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宴の終わり、次の話

 それからしばらくして、宴も終わりに近づいていた。


 卓に並んでいた料理は随分と減り、広間のあちこちで続いていた会話も、少しずつ落ち着き始めている。


 麗華(れいか)は相変わらず水の杯を両手で持ち、白亜(はくあ)のそばで何やら話していた。


 そのとき、広間の正面から冥利(みょうり)の声が響く。


「皆、少しよいか」


 それまで思い思いに話していた者たちが口を閉じ、正面へ顔を向けた。


 冥利は集まった面々を見渡す。


「本日の武闘会、そして今宵の宴まで、皆ご苦労だった。これをもって、今回の異文化交流は一区切りとする」


 広間の空気がわずかに改まる。


「遠方から来た者も多い。明日は一日、ゆっくり休むがよい。帰国の支度は明後日から始めればよいだろう」


 各国の者たちが頷く。


 明羽(めいう)も朱雀から来た一行へ目を向けた。


 兄たちが白虎へ到着したのは、つい先日のことのように感じる。それでも武闘会が終わった以上、やがて朱雀へ帰っていくのだ。


「それから、もう一つ」


 冥利が続けた。


「今回の異文化交流は白虎が受け持った。次は青龍の番だったな」


「はい」


 答えたのは青嵐だった。


「王太子よ、青龍では何をするか、もう決まっているのか?」


「まだ正式には決まっておりません。ですが、父が案の一つとして考えているのは――」


 青嵐(せいらん)はいつもと変わらない落ち着いた声で続ける。


「招待した皆様に、七日間、青龍の自然の中で暮らしていただくことです」


「…………」


 広間が静まり返った。


 明羽は一度瞬きをする。


「……暮らすだと?」


 聞き返した冥利に、青嵐は頷いた。


「はい」


「それは、どういう意味だ?」


「山や川のある場所で七日間過ごしていただきます。食料や寝床も、基本的には自分たちで用意してもらうそうです」


「…………」


 明羽が周囲を見ると、いつもならこうした場でも柔らかな笑みを浮かべている理斗まで、珍しく笑みを消していた。


 少し離れたところにいた景虎が、青嵐を見る。


「待て」


「何だ」


「それ、ただの野営じゃねえのか?」


「そうとも言うかもしれない」


「言うかもしれないじゃねえだろ」


 青嵐は特に気にした様子もない。


「父としては、青龍の自然を知るには、実際にそこで暮らすのが一番だと考えているようだ」


「だからって七日も放り出すのかよ」


「まだ決まったわけではない」


「案に出てる時点でおかしいだろ」


 水の杯を持った麗華は、先ほどまでの酔った様子を忘れたように青嵐を見ていた。


「青嵐殿下……ボク、それ聞いてないんだけど……」


「僕も白虎へ向かう直前に聞いた」


「そんな大事なこと、もっと早く教えてよ……」


「まだ決定ではない」


「決定しないでほしい……」


 麗華が弱々しく呟いた。


 明羽は以前、深仙(みせん)から聞いた青龍の話を思い出した。


 山や川に囲まれ、自然に恵まれた国。


 だが、その中で七日間、自分たちで食べ物や寝床を用意して暮らすとなれば、随分と話が違ってくる。


「……面白いではないか」


 意外な声が上がった。


 冥利だった。


「親父、本気かよ」


「何だ。お前は嫌なのか?」


「そうは言ってねえけどよ」


「白虎の兵なら野営など珍しくもない。青龍の山河の中で七日間過ごすというのも、悪くはあるまい」


 冥利はむしろ楽しそうだった。


「国が違えば、山の歩き方も食料の得方も違うだろう。それを身をもって知るというなら、異文化交流としても面白い」


「陛下……参加するのは兵とは限らないのですが」


 理斗が口を開いた。


「分かっておる」


「左様でございますか」


 理斗(りと)の笑みはまだ戻っていなかった。


 冥利は気にした様子もなく、青嵐へ顔を向ける。


「正式に決まったら知らせてくれ。楽しみにしておこう」


「承知しました」


 青嵐が一礼する。


 その言葉を聞いて、麗華がさらに項垂れた。


「父上まで乗り気になった……」


「まだ決まったわけじゃねえだろ」


「景虎兄上、それ全然安心できないよ……」


 景虎は答えず、面倒そうに頭を掻いた。


 冥利はそんな二人を横目にしながら、改めて広間を見渡す。


「では、今宵はここまでとする。皆、よく休め」


 その言葉を最後に宴は終わり、各国の者たちは挨拶を交わしながら大広間を出ていく。明羽も緋乃(ひの)を伴って人の流れに続いた。


 ◇


「明羽」


 大広間を出たところで、後ろから呼び止められた。振り返ると、翔義(しょうぎ)がこちらへ歩いてくる。


「兄上」


「少しいいか?」


「はい」


 明羽は足を止めた。


 宴の途中でも翔義は何か話そうとしていたが、結局、用件を聞かないまま別れてしまっている。


「先ほどは何のお話だったのでしょう?」


「明日のことだ」


「明日?」


「ああ。昼は空いているか?」


 明羽は少し考える。


「特に予定はございません」


「なら、空けておけ」


「何かございますか?」


「朱雀の者だけで、少し時間を取ろうと思っている」


「朱雀の皆様と?」


「ああ。武闘会も終わった。せっかく皆で白虎まで来たんだ。帰る前に、朱雀の者だけでゆっくり過ごす時間があってもいいだろう」


 明羽は思わず頬を緩めた。


「それは楽しみです」


「そうか」


「茜(あかね)殿たちもいらっしゃるのですか?」


「ああ。来られる者には声を掛けるつもりだ」


「緋乃もご一緒してよろしいのでしょうか?」


「当然だろう」


 明羽は後ろを振り返る。


「よかったですね、緋乃」


「はい」


 緋乃も静かに一礼した。


「明日の昼だ。詳しいことは朝に知らせる」


「分かりました」


 翔義は頷く。


「では、俺は戻る」


「はい。おやすみなさいませ、兄上」


「ああ。お前も早く休め」


「分かっております」


 翔義はそれ以上何も言わず、朱雀の者たちが向かった方へ歩いていく。


 明羽はその背中をしばらく見送ったあと、緋乃とともに客殿へ向かって歩き出した。


 数歩進んだところで、明羽は後ろを歩く緋乃を振り返った。


「緋乃」


「何でございますか?」


「次の異文化交流のことですが」


「はい」


「絵巻物は持ち込めるのでしょうか?」


「…………」


 緋乃が足を止めた。


「七日間もございますよ?」


「まず気になさるところが、そこでございますか?」


「いつも申し上げておりますが、これは大切なことです」


「そうでしょうか」


「そうです」


 もし青龍王の案が採用されれば、七日間も自然の中で過ごすことになる。食べ物も寝る場所も、自分たちで用意しなければならない。


「七日間も絵巻物を読めない方が、困ります」


「殿下……」


 緋乃の深いため息が、夜の回廊に響いた。

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