『家族と、天気』後編
アキラの制服の背中が商店街の角を曲がって見えなくなった後も、西部は一人、ラジオの修理を続けていた。細かいパーツをピンセットで慎重に組み込んでいく。
しばらくして、カツ、カツ、と気怠い足音が近づき、作業台の前に影が落ちた。
サトシだった。フードを被り、口元に煙草を咥えたまま、自販機に背を預けている。
「何やってんの」
「ラジオ。1940年代のゼニスだ」
「そっちじゃなくて」
サトシが顎で、アキラが去っていった方向を指す。
西部は髭に隠れた口元を小さく緩め、鼻で笑った。
「また家出未遂?」
「そんなところだろうな。小娘の意地っ張りは、うちの年代物より頑固だ」
「で、またお得意の、天気の話をしたの」
「した」
「相変わらず分かりにくいね、アンタは」
サトシがライターで煙草に火をつける。西部は肩をすくめ、エンジニアブーツのつま先をトントンと地面に打ち付けた。
「分かりやすく諭すのは、俺の柄じゃない。説教なら学校の教師に任せればいい」
サトシは紫煙を細く吐き出した。
「まあ、あの子が真っ直ぐ家に帰ったなら、それでいいんじゃない」
「だな」
また、静かな時間が流れる。
商店街を通り抜ける夕方の風が、古道具屋の店先に吊るされた古い真鍮のカウベルをチリンと小さく鳴らした。
やがて、サトシは何気ないトーンで、けれど確信を突くように低く聞いた。
「雨の日も、帰る理由になる?」
西部の手が、ぴたりと止まった。
ほんの一瞬。プロの職人としてはあり得ないほど、明確な静止だった。
西部はハットのつばを少しだけ押し上げ、丸眼鏡の奥の瞳で、手元の壊れたラジオを見つめた。
「なるな」
低く、湿り気を帯びた声だった。
サトシはそれ以上、何も言わなかった。追及もしなければ、茶化すこともしない。
けれど、サトシはこの街の誰よりも、この「西部」という男の裏側を知っていた。
毎月一度、決まった日にだけこの店を閉めて、誰にも行き先を告げずに街を出ていくこと。
ウエスタンシャツの胸ポケットに入った、色あせたウニの革財布の中に、もう何年も前の、幼い女の子と女性が写った一枚の写真が大切に仕舞われていること。
そして。この男が、まだ「離婚していない」ということも。
西部は再びドライバーを握り、ラジオの最後のネジを締めながら、ぽつり、ぽつりと独白のように言葉をこぼした。
「晴れの日ばかり続くと、人間は空を見なくなる」
サトシは黙って、煙草を咥えたまま西部に視線を向ける。
「恵まれてる時は、それが当たり前だと思うからな。……雨の日の方が、人は立ち止まって、遠くの誰かを思い出す」
サトシはゆっくりと煙草を口元から離し、少しだけ苦笑した。
「それ、本人に直接言えば? 毎月の出張の時にさ」
西部もまた、自嘲気味に静かに笑った。
「四十過ぎた男が、今さらそんなキザなこと言えるかよ」
「言えないね」
「だろ」
二人はそれきり、小さく笑い合った。




