昨日の漆黒の指揮官。ドーベルマンの巨躯が、端正な制服に身を包んで鋭い琥珀色の瞳をこちらへ向けている。胸元には、銀色に光る四連の階級章。
「待たせたな、火消し小僧。俺の名はヴォルフ。世界消防庁・警防部第一特別救助隊の隊長だ」
腹の底にズシリと響く重低音。ヴォルフは向かいの革張りソファに腰を下ろすと、一束の分厚い書類を取り出し、滑らせるようにしてローテーブルの上へ放り出した。
「単刀直入に言おう。昨日の救出劇を評価し、貴様を今年度の『特別救助員・採用選抜試験』の隊長推薦枠にねじ込んでやった」
俺はソファの上にずんぐりした身体でよじ登り、短い足を踏ん張って身を乗り出すと、書類の表紙を覗き込んだ。金文字で刻まれた『採用試験要項』のタイトル。
ページをめくり、その実技審査基準の欄に走った文字を見て、俺は思わず眉をひそめた。
『一次実技基準:高所ロープ登攀、濃煙迷路内での検索突破、および五十キロ砂嚢の単独搬送走』
「……見ての通りだ」
ヴォルフは長く強靭な指を組み替え、その隙間から試すような冷たい笑みを覗かせた。
「我が隊の基準は、大型の使役犬種に合わせて作られている。短頭種、ましてや愛玩小型犬種の骨格では、五十キロの砂嚢など持ち上げることすらできまい。現場での知識や判断力がいかに優れていようと、基準をクリアできなければ初日で足切りだ」
試されている。
昨日の毛布を使ったドラッグ搬送を見て興味は持ったが、この圧倒的な体格差の壁を前にしてもなお食らいつく覚悟と知恵があるのか、この黒犬の隊長は品定めしているのだ。
「辞退するなら今だ。町工場で平和に油にまみれていた方が、長生きできるぞ」
挑発するように投げられた言葉に、俺の奥歯がギリリと鳴った。
だが同時に、俺の目は要項の末尾に小さく記された『※実技試験においては、支給される基本消防資器材の応用・加工を妨げない』という一文をしっかりと捉えていた。
(基本資器材の応用が認められるなら……ロープとカラビナで動滑車の倍力システムを組めば、五十キロだろうが引っこ抜ける。正面からの筋力勝負でデカブツどもと同じ土俵に乗るつもりはねえよ)
前世で十五年間、泥と煙を啜りながら現場を張ってきた中堅消防士のプライドが、このシワくちゃなパグの小さな胸の中でカッと赤熱するのを感じていた。
「――試験日はいつですか、隊長」
俺はフンガッ、と荒い鼻息を鳴らし、分厚い要項の束を短い前足の分厚い肉球でバンッと叩く。そのままソファの上から、ヴォルフの冷徹な眼光を真っ向から睨み返した。




