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「ちゃんとしなきゃ」と息を止めているあなたを、100%全肯定する深夜アパートの話  作者: チャラン・ポラン


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5話後編:『「しんどいなら、ぶつかりに行きなさいよ!」――自分の傷を武器にして、他人の親子の壁をぶち破る女』

「はぁ……なんか、イライラする」


深夜一時半。自販機で買った炭酸飲料の缶をローファーの先で軽く蹴るようにして、ミサキは夜の住宅街を歩いていた。隣には、「おいおい、足元危ねえって」と苦笑いしながらついてくるスウェット姿のタカシがいる。何に対して苛立っているのか、自分でもよく分かっていなかった。


そんな時だった。少し先の路地、街灯に照らされた一軒家の前で、奇妙な三人組が立ち尽くしているのが目に入った。サトシとジュン。そして二人の後ろに隠れるようにして、セーラー服姿のアキラが、フリーズして今にも泣き出しそうな顔でインターホンを見つめていた。


「あ、ちょうどいいの来た」

サトシが煙草の煙を吐き出しながら、ぼそりと呟く。


「ちょっとサトシ、ジュンさんも。……何よ、こんな時間に見つめ合って。そっちの子は?」

ミサキは腕を組み、鋭い視線をジュンの背後に隠れる少女へと向けた。


「……家出少女の、帰る理由探しの手伝い」

サトシが短く事情を説明する。家の前まで来たものの、怖気付いているのだという。

少女はミサキを見た瞬間、怯えたようにさらに身を縮めた。ミサキの持つ特有の「圧」は恐怖でしかなかった。


ミサキは、ふん、と鼻で息を荒くした。そして、一歩、また一歩と距離を詰めていく。

「はぁ!? 一人で抱え込むとかバカなの!?」


ドスの利いたミサキの声が路地に響く。アキラは完全にビビって、ギュッと目を瞑った。

「……そういうの、一番しんどいじゃん」


――え?

アキラが恐る恐る目を開けると、そこには、今にも泣き出しそうな顔で自分を見つめるミサキがいた。瞳には痛いほどの共感と、やり場のない怒りが混ざり合っている。

ミサキは、目の前のアキラに「昔の自分」を痛烈に重ねていた。サトシへの歪んだ執着で、自分の感情の行き場を失い、誰にも頼れず、一人でボロボロになって壊れかけていたあの頃の自分。

だからこそ、絶対に放っておけなかった。

「傷つきたくないからって、逃げ道ばっかり探してんじゃないわよ。しんどいなら、しんどいって、ぶつかりに行きなさいよ!」


ジュンがじっと「待つ」ことで避難所を作る女なら、今のミサキは感情の濁流で壁を「押し切る」女だった。

「よし! 行くよ!」

「あ、えっ、ちょっと……っ!?」

ミサキはアキラの細い手首をガシッと掴むと、拒絶する隙すら与えずに門扉をくぐり、そのままの勢いでインターホンのボタンを強く押し込んだ。


ピンポーン、と電子音が鳴り響く。

アキラは完全にパニックになり、タカシも「ミ、ミサキ!?」と慌てて止めに入ろうとする。

だが、次の瞬間。ガチャリ、と勢いよく玄関のドアが開いた。そこに立っていたのは、やつれた顔をした母親だった。アキラの顔を見た瞬間、母親は息を呑んだ。


そしてミサキは、出てきた母親に向かってすら容赦なく言葉を叩きつけた。

「アンタもさぁ! 心配なら心配だって、ちゃんと言いなさいよ! 意地張って変なプライド守ってるから、この子が帰れなくなってんじゃん!」

タカシが声を裏返してミサキの肩を掴む。


けれど、ミサキのその言葉は、母親の頑なだった心の結界をも粉砕した。

「……っ、ごめんね……!」

母親はミサキに言い返すこともせず、ただひざまずくようにして娘の身体を思い切り抱きしめた。

「ごめんね、アキラ……! お母さんが悪かった、ごめんね……っ!」

「お母さん……っ、私、私もごめんなさい……!」

夜の玄関先で、崩れ落ちるように抱き合い、声を上げて泣きじゃくる親子。

ミサキはそれを見届けると、フイッと顔を背けて、アキラの手首をそっと離した。その乱暴な介入がなければ、きっとこの二人は今夜、お互いの意地と恐怖のせいで、一生交わらない平行線をたどっていたはずだった。


帰り道。

「……ミサキ、今日めちゃくちゃだったな」と苦笑いするタカシ。

「うるさい。アンタに言われたくないわよ」とぶっきらぼうに返すミサキの目元は、街灯の光に濡れて少し赤くなっていた。


少し前を歩いていたジュンが、立ち止まって振り返り、ミサキの顔を見て静かに微笑んだ。

「でも、ありがとうミサキちゃん。私じゃ、きっとあそこまで強引に背中を押してあげられなかったから」


サトシは夜空を見上げながら呟く。

「街ってさ、色んなタイプの奴がいた方がいいよね」


静かに誰かの逃げ道を用意する、サトシとジュン。

不格好に、でも圧倒的な感情の熱量で誰かの壁を打ち破る、タカシとミサキ。

どちらが正しいわけでもない。ただ、その両方の「愛し方」があるからこそ、この街のエデンは、どんな迷子も見落とさずにすくい上げることができる。


それぞれの足音が、静かな夜の街に心地よく響き渡っていた。

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