表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「ちゃんとしなきゃ」と息を止めているあなたを、100%全肯定する深夜アパートの話  作者: チャラン・ポラン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
67/69

『アカネの観測記録』前編

深夜十一時半。商店街の集会所の前は、すでに昼間の賑やかさが嘘のように冷え切っていた。

ラーメン屋『来てけろ』の店主、源蔵げんぞうは、首に巻いたタオルをガシガシと動かしながら、手元にある木製の拍子木を無造作に握り直す。丸刈り頭に丸太のような腕をした、およそ堅気には見えない大男だが、この街の夜を見回るのは自分の役目だと、頑固な義務感だけでここに立っていた。


「おう」


集会所の影から出てきた男の姿を見て、源蔵は不機嫌さを隠そうともせずに低く声を落とした。

そこにいたのは西部だった。黒いハットのつばを指で少しだけ押し上げ、相変わらず世界のすべてに興味がなさそうな、冷たくて乾いた目をしている。


「ああ」


西部もまた、源蔵の顔を見ようともせず、ただ薄い煙草の煙を吐き出すだけで応じた。

挨拶は、それだけ。

そこから先、余計な雑談なんて一言も生まれない。背後で、今回初めて夜警に同行するアカネが、二人の間で思いきり身を硬くして凍りついているのが気配で分かった。


(仲が悪い、とでも思ってんだろうな)


源蔵は内心で小さく鼻を鳴らす。

実際、相性は最悪だ。怒鳴り声みたいな接客でラーメンを作る泥臭い職人気質の源蔵から見れば、西部の気取り腐った態度も、冷徹すぎる合理主義も、いちいち癪に障って気に食わない。人間的に「合うか合わないか」で言えば、絶対に合わない相手だった。



夜警が始まり、三人でアーケードの下を歩く。響くのは等間隔の足音だけ。重苦しい静寂が周囲のシャッターに跳ね返る。

そんな中、薄暗い路地裏の自販機の前に差し掛かった時、一人の泥酔した男がゴミのように大の字になって寝込んでいた。


源蔵は歩みを止めず、振り返りもせずに短く呟いた。

「西部」


「ああ」


それだけで、後ろの気配が動いた。西部は流れるような足取りで酔っ払いの元へ歩み寄り、事件性がないか、財布や身分証が露出していないかを一瞬でチェックし始める。その隙に、源蔵は胸ポケットから連絡用端末を取り出し、手短に状況報告を打ち込む。

「おい, 起きろ。風邪ひくぞ」と西部が冷淡に男を小突く声を聞きながら、源蔵は素早く事後処理の手配を回した。


打ち合わせも、事前の段取りも何もない。けれど、どちらが現場を扱い、どちらが処理に回るか、同じ商店街で店を張る人間としての役割分担は完璧だった。


その後もそうだった。

強風で傾いていた居酒屋の置き看板を見つければ、源蔵が端を持ち上げ、西部が同時に逆側を支えて安全な場所へと退避させる。

切れて明滅している街灯があれば、西部が手帳にその位置をメモし、源蔵が「三番目の柱だな」と吐き捨てる。

閉め忘れられ、数センチだけ隙間の開いた衣料品店のシャッターを見つけた時は、源蔵が鍵穴の状況を確認し、西部がすぐに店主の緊急連絡先を呼び出していた。


(相変わらず愛想のねえ男だ)


源蔵は西部のハットの直線を視界の端に入れながら、心の中でそう毒づく。

だが、同時に認めざるを得ない事実もあった。西部の仕事は正確だ。1ミリの見落としもない。

自分とは何もかもが合わない男だが、こういう「私情を挟まずに自分の役割をきっちりこなす人間」が現場に一人いると、どれだけ助かるか。もちろん、そんなことを本人に言ってやるつもりは毛頭なかったが。



「よし、ちょっと休むか」

案内所のベンチの前で源蔵が足を止めると、後ろを歩いていたアカネが、目に見えてホッとしたように自販機へと走り、温かい缶コーヒーを三本買ってきた。

彼女はガタガタと指先を震わせながら、まずは一番年長である源蔵へ先に手渡してきた。


「あ、大将さん、どうぞ」

「おう、すまねぇな」


源蔵は無造作にそれを受け取り、キャップを捻る。続いてアカネが西部にコーヒーを渡す。

源蔵からすれば、そんな順番などどうでもよかった。コーヒーが温かければそれでいい。だが、アカネは二人の顔色を窺うように、妙に気を揉んで勝手に疲れ切っている様子だった。


(この人たちどういう関係なの、って顔をしてやがる)


源蔵はコーヒーの熱を掌で味わいながら、夜空を見上げる。西部のタバコのメンソールの匂いが風に流れていく。二人の間に、やはり会話は一切ない。けれど、そこには拒絶もなければ、お互いを排除しようとする無駄なエネルギーもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ