表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「ちゃんとしなきゃ」と息を止めているあなたを、100%全肯定する深夜アパートの話  作者: チャラン・ポラン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/69

『アカネと、終電』前編

雨が激しく降り続く、終電間際の駅前ロータリー。

家路を急ぐ人々が傘の波を作って通り過ぎる中、コンビニの軒下で、若い女の子が一人、スマホを握りしめたまま立ち尽くしていた。

泣いてはいない。ただ、液晶の冷たい光に照らされた顔は真っ白だった。


女の子は、何度も何度も彼氏とのトーク履歴を開いては閉じ、震える指で「ごめん」とメッセージを送ろうとしては、ため息と共に消している。

偶然その横を通り過ぎようとしたアカネは、彼女の横顔を見た瞬間に、足が完全に止まってしまった。

(あ……この子、昔の私だ)


見過ごせなかった。声をかけ、駅前の喧騒から少し離れた雨よけの下で、ぽつり、ぽつりと話を聞く。

彼氏に「お前、重いんだよ」と言われたこと。

嫌われたくなくて、相手の顔色ばかり窺って、尽くしすぎてしまったこと。

それでも最後は「少し距離を置きたい」という、事実上の拒じた終わってしまったこと。


何から何まで、かつて自分がボロボロに壊れてしまった夜の記憶そのままだった。

だからこそ、アカネはありきたりな言葉で彼女を励ますことなんて、絶対にできなかった。

「もっと良い男が他にいるよ」とか、「そんな奴、早く忘れなよ」とか、「次に行こ、次!」とか。

そんな無責任な正論、自分が一番深く傷ついていた夜に、誰かに言われて一番苦しかった言葉だからだ。


アカネは小さく息を吐くと、「ちょっと待ってて」と言ってコンビニへ駆け込んだ。

そして、不器用にレジ袋から取り出した温かい肉まんを、彼女の手元にそっと差し出した。


「……とりあえず、これ食べよ」

女の子は驚いて顔を上げる。

「終電、もうなくなっちゃうし。もし行くところがないなら……朝まで、あそこのファミレスにいる?」


女の子は最初、無理に口角を上げてみせた。

「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

そう言って健気に笑う。でも、その周りを気遣うような“困らせない笑顔”が、あまりにも昔の自分と重なりすぎて、アカネの胸を強く、鋭く刺した。



「……私」

深夜のファミリーレストラン。窓を叩く激しい雨の音と、ドリンクバーの微かな作動音だけが響く静かな席で、女の子がぽつりと、掠れた声で零した。


「ただ……ちゃんと、好きだっただけなのに」


その瞬間、アカネは思わず胸を突かれ、「……うん」としか返せなくなってしまった。

何か気の利いたアドバイスを言うことも、傷を癒やす名言をあげることもできない。なぜなら、昔、全く同じ夜に、自分も血を吐くような思いで同じ言葉を口にしたからだ。


アカネは、ジュンやサトシのように、器用に誰かの心を救える人間ではない。

でも。目の前で凍えているこの子を「一人にしない」ことだけは、今の自分にもできる。


「うん。分かってるよ。あなたは何も悪くないよ」

女の子の目から、大きな涙がボロボロと溢れ出し、やがて顔を覆って初めて声を上げて泣き出した。ドリンクバーのコップがカタカタと震える。

アカネはそっと席を立ち、彼女の隣に座ると、優しく、静かにその背中をさすり続けた。


かつて、自分がどうしようもなく孤独だった夜に、誰かにそうやって救われた時の手の温もりを、そのまま指先に込めるようにして。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ