『間に合うから走れ』前編
どんよりとした曇り空の冬の朝。
駅前のバスロータリーの片隅で、受験生らしき高校生の女の子が、泣きそうな顔でスマホの画面と時刻表を交互に見つめていた。
その子は、推薦入試の会場へ向かうための乗り継ぎバスを待っていた。しかし、電車の遅延のせいで、目当てのバスの発車時刻まであとわずか三十秒。ロータリーの向こうでは、すでに目的のバスがドアを閉め、ゆっくりと発車しようとタイヤを動かし始めている。
「うそ……終わった……」
女の子はその場にへたり込みそうになりながら、絶望に顔を歪めた。これに乗れなければ、試験の開始時刻には絶対に間に合わない。彼女のこれまでの努力が、理不尽な電車の遅延ひとつで、すべて泡と消えようとしていた。
そこへ、コンビニの袋を下げたタカシと、アカネが通りかかった。
「ん? どしたの、お嬢ちゃん」
タカシが大きな体を折り曲げて覗き込む。女の子が涙目で「バスが……もう行っちゃって……受験に間に合わないんです……」と事情を説明すると、タカシはうーんと腕を組んだ。
誰が見ても「無理」な状況だった。バスはすでにロータリーの出口へ向かって加速している。追いつけるわけがない。
しかし、タカシはなぜか、力強く拳を握りしめて断言した。
「いや、行け」
「え……?」
「とりあえず行け! 間に合うから!」
「でも、もうドア閉まって動いてます!」
「いいから走れえええええ!!!」
タカシのあまりのド迫力と声量に気圧され、女の子は訳も分からないまま、涙を拭ってカバンを抱え、猛然と走り出した。
その背中を見送りながら、隣にいたアカネが、引き攣った顔でタカシの胸ぐらを掴みかけた。
「ちょっとタカシさん!! なんであんな無責任で適当なこと言うんですか!? 追いつけるわけないじゃないですか、かわいそうに!」
「知らん!」
タカシは胸を張って、堂々と言い放った。
「知らん!?」
「だってよ、あそこで諦めたらゼロだろ? 走ったら、なんか、こう、ミラクルが起きるかもしれんじゃん!」
「起きるわけないでしょ! 最低です!」
アカネは怒り狂った。けれど、その数秒後。
二人の目の前で、本当に「ミラクル」が起きた。
ロータリーの出口へ向かっていたはずのバスが、なぜか急にハザードランプを点滅させ、不自然な場所で完全に急停車したのだ。それどころか、開くはずのない前方のドアが、プシューと音を立てて再び開いた。
「あ……乗れた……」
アカネが呆然と口を開ける。女の子は滑り込むようにバスに乗り込み、車内からタカシたちに向けて、何度も何度も深々とお辞儀をしていた。
「ほらな!! 俺の言った通りだろ!!」
タカシは腰に手を当ててガハハと高笑いしている。
「ええ……!? なんで……なんで分かったんですか……?」
アカネは、この身勝手な大男が、実は何か恐ろしい予知能力でも持っているのではないかと、本気で鳥肌が立っていた。




