武闘会
本話から武道会が始まります。
各国の武人や、次期後継者たちが熱い戦いを繰り広げますので、最後までご覧いただけますと幸いです。
翌朝。
帝都・銀嶺府の武道館には、各国の要人が一堂に会していた。
中央には広々とした試合場が設けられ、その四方には朱雀、白虎、青龍、玄武の旗が掲げられている。観覧席には各国から訪れた者たちが席につき、その後方では随行者や白虎の役人、警備の兵たちが控えていた。
明羽も、その一角に席を与えられている。
近くには、人質として他国へ預けられている深仙、麗華、渚の姿があった。
そこから少し離れたところには、今日の特別試合へ出場する四人もいる。
兄の翔義、景虎、理斗、そして――青嵐。
明羽の目が、青嵐の姿で止まった。
『僕は、あなたが好きだ』
昨夜、神前で告げられた言葉が蘇る。
「…………」
明羽はすぐに試合場へ目を戻した。
今日は武闘会なのだ。
緋乃が戦う姿を見られるだけでなく、昨夜になって翔義まで特別試合へ出ることが決まった。昨日までは、今日の武闘会を楽しみにしていたはずだった。
けれど今朝は、昨夜の青嵐の言葉が何度も頭をよぎり、どうにも落ち着かなかった。
明羽は余計なことを考えまいと、正面の試合場へ意識を向ける。
「ねぇ、明羽」
「はい?」
隣から声を掛けてきたのは麗華だった。
「今日、何か変じゃない?」
「そうでしょうか?」
「うん。なんか、そわそわしてる」
「何か……気になることでもございましたか?」
深仙も反対側から覗き込んでくる。
「いいえ。何もございませんよ」
「じゃあ、緊張してるとか?」
「私が戦うわけではございません」
「それもそうだね」
麗華はあっさり納得すると、すぐに試合場へ顔を戻した。
明羽も何事もなかったように正面へ向き直る。
やがて、武道館を満たしていた話し声が静まっていった。
正面上段には、帝政白虎皇帝・白牙冥利が座している。その近くには蘭や霞、征吾ら白虎の皇族も席についていた。
冥利がゆっくりと立ち上がる。
「これより、四国交流の武闘会を執り行う」
よく通る声が武道館に響いた。
「ここで競うのは互いの武だ。勝敗は決めるが、これは戦ではない。相手を殺めることは許さん」
冥利は会場を見渡し、続ける。
「だが、手加減も無用だ。各々が持つ力を、存分に振るえ」
僅かに間を置いた。
「武闘会、開幕だ!」
その宣言とともに、武道館が大きく沸いた。
ほどなくして、第一試合の出場者が呼ばれる。
四方に設けられた入口から、それぞれ武器を携えた武人が姿を現した。
朱雀皇国から出場するのは、南條茜。
緋乃の母にして、朱雀皇国の大納言を務める女性だ。普段の官人としての装いとは異なり、今日は動きやすい武装に身を包み、自らの背丈を大きく超える木製の長槍を携えている。
白虎の武将は、茜より頭一つ大きな男だった。厚い胸板に太い腕。その手に握られた木槍も、男の体格に見合って太い。
玄武の上級将校は、さらに大柄だった。武器は両手で扱う太い木製の棍。
一方、青龍の将軍は茜とさほど変わらない体格だった。手にしているのは木刀一本。静かに構えたまま、他の三人の動きを窺っている。
四人の左胸には、それぞれ白い皿が固定されていた。
「皆、武器が違うのですね」
明羽が小さく呟く。
「ええ。国によって戦い方にも違いはございますし、武人それぞれ得意とする武器も違います。状況や場所によって持ち替えることもあるでしょう。現に私も……」
緋乃はそう言って、腰に差した剣の柄へ僅かに触れた。
「なるほど」
明羽は納得したように頷いた。
審判を務める白虎の武官が試合場へ進み、四人を順に確認した。
武道館が静まる。
「第一試合――始め!」
最初に仕掛けたのは白虎の武将だった。
地面を強く蹴り、茜との距離を一気に詰める。狙い澄ました木槍が、真っ直ぐ左胸の皿へ伸びた。
速い。だが、茜は慌てない。半歩だけ身体をずらすと、長槍の柄を相手の槍へ添えた。木同士が擦れ、穂先が僅かに逸れて胸元の脇を抜けていく。
反撃へ移ろうとした茜の横から、玄武の上級将校が踏み込んだ。
太い棍が高々と上がり、左肩口へ向かって斜めに振り下ろされる。
茜は長槍を横にした。
ガンッ、と武道館に重い音が響く。
槍の柄が大きくしなっている。
体格も力も、玄武の男が上だろう。棍を押し込まれた茜の足が一歩、さらに一歩と下がる。
それでも、崩れない。
茜は押し返そうとはせず、受けていた槍を僅かに傾けた。それまで正面から掛かっていた力が横へ逃げ、支えを失った玄武の男が前へ流れる。
「っ!」
茜は槍を引き、返した石突を鋭く跳ね上げる。男が胸を庇おうと腕を動かすと、茜はその動きを見て石突を止めた。
次いで槍を滑らせるように突き出す。
腕の内側に生まれた隙を抜け、木製の穂先が左胸へ届いた。
乾いた音とともに白い皿が砕ける。
「玄武、敗退!」
審判の声が響き、観覧席から歓声が上がった。
「お見事です……!」
明羽が目を輝かせる。
その隣では、深仙も青龍の将軍から目を離さず、試合の行方を見守っていた。
「殿下、まだ一人です」
緋乃は冷静だった。
茜が玄武を退けた隙を、白虎の武将も見逃してはいない。
敗退した男の陰を利用して回り込み、木槍を横薙ぎに振るった。
茜は素早く身を沈める。槍が頭上を通り過ぎると同時に懐へ踏み込み、長槍を握る手を滑らせた。
長い武器を、一瞬で短く持ち替える。
「なっ――!?」
白虎の武将が槍を戻すより早く、茜は自らの槍の柄をその下へ差し込み、強く跳ね上げた。
白虎の槍が浮き、左胸が開いた。
茜は相手の脇をすり抜けながら槍を滑らせ、木製の穂先を皿へ突き込む。
「白虎、敗退!」
「やりました! 二人目です!」
明羽の声が弾んだ。
残るは茜と、青龍の将軍。
青龍の将軍は、ここまでほとんど攻めていない。僅かに距離を取り、三人の動きを見続けていた。
茜が白虎の武将を倒した直後、初めて大きく踏み込む。
「母上――」
緋乃の声が低くなった。
速い。
白虎への一撃を終えた茜の重心は、まだ前に残っている。その左後方へ、青龍の将軍が滑り込んだ。
木刀が茜の左胸へ迫る。
茜も気づいている。だが、振り返って長槍を構え直していては間に合わない。
柄尻を握ったまま長槍を返し、穂先を左後方へ突き出した。
木刀が皿へ触れる寸前、茜が上体を捻った。
カッ、と硬い音が響く。
木刀の先が白い皿の縁を掠めた。
だが、割れてはいない。
ほぼ同時に、後方へ突き出された茜の穂先が青龍の左胸を捉えた。
乾いた音が響き、青龍の将軍の皿が砕けた。
武道館がどよめく。
審判がまず青龍の皿を確認し、続いて茜の左胸へ目を向けた。
縁には木刀が当たった跡が残っている。それでも、皿は形を保っていた。
「青龍、敗退! 第一試合――朱雀の勝利!」
朱雀側の観覧席から、ひときわ大きな歓声が上がった。
「緋乃! 茜殿が勝ちましたよ!」
明羽が緋乃に向かって、嬉しそうに言った。
「はい。あと僅かに木刀が内側へ入っていれば、母上の皿も割れていたでしょう」
緋乃は茜の左胸に残る皿を見つめていた。
試合場では、茜と青龍の将軍が互いに一礼している。
茜の表情は、いつもと変わらなかった。
遠くまで見通せる明羽の目でも、茜の胸の内までは見通せない。
長槍を手にした茜は、そのまま静かに試合場を下りていった。
「茜殿、本当にお強いですね」
「母上は、大納言の中でも特に武を得意としておりますので」
「では、緋乃がお強いのも、茜殿譲りなのでしょうか?」
「……その言葉は、母上の前では仰らない方がよろしいかと」
「なぜです?」
「鍛錬で身につけたものだ、と返されますので」
「まあ」
いかにも茜らしい答えだ。
明羽は小さく笑いながら、試合場を下りていく茜の背を見送った。
◇
第一試合の余韻が収まった頃、第二試合の出場者が姿を現した。
朱雀からは、茜とともに白虎へ来たもう一人の大納言。
白虎からは別の武将、玄武からは二人目の上級将校、青龍からも別の将軍が出場する。
先ほどと違い、玄武の上級将校が携えているのは木製の大斧だった。大きな刃を模した部分は厚く、長い柄と合わせるとかなりの重量がありそうに見える。
深仙は第一試合と同じく青龍の将軍へ目を向け、麗華も白虎の武将をじっと見ている。
その一方で、渚はどこか退屈そうだった。
試合場を眺めてはいるものの、二人のように熱心に応援している様子はない。
審判が腕を上げた。
「第二試合――始め!」
四人が動いた。
真っ先に中央へ出たのは朱雀の大納言だった。木刀を構え、玄武の上級将校へ向かう。
玄武も大斧を構えて迎え撃つ。
二人が打ち合う――その直前だった。
白虎と青龍も動いた。
「三人とも……」
明羽が目を見開いた。
正面から玄武の大斧。右から白虎の槍。左から青龍の木刀。
ほとんど間を置かず、三方向から攻撃が重なった。
朱雀の大納言は木刀で大斧の柄を受け流し、続く槍を身体を捻ってかわす。
しかし、三つ目までは捌き切れない。
青龍の木刀が左胸を捉えた。
皿が砕ける。
「朱雀、敗退!」
審判の声が響く中、明羽は目を見開いたまま試合場を見つめた。
「まるで、三人で一斉に狙ったようでしたね」
「恐らく、三人とも同じ機を見たのでしょう」
「機を?」
「はい。あの方を一人で相手にするより、誰かが仕掛けたところへ攻撃を重ねた方が確実です。三人とも、かなり警戒していたのでしょう」
「敵同士なのに、息が合うものなのですね」
「各国を代表して出ている方々ですから。そのくらいはできるのでしょう」
もっとも、同じ相手を狙ったのはそこまでだった。
朱雀の大納言が離れるや否や、玄武の上級将校は大斧を白虎へ向けた。
白虎の武将が槍で受ける。
ガンッ!
力では玄武が上らしい。白虎の武将が押され、足を下げる。
さらに玄武が踏み込んだところへ、青龍の将軍が背後から迫った。
玄武の男が気配に気づいて振り返った時には、木刀の先が左胸へ届いていた。
皿が砕ける。
「玄武、敗退!」
残るのは白虎と青龍。
白虎の武将が槍を構え直し、青龍の将軍も木刀を正面へ向ける。
先に動いた白虎が鋭い突きを放った。
青龍は半歩だけ横へずれ、穂先をかわす。
すぐに槍が返された。
横薙ぎの一撃を身を沈めて避けた青龍の将軍は、そのまま間合いの内側へ踏み込む。
白虎も素早く槍を引き戻し、柄で木刀を受け止めた。
カンッ、と硬い音が響く。
押し合えば、白虎が強い。
太い柄で押し返し、青龍を槍の間合いまで戻そうとする。
青龍の将軍はそれに張り合わず、不意に力を抜いた。
押し返そうとしていた白虎の身体が僅かに前へ流れ、青龍がその脇をすり抜ける。
白虎が振り向いた時には、木刀が左胸を捉え、皿が砕けていた。
「白虎、敗退! 第二試合――青龍の勝利!」
青龍側から歓声が上がった。
深仙の口元も、嬉しそうに緩んでいる。
「強いねえ、青龍」
麗華が感心したように言った。
「青龍の武人は、個人の戦いでは四国でも特に強いと聞いております」
緋乃が答える。
「そうなのですか?」
「はい。青龍の国土は険しい山や谷が多く、大軍を展開するのに適しておりません。そのため、少人数での戦いや、個々の武人の技量が重んじられてきたのでしょう」
「なるほど」
「ただし、兵の数そのものは多くありません。白虎や玄武のように、多くの兵をまとめて動かす戦いとは事情が異なります」
明羽は改めて試合場へ目を向けた。
「兄様も……とても強いです」
深仙が誇らしそうに言った。
「そうなのですか?」
「はい……」
その言葉につられ、明羽は特別試合の出場者たちがいる方へ目を向けた。
青嵐も試合場を見ている。
視線が重なりそうになり、明羽はそっと正面へ戻した。
「殿下」
「何でしょう?」
「そろそろ第三試合でございます」
緋乃がそう言ったところで、白虎の役人がこちらへ歩いてきた。
「南條様」
「はい」
「第三試合の準備をお願いいたします」
「承知しました」
緋乃が立ち上がる。
「いよいよですね」
「はい」
「頑張ってください。それと、怪我はなるべくなさらないでくださいね」
「昨日、私が申し上げた言葉を覚えておられますか?」
「怪我をしないとは限らない、でしょう?」
「覚えていらっしゃるではありませんか」
「ですから、なるべくです」
緋乃が僅かに息を吐いた。
「善処いたします」
「それから、勝ってください」
「……注文が多いですね」
「緋乃なら大丈夫です」
明羽は迷いなく言った。
緋乃はしばらく主人の顔を見つめ、小さく一礼する。
「では、行って参ります」
「はい。応援しております」
緋乃が役人とともに離れていった。
その後ろ姿を見送っていると、入れ替わるように一人の女性がやって来る。
「明羽殿下」
「茜殿」
第一試合を終えた茜だった。
先ほどまで激しく戦っていたとは思えないほど、いつも通りの顔をしている。
「緋乃が戻るまで、私が護衛を務めます」
「ありがとうございます」
茜は明羽の後ろへ控えた。
「先ほどの試合、お見事でした」
「ありがとうございます」
「お戻りになっても、普段とまるで変わりませんね」
「そうでしょうか」
「はい。私なら、しばらく興奮してしまいそうです」
「もう終わった試合ですので」
「……茜殿らしいですね」
明羽が小さく笑う。
ほどなくして第三試合の準備が整い、白虎、青龍、玄武の武人が順に試合場へ姿を現した。
最後に朱雀側の入口から、一人の少女が現れる。
「ふふっ。来ましたね」
明羽が嬉しそうに言った。
姿を見せた少女の両手には一本ずつ、木製の薙刀が握られている。
顔を覆う面には、吊り上がった目、牙を覗かせる大きく歪んだ口。そして額からは、二本の角が伸びていた。
朱雀側の入口に立っていたのは――濃い紅色の般若だった。
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