表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「ちゃんとしなきゃ」と息を止めているあなたを、100%全肯定する深夜アパートの話  作者: チャラン・ポラン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/69

『泣けない子と、隣に座る人』後編

その日の閉店後。

すっかり夜の帳が下りた商店街の片隅。小さな定食屋の裏口で、ミノリは湯気の立つ紙コップのお茶を両手で包み込みながら、雨上がりの少しひんやりとした夜風に当たっていた。


コンクリートの床に、昼間の男の子と同じように少しだけしゃがみ込む。


「はい、今日もお疲れ様。タカシ、途中から半分パニックになってたでしょ」


ガラガラと引き戸を開けて、ゴミ袋を両手に持ったジュンが顔を出した。

「ふふ……そうなんです。『お菓子がダメならYouTubeか!?』って、ずっと独り言を言っていて」

二人は顔を見合わせ、静かな夜の路地に響かないくらいの小さな声で笑った。


ジュンがゴミを集積所に置き、戻ってきて隣の壁に背を預ける。

しばらく、お茶の湯気が揺れるだけの穏やかな沈黙が流れた後、ミノリが紙コップを見つめたまま、ぽつりと呟いた。


「……私、昔は、自分の気持ちを全然喋れない子だったんです」


ジュンは少しだけ驚いたように、前髪の隙間からミノリの横顔を見た。

今のミノリは、誰に対しても柔らかく、おっとりとした優しい言葉で話す。商店街の誰もが、彼女の笑顔に救われていた。でも、昔は違ったのだという。


「自分の意見を言って、その場の空気が壊れちゃうのが、すごく怖くて。親に怒られるのも怖くて……泣くのも、すごく苦手でした。だから、いつも周りの大人にとっての『困らせない子』でいようって、そればかり考えてたんです」


本当は寂しくても、本当は悲しくても、大丈夫なふりをしてニコニコ笑っていた。


「だから……今日のあの子を見た時、なんか、昔の自分を見ているみたいで」

ミノリは小さく笑った。でも、その瞳の奥は、夜の街灯の光を反射して、少しだけ寂しそうに潤んでいた。


「あの子、タカシさんがどれだけ話しかけても、絶対に泣かなかったじゃないですか」

ジュンは静かに、深く頷いた。「うん」


「あれ、強いから泣かないんじゃないんです。自分がここで泣いちゃったら、もっと周りの大人を困らせちゃう、めんどくさい子になっちゃうって……そう思って、必死に我慢してる顔だったんです。だから」


ミノリは紙コップを強く握りしめた。

「だから、ただ、怖かったねって。それだけ言ってあげたかったんです」



夜風が、定食屋の店先に吊るされた藍色の暖簾を、パタパタと優しく揺らした。


ジュンは少しだけ考えるように、雲が流れて星が見え始めた夜空を見上げ、それから、いつも通りの穏やかで低い声で言った。


「でもさ……今のミノリちゃんは、ちゃんと自分の言葉で、誰かを安心させられる大人になってるじゃない」


ミノリは、思いがけない言葉をかけられたように、丸い目をさらに丸くしてジュンを見上げた。

「……そうですかね。私は、ただあの子の隣に座っただけで」


「それが一番難しいんだよ」

ジュンは壁から背を離し、ミノリの頭を優しく、ぽんぽんと一度だけ叩いた。

「大人はみんな、上からアドバイスをしたり、あやすためにモノを釣ったりしたがる。タカシみたいにね。……でも、何も言わずに、ただ同じ目線で隣に座ってくれる人って、人生の中で案外、すごく少ないから」


その言葉に、ミノリは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、少しだけ照れ臭そうに、でも、とても嬉しそうに微笑んだ。


表で思いっきり大声を張り上げて、その圧倒的なエネルギーで世界を強引に明るくするタカシ。

後ろの、誰の目にも留まらない影のような場所から、静かに寄り添い、支えてくれるジュン。


そして、昔は自分の気持ちを押し殺す“困らせない子”だったミノリもまた、この街での日々を通じて、誰かの不安の隣に、そっと座ってあげられる優しい大人になり始めていた。


商店街の夜は、どこまでも静かだった。

雨上がりの、まだ少し濡れたアスファルトが、オレンジ色の街灯をぼんやりと滲むように映し出している。

その優しい光に照らされながら、今日も誰かの「不格好な途中」が、それぞれの家へと、ゆっくりと歩みを進めていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ