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第2章 庭園で出会った運命とモフモフ(ルイス視点)


◆ 親睦パーティーと国王の意図



「ルイス第二王子、ぜひとも未来の妃候補を我が国で



見つけてお帰りください。両国の友好深める為にぜひとも!」



この国の国王陛下から直々に言われてしまったが、



俺は曖昧に笑うことしかできなかった。



父であるギルモア帝国の国王陛下からこの謎の親睦パーティー



に行くように頼まれてやってきたが、どうやら俺の



花嫁候補を探す意味合いが含まれていたらしい。



大国である我が国ギルモアからすれば、ここは数ある



小さな隣国の1つに過ぎない。



何かかけひきがあったのだろうが、父からは



『自由に楽しんでこい』としか言われていない。



嫁を見つけてこいなどとは一言も言われてはいない。



まあ、俺の結婚はすでに諦めているのかもしれないが。



必死なのはこちらの国だけということだ。



◆ ルイスの女性不信



だが、残念ながら期待に沿えることはないだろう。



国は違えど、結局、女は皆同じ。



表面ではにこにこ笑いながら腹の中では



鋭い凶器を振り回している。



そう痛感するできごとがいくつもあった。



信頼していた侍女に媚薬を盛られた。



俺を一方的に慕って付きまとっていた学友が



『わたくしと結婚してくださらなければ



今、ここで死にますわ!』と言って自殺未遂を起こした。



街で倒れていた女性を助けたら力任せに服を破かれ



空き家に連れ込まれそうになった。



本当に、女なんてろくなものじゃない。



◆ 庭園へ逃げ込むルイス



ダンスホールで群がってくる女性たちに



嫌気がさして、庭園まで抜け出してきた俺は、



良さそうな木陰を見つけて腰を下ろした。



ダンスホールでは散々な目にあった。



わずかな時間の間に何人もの女性が話しかけてきた。



中には体を擦り寄せてきて、あからさまな態度と



言葉で誘ってくる女性もいた。



次第に入り交じる香水と化粧品の匂いに気分が悪くなって、



引き止める令嬢たちを振り切った俺は



やっとの思いでここまで逃げてきた。



いい加減、うんざりする。



◆ 噂話とエレナの姿



木陰で休みながらぼんやりしていると



後ろから話し声が聞こえてきた。



身なりからして貴族であろう二人の男性が



ひそひそ声で噂話をしていた。



『フレデリク様があの変な男爵令嬢と



踊ってばかりいるせいで、ダンス会場にいるのが耐えられ



なくてこちらにいらっしゃるのだろうな。



エレナ様、お可哀想に…』




その男達の視線の先をたどると



美しい令嬢が中腰のまま茂みの中をじっと見つめていた。





◆ エレナの評価とフレデリクへの失望




彼女の名は、エレナ・ジョルモア侯爵令嬢。



名門貴族の生まれで確か、フレデリク王太子の婚約者だ。



あのぼんくら王太子を不安視する声も多いが、



エレナ嬢の存在がそれを払拭させていた。



知的な才女で語学も堪能。



妃教育も優秀な成績を残して終了したと聞いている。



冷徹に完璧に政務をこなす彼女。



スキャンダルには無縁で隙がない。



フレデリク王太子にとってまさしく命綱とも呼べる婚約者。



俺を含めてそれが彼女に対する周囲の評価だった。



噂話が本当ならば、フレデリク王太子は



やはりぼんくらな上に無能で間違いない。



おまけに女好きとは何とも救いようがない話だ。



容姿も並だし、話していても退屈きわまりない。



いや、驚いたな。



王太子という肩書以外に良いところが



1つもない男じゃないか。



いくら己の身の丈に合わないとはいえ、この出来すぎた



婚約者をないがしろにしながら、男爵令嬢と火遊びとは。



俺はエレナ嬢の横顔をじっと見つめた。



間違いなく美しい。



白く艶やかな肌に、ふわふわと緩いウェーブを



描き輝く金色の髪。



知的さと愛らしさを感じさせるエメラルドブルーの瞳。



どこか人形を思わせる程、整った容姿ゆえに



黙っていればやや冷たい印象を受けるかもしれなかった。



だが…笑顔はどうだ?



エレナ嬢の笑顔が、思い浮かばなかった。



見たことがない。



以前、我が国の王宮で見かけた時もずっと無表情のまま、



あのグズな王太子の世話を焼いていた記憶しかなかった。




◆ モフモフ子犬との出会い




このまま立ち去るべきか、話しかけるべきか…。



俺は悩みあぐねていた。



すると、エレナ嬢の足元にモフモフした子犬が



おぼつかない足取りでゆっくりと近づいてきた。



そのあまりの可愛らしさに俺のモフモフ好きが一気に炸裂する。



触りたい。



あのモフモフを撫でて、よしよしして、埋もれたい。



足元のモフモフを抱き上げたエレナ嬢。



次の瞬間、俺は人生を変えるほどの…。



衝撃的な瞬間を目にする事になる!




◆ エレナの笑顔に恋に落ちる




「まあ!わたくしの所へ来てくれたのね!ありがとう!



なんて可愛い子なのかしら?



ここに迷いこんでしまったのね。



もう大丈夫よ。怖くないからね。



ちゃんとお家に帰してあげまちゅからね」



そういってエレナ嬢は薄汚れた子犬のモフモフに



ためらう事もなくチュッと、満面の笑みを浮かべて



口づけをしたのだ!



その姿の神々しいまでの美しさ。



愛らしさ。



そして気高さに俺は心臓を撃ち抜かれ、全身の血が



逆流するほどの衝撃を受けた。




◆ ルイスの心の変化




もはや、呼吸が苦しくなり立っているのもやっとの状態。



生まれて初めてモフモフに嫉妬した。



歯ぎしりして唇の端に血を滲ませるほどに。



「俺と変わってほしい…



なぜ俺はモフモフじゃないのか!」



悔しさのあまり、木の幹に頭を打ち付ける



ただの不審者に成り下がってしまった。



恋に落ちた。



強烈すぎる一目惚れだ。



彼女が冷徹だと?



馬鹿を言うな。



俺を含めて世間は本当の彼女を誤解していた。



あのモフモフを前にした彼女は…そうまるで。



地上に舞い降りた…。



「ラスト・ヴィーナス…」



って…うん?



待て待て。



何だ?



ラスト・ヴィーナスって…。



自分で言っておいてなんだが…。



おい!正気か?俺!



ついさっき女嫌いを再確認したばかりだというのに。



この変わり身の早さよ。



ありえない。



こんなことはありえない。



だが起こった。



あり得ないことが起こった!



これが恋というものなのか。



『恋はするものではなく落ちるものだ』



なるほど。



先人の教えは正しかった。



どうやら俺は恋に落ちたようだ。



素直に認めよう。



こうなったら、落ちるとこまで落ちてみよう。



俺はエレナ嬢の笑顔を思い返してみた。



この世のあらゆる賛辞をまとめても…。



全く足りないほどに、愛らしい笑顔だった。



彼女が人間の前で笑顔を封印していた



理由が分かる気がする。



あんな笑顔を毎日振り撒いていたら…。



本当に国がひとつ滅んでもおかしくないからな。



モフモフを抱いたエレナ嬢の笑顔はそれくらいの破壊力があった。



彼女はこの国を支える王太子妃となる女性だ。



だが、この芽生えた熱い思いをなかったことにはもうできない。



彼女が欲しい。



何としてでも彼女を手に入れたい。



俺の執着にも似た苛烈な思いが



届いてしまったのだろうか。



寒気でも感じたようにエレナ嬢は一瞬



肩を震わせてから俺の方を見た。



◆ エレナとの会話



瞳の奥に警戒の色が浮かぶ。



そして、その後すぐに、聡い彼女は



俺が何者か分かったらしい。



抱き締めていたモフモフ犬をそっと地面に



置いた後、穏やかな語り口で完璧な挨拶をしてみせた。



「お久しぶりでございます。ルイス第二王子。



お目にかかるのは二度目でございますが、



こうして言葉を交わすのは初めてでございますね」



ドレスの端に付いた葉をさりげなく払いながら



何事もなかったようにエレナ嬢が言う。



足元にはモフモフ犬がもう一回抱いてくれ



とばかりにエレナ嬢にじゃれている。



エレナ嬢は必死に冷静さを保とうとしているが、



このモフモフ犬が相手ではうまくできなくて当然だろう。



俺とモフモフ犬を交互に見ながら固い表情と



デレ顔が面白いくらいに入れ代わる。



くるくると変わる表情が可愛すぎて俺は思わず



声を上げて笑ってしまった。



「エレナ嬢。そう固くならないで下さい。



実はわたしもモフモフが好きなのですよ。



ふわふわの動物を愛でる時が、わたしにとって



至福のひとときなのです」



思いきってそう打ち明けてから、俺は子犬を抱き上げた。



汚れてはいるが、元の毛並みは良い。



恐らくどこかで飼われていた犬だろう。



柔らかい腹の毛を撫でると、気持ちが良いのか



嬉しそうに子犬が俺の手に頬を擦り寄せる。



その瞬間、俺を呆然とした表情で見ていた



エレナ嬢の目がパァッと輝いた。



「ほ、本当ですの!あぁ!なんてことかしら!



分かります!激しく同意致しますわ!



モフモフを愛でるひととき…至福ですわ。



まぁ、その…わたくしの場合はぬいぐるみ…なのですけど…」



一気に捲し立てたあと、エレナ嬢はぬいぐるみ



の所で急に顔を曇らせた。



この国の貴族はあまりペットを飼わないと聞いたことがある。



おそらく、エレナ嬢も犬や猫を飼うことは禁止されて、



ぬいぐるみでしかモフモフ出来ずにいるのだろう。



好きな事も自由にできないとは、不憫な事だ。



俺の国では貴族の嗜みとして飼う者が多く、



飼い犬や飼い猫を通して形成されるコミュニティー



も数多くある。



王宮では国民がやむを得ない事情から、飼えなくなって



しまった犬や猫を引き取り、新しい飼い主を探すまで



世話する部署まである程だ。



その部署の責任者でもある俺はチャリティーイベント



や、里親探しのパーティーを通して思いがけない



人脈に恵まれたり、同じモフモフ好き同志で語り合ったりしている。



つまり、エレナ嬢に申し訳ないという気持ちが湧いてしまうほど、



俺は存分にモフモフ生活を謳歌しているのだ。



それというのも我が国には、次期国王陛下となる



桁外れに優秀な兄がいるおかげで、



こうして俺は自由にさせてもらえている。



過保護すぎる兄を正直、うっとうしく感じる事もあるが。



今の充実した環境を作ってくれたのが兄上なのは間違いない。



実にありがたいことだ。



ギルモア帝国のペット事情について、さりげなく



エレナ嬢に伝えると、目を丸くして



驚いた顔をしていた。



「まあ!ギルモア帝国がそれほどまでに動物愛護に



積極的だったとは知りませんでしたわ。



行く当てのないペットの為に新しい



飼い主を探すなんて…。



本当に素晴らしい取り組みをされていて



本当に尊敬致しますわ。わたくしはどうやら…



生まれる国を間違えたかもしれませんわ」



そう言ってエレナ嬢は



やんわりと微笑んだ。



冗談っぽく言ってはいるが、ほぼ本音なのは間違いない。



俺を通り過ぎ、どこかわからない遠くを見る目が死んでいた。




◆ 「一緒に来ませんか?」



「エレナ嬢、わたしと一緒にギルモア帝国にきませんか?」



気が付いたら、口に出していた。



エレナ嬢の焦点が、俺に戻ってきた。



「え?」



エレナ嬢の目が驚きで見開かれる。



期待を込めて俺をまっすぐに見つめる大きなエメラルドブルーの瞳。



綺麗だ。



このまま吸い込まれてしまいたい。



数秒間、見つめあっていた。



心臓の音がうるさい。



思わずエレナ嬢の頬に手を伸ばしかけた所で…。



エレナ嬢が呟いた。



「そんな夢のような場所へ行けたら…



どんなによかったかでしょう…。



ですがわたくしは、婚約者のいる立場ですので…」




悲しそうな、全てを諦めたような表情だった。



俺は、胸を握りつぶされる思いだった。



あのぼんくら王太子の隣にいる時のエレナ嬢だった。



エレナ嬢は全てを振り切るように、子犬を抱きしめると、



丁寧に頭を下げた。



「ルイス様。わたくしはこの子を侍女に



預けてまいりますわ。この国では王宮に迷い込んだ



動物は遠い森に放たれてしまいますの。



そうしたらこの子は飼い主と出会えなく



なってしまいますから。



わたくしが責任を持って飼い主を探します。



どうか、ご安心くださいませ。



最後になりますが、今日、ここでルイス様に



お会いできて良かったですわ。



楽しい時間でしたわ…


本当に…楽しい時間でした…」



◆ 最後の語らい



はにかんだように微笑んだエレナ嬢は、子犬を



抱いて、足早に立ち去ってしまった。



引き留める時間すら与えてはくれなかった。



「最後…か」



俺は拳を握りしめた。



最後になんか、絶対にさせやしない。



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