↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/30

武闘会

本話から武道会が始まります。

各国の武人や、次期後継者たちが熱い戦いを繰り広げますので、最後までご覧いただけますと幸いです。


 翌朝。


 帝都・銀嶺府(ぎんれいふ)の武道館には、各国の要人が一堂に会していた。


 中央には広々とした試合場が設けられ、その四方には朱雀、白虎、青龍、玄武の旗が掲げられている。観覧席には各国から訪れた者たちが席につき、その後方では随行者や白虎の役人、警備の兵たちが控えていた。


 明羽(めいう)も、その一角に席を与えられている。


 近くには、人質として他国へ預けられている深仙(みせん)、麗華(れいか)、渚(なぎさ)の姿があった。


 そこから少し離れたところには、今日の特別試合へ出場する四人もいる。


 兄の翔義(しょうぎ)、景虎(かげとら)、理斗(りと)、そして――青嵐(せいらん)。


 明羽の目が、青嵐の姿で止まった。


『僕は、あなたが好きだ』


 昨夜、神前で告げられた言葉が蘇る。


「…………」


 明羽はすぐに試合場へ目を戻した。


 今日は武闘会なのだ。


 緋乃が戦う姿を見られるだけでなく、昨夜になって翔義まで特別試合へ出ることが決まった。昨日までは、今日の武闘会を楽しみにしていたはずだった。


 けれど今朝は、昨夜の青嵐の言葉が何度も頭をよぎり、どうにも落ち着かなかった。


 明羽は余計なことを考えまいと、正面の試合場へ意識を向ける。


「ねぇ、明羽」


「はい?」


 隣から声を掛けてきたのは麗華だった。


「今日、何か変じゃない?」


「そうでしょうか?」


「うん。なんか、そわそわしてる」


「何か……気になることでもございましたか?」


 深仙も反対側から覗き込んでくる。


「いいえ。何もございませんよ」


「じゃあ、緊張してるとか?」


「私が戦うわけではございません」


「それもそうだね」


 麗華はあっさり納得すると、すぐに試合場へ顔を戻した。


 明羽も何事もなかったように正面へ向き直る。


 やがて、武道館を満たしていた話し声が静まっていった。


 正面上段には、帝政白虎皇帝・白牙(びゃくが)冥利(みょうり)が座している。その近くには蘭(らん)や霞(かすみ)、征吾(せいご)ら白虎の皇族も席についていた。


 冥利がゆっくりと立ち上がる。


「これより、四国交流の武闘会を執り行う」


 よく通る声が武道館に響いた。


「ここで競うのは互いの武だ。勝敗は決めるが、これは戦ではない。相手を殺めることは許さん」


 冥利は会場を見渡し、続ける。


「だが、手加減も無用だ。各々が持つ力を、存分に振るえ」


 僅かに間を置いた。


「武闘会、開幕だ!」


 その宣言とともに、武道館が大きく沸いた。


 ほどなくして、第一試合の出場者が呼ばれる。


 四方に設けられた入口から、それぞれ武器を携えた武人が姿を現した。


 朱雀皇国から出場するのは、南條(なんじょう)茜(あかね)。


 緋乃の母にして、朱雀皇国の大納言を務める女性だ。普段の官人としての装いとは異なり、今日は動きやすい武装に身を包み、自らの背丈を大きく超える木製の長槍を携えている。


 白虎の武将は、茜より頭一つ大きな男だった。厚い胸板に太い腕。その手に握られた木槍も、男の体格に見合って太い。


 玄武の上級将校は、さらに大柄だった。武器は両手で扱う太い木製の棍。


 一方、青龍の将軍は茜とさほど変わらない体格だった。手にしているのは木刀一本。静かに構えたまま、他の三人の動きを窺っている。


 四人の左胸には、それぞれ白い皿が固定されていた。


「皆、武器が違うのですね」


 明羽が小さく呟く。


「ええ。国によって戦い方にも違いはございますし、武人それぞれ得意とする武器も違います。状況や場所によって持ち替えることもあるでしょう。現に私も……」


 緋乃はそう言って、腰に差した剣の柄へ僅かに触れた。


「なるほど」


 明羽は納得したように頷いた。


 審判を務める白虎の武官が試合場へ進み、四人を順に確認した。


 武道館が静まる。


「第一試合――始め!」


 最初に仕掛けたのは白虎の武将だった。


 地面を強く蹴り、茜との距離を一気に詰める。狙い澄ました木槍が、真っ直ぐ左胸の皿へ伸びた。


 速い。だが、茜は慌てない。半歩だけ身体をずらすと、長槍の柄を相手の槍へ添えた。木同士が擦れ、穂先が僅かに逸れて胸元の脇を抜けていく。


 反撃へ移ろうとした茜の横から、玄武の上級将校が踏み込んだ。


 太い棍が高々と上がり、左肩口へ向かって斜めに振り下ろされる。


 茜は長槍を横にした。


 ガンッ、と武道館に重い音が響く。


 槍の柄が大きくしなっている。


 体格も力も、玄武の男が上だろう。棍を押し込まれた茜の足が一歩、さらに一歩と下がる。


 それでも、崩れない。


 茜は押し返そうとはせず、受けていた槍を僅かに傾けた。それまで正面から掛かっていた力が横へ逃げ、支えを失った玄武の男が前へ流れる。


「っ!」


 茜は槍を引き、返した石突を鋭く跳ね上げる。男が胸を庇おうと腕を動かすと、茜はその動きを見て石突を止めた。


 次いで槍を滑らせるように突き出す。


 腕の内側に生まれた隙を抜け、木製の穂先が左胸へ届いた。


 乾いた音とともに白い皿が砕ける。


「玄武、敗退!」


 審判の声が響き、観覧席から歓声が上がった。


「お見事です……!」


 明羽が目を輝かせる。


 その隣では、深仙も青龍の将軍から目を離さず、試合の行方を見守っていた。


「殿下、まだ一人です」


 緋乃は冷静だった。


 茜が玄武を退けた隙を、白虎の武将も見逃してはいない。


 敗退した男の陰を利用して回り込み、木槍を横薙ぎに振るった。


 茜は素早く身を沈める。槍が頭上を通り過ぎると同時に懐へ踏み込み、長槍を握る手を滑らせた。


 長い武器を、一瞬で短く持ち替える。


「なっ――!?」


 白虎の武将が槍を戻すより早く、茜は自らの槍の柄をその下へ差し込み、強く跳ね上げた。


 白虎の槍が浮き、左胸が開いた。


 茜は相手の脇をすり抜けながら槍を滑らせ、木製の穂先を皿へ突き込む。


「白虎、敗退!」


「やりました! 二人目です!」


 明羽の声が弾んだ。


 残るは茜と、青龍の将軍。


 青龍の将軍は、ここまでほとんど攻めていない。僅かに距離を取り、三人の動きを見続けていた。


 茜が白虎の武将を倒した直後、初めて大きく踏み込む。


「母上――」


 緋乃の声が低くなった。


 速い。


 白虎への一撃を終えた茜の重心は、まだ前に残っている。その左後方へ、青龍の将軍が滑り込んだ。


 木刀が茜の左胸へ迫る。


 茜も気づいている。だが、振り返って長槍を構え直していては間に合わない。


 柄尻を握ったまま長槍を返し、穂先を左後方へ突き出した。


 木刀が皿へ触れる寸前、茜が上体を捻った。


 カッ、と硬い音が響く。


 木刀の先が白い皿の縁を掠めた。


 だが、割れてはいない。


 ほぼ同時に、後方へ突き出された茜の穂先が青龍の左胸を捉えた。


 乾いた音が響き、青龍の将軍の皿が砕けた。


 武道館がどよめく。


 審判がまず青龍の皿を確認し、続いて茜の左胸へ目を向けた。


 縁には木刀が当たった跡が残っている。それでも、皿は形を保っていた。


「青龍、敗退! 第一試合――朱雀の勝利!」


 朱雀側の観覧席から、ひときわ大きな歓声が上がった。


「緋乃! 茜殿が勝ちましたよ!」


 明羽が緋乃に向かって、嬉しそうに言った。


「はい。あと僅かに木刀が内側へ入っていれば、母上の皿も割れていたでしょう」


 緋乃は茜の左胸に残る皿を見つめていた。


 試合場では、茜と青龍の将軍が互いに一礼している。


 茜の表情は、いつもと変わらなかった。


 遠くまで見通せる明羽の目でも、茜の胸の内までは見通せない。


 長槍を手にした茜は、そのまま静かに試合場を下りていった。


「茜殿、本当にお強いですね」


「母上は、大納言の中でも特に武を得意としておりますので」


「では、緋乃がお強いのも、茜殿譲りなのでしょうか?」


「……その言葉は、母上の前では仰らない方がよろしいかと」


「なぜです?」


「鍛錬で身につけたものだ、と返されますので」


「まあ」


 いかにも茜らしい答えだ。


 明羽は小さく笑いながら、試合場を下りていく茜の背を見送った。



 ◇



 第一試合の余韻が収まった頃、第二試合の出場者が姿を現した。


 朱雀からは、茜とともに白虎へ来たもう一人の大納言。


 白虎からは別の武将、玄武からは二人目の上級将校、青龍からも別の将軍が出場する。


 先ほどと違い、玄武の上級将校が携えているのは木製の大斧だった。大きな刃を模した部分は厚く、長い柄と合わせるとかなりの重量がありそうに見える。


 深仙は第一試合と同じく青龍の将軍へ目を向け、麗華も白虎の武将をじっと見ている。


 その一方で、渚はどこか退屈そうだった。


 試合場を眺めてはいるものの、二人のように熱心に応援している様子はない。


 審判が腕を上げた。


「第二試合――始め!」


 四人が動いた。


 真っ先に中央へ出たのは朱雀の大納言だった。木刀を構え、玄武の上級将校へ向かう。


 玄武も大斧を構えて迎え撃つ。


 二人が打ち合う――その直前だった。


 白虎と青龍も動いた。


「三人とも……」


 明羽が目を見開いた。


 正面から玄武の大斧。右から白虎の槍。左から青龍の木刀。


 ほとんど間を置かず、三方向から攻撃が重なった。


 朱雀の大納言は木刀で大斧の柄を受け流し、続く槍を身体を捻ってかわす。


 しかし、三つ目までは捌き切れない。


 青龍の木刀が左胸を捉えた。


 皿が砕ける。


「朱雀、敗退!」


 審判の声が響く中、明羽は目を見開いたまま試合場を見つめた。


「まるで、三人で一斉に狙ったようでしたね」


「恐らく、三人とも同じ機を見たのでしょう」


「機を?」


「はい。あの方を一人で相手にするより、誰かが仕掛けたところへ攻撃を重ねた方が確実です。三人とも、かなり警戒していたのでしょう」


「敵同士なのに、息が合うものなのですね」


「各国を代表して出ている方々ですから。そのくらいはできるのでしょう」


 もっとも、同じ相手を狙ったのはそこまでだった。


 朱雀の大納言が離れるや否や、玄武の上級将校は大斧を白虎へ向けた。


 白虎の武将が槍で受ける。


 ガンッ!


 力では玄武が上らしい。白虎の武将が押され、足を下げる。


 さらに玄武が踏み込んだところへ、青龍の将軍が背後から迫った。


 玄武の男が気配に気づいて振り返った時には、木刀の先が左胸へ届いていた。


 皿が砕ける。


「玄武、敗退!」


 残るのは白虎と青龍。


 白虎の武将が槍を構え直し、青龍の将軍も木刀を正面へ向ける。


 先に動いた白虎が鋭い突きを放った。


 青龍は半歩だけ横へずれ、穂先をかわす。


 すぐに槍が返された。


 横薙ぎの一撃を身を沈めて避けた青龍の将軍は、そのまま間合いの内側へ踏み込む。


 白虎も素早く槍を引き戻し、柄で木刀を受け止めた。


 カンッ、と硬い音が響く。


 押し合えば、白虎が強い。


 太い柄で押し返し、青龍を槍の間合いまで戻そうとする。


 青龍の将軍はそれに張り合わず、不意に力を抜いた。


 押し返そうとしていた白虎の身体が僅かに前へ流れ、青龍がその脇をすり抜ける。


 白虎が振り向いた時には、木刀が左胸を捉え、皿が砕けていた。


「白虎、敗退! 第二試合――青龍の勝利!」


 青龍側から歓声が上がった。


 深仙の口元も、嬉しそうに緩んでいる。


「強いねえ、青龍」


 麗華が感心したように言った。


「青龍の武人は、個人の戦いでは四国でも特に強いと聞いております」


 緋乃が答える。


「そうなのですか?」


「はい。青龍の国土は険しい山や谷が多く、大軍を展開するのに適しておりません。そのため、少人数での戦いや、個々の武人の技量が重んじられてきたのでしょう」


「なるほど」


「ただし、兵の数そのものは多くありません。白虎や玄武のように、多くの兵をまとめて動かす戦いとは事情が異なります」


 明羽は改めて試合場へ目を向けた。


「兄様も……とても強いです」


 深仙が誇らしそうに言った。


「そうなのですか?」


「はい……」


 その言葉につられ、明羽は特別試合の出場者たちがいる方へ目を向けた。


 青嵐も試合場を見ている。


 視線が重なりそうになり、明羽はそっと正面へ戻した。


「殿下」


「何でしょう?」


「そろそろ第三試合でございます」


 緋乃がそう言ったところで、白虎の役人がこちらへ歩いてきた。


「南條様」


「はい」


「第三試合の準備をお願いいたします」


「承知しました」


 緋乃が立ち上がる。


「いよいよですね」


「はい」


「頑張ってください。それと、怪我はなるべくなさらないでくださいね」


「昨日、私が申し上げた言葉を覚えておられますか?」


「怪我をしないとは限らない、でしょう?」


「覚えていらっしゃるではありませんか」


「ですから、なるべくです」


 緋乃が僅かに息を吐いた。


「善処いたします」


「それから、勝ってください」


「……注文が多いですね」


「緋乃なら大丈夫です」


 明羽は迷いなく言った。


 緋乃はしばらく主人の顔を見つめ、小さく一礼する。


「では、行って参ります」


「はい。応援しております」


 緋乃が役人とともに離れていった。


 その後ろ姿を見送っていると、入れ替わるように一人の女性がやって来る。


「明羽殿下」


「茜殿」


 第一試合を終えた茜だった。


 先ほどまで激しく戦っていたとは思えないほど、いつも通りの顔をしている。


「緋乃が戻るまで、私が護衛を務めます」


「ありがとうございます」


 茜は明羽の後ろへ控えた。


「先ほどの試合、お見事でした」


「ありがとうございます」


「お戻りになっても、普段とまるで変わりませんね」


「そうでしょうか」


「はい。私なら、しばらく興奮してしまいそうです」


「もう終わった試合ですので」


「……茜殿らしいですね」


 明羽が小さく笑う。


 ほどなくして第三試合の準備が整い、白虎、青龍、玄武の武人が順に試合場へ姿を現した。


 最後に朱雀側の入口から、一人の少女が現れる。


「ふふっ。来ましたね」


 明羽が嬉しそうに言った。


 姿を見せた少女の両手には一本ずつ、木製の薙刀が握られている。


 顔(・)を(・)覆(・)う(・)面(・)には、吊り上がった目、牙を覗かせる大きく歪んだ口。そして額からは、二本の角が伸びていた。


 朱雀側の入口に立っていたのは――濃い紅色の般若だった。

本作が気に入りましたら、ブックマークや評価をいただけますと幸いです。

作者のモチベーションが上がります。

また、ご感想や誤字脱字の報告も受け付けております。


次話以降も、どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。